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ラプソディー  作者: 遠夜
2/20

乙女は秘密の扉を開ける

「……や、どこからと申されましても。ワタクシめにも何がナニやらサッパリなのでございますが。恐らくワタクシ的にはいっぺん死んであの世とやらに来たのではないかと」


「……………何を言っているのか解らん」


「ワタクシにもよく分かりません」


そうなのだ。

ここがあの世じゃないなら、ちまたのネット小説に溢れるベッタベタの王道展開くらいしか思い浮かばない。

ちなみに私の好物は主人公最強チート系のやつ。


「どうでもいいが…そこの足下に転がってる鍵を拾って俺の手足の枷を外してくれないか」


「――――鍵?」


言われるままに手のひらサイズの古風な鉄鍵を拾い上げる。

わー初めて見た。


「そうだ、それをだな―――」


「その前に!あなたはここが牢獄だと言いましたよね。なら、その牢に繋がれているあなたは罪人なのでは?」


「………あー、まぁその……いささかこっちにも事情があってだな。とにかく…この格好は結構な苦行なんだ」


それはそうだろう。足の爪先が地面に着くか着かないかという微妙な位置ではりつけにされているようなものだ。


「因みに罪状は」


「ちょっとばかし身分のある相手に男妾おとこめかけになれと言われて断ったらここにブチ込まれた」


「…………うーわー…」


それが本当なら結構ヤバい相手なんじゃないの。

気の毒ぅ。

……それに、短い会話からも死体の人(?)がわりと理性的というか粗暴な印象が全然見受けられないというか。

むしろ好印象?

いきなり降って湧いた小娘の話をまともに聞くなんてねぇ。

私が舌先三寸で丸め込まれてる可能性もあるけど、その時はその時。


だって私、人生でいまだかつてないくらいヤケクソな気分だし!!







「――――いや、助かったぞ」


そう言いながら今まで枷でいましめられていた手足をさする死体の人は、明かりの下で見るとトンでもないイケ爺さんだった。


壁際は特に薄暗くてちっとも気付かなかったけど、身形を整えてまともな格好をすれば100人中100人の女がのぼせ上がること間違いなしの色爺さん。

開いた口が塞がらぬ。


実年齢は60前後と勝手に予想。

何か力仕事に従事してでもいるのか立派な細マッチョ体型。しかもべらぼーに背が高い。身長155センチの私とは40センチ近くの差がある。

近所の腰の曲がったじいさん達とはまるで違う生き物としか考えられない。

背中まで伸び放題の髪が白髪でさえなければ、後ろ姿は完璧な若人だ。


「……………………アレ?」


「どうした小娘」


「そういえば、どのくらいの期間捕らえられていたのか知らないけど、ここわりと清潔よね…?ほら…その……匂いもしないし…」


ゴニョゴニョと言葉を濁せば死体の人は私が言いたかった事を察したらしい。


「ふん。思い通りにならん男を閉じ込めはしても、気に入りの“人形”を汚すのは嫌なのか、こまめに死なん程度の世話を焼かせに人を寄越してくる。これ見よがしに枷の鍵を手の届かぬ位置に放り投げてな」


取れるもんなら取ってみろって?…性格悪ぅ


「でも出入り口は…?」


「仕掛けがあるのさ。―――それより小娘、まだ名前を訊いていなかったな。俺はシグルーンだ」


冬木華朱ふゆきはねず


「…フユ…ハ…ネージュ?」


「ふゆき・はねず」


「珍妙な発音だな」


嗚呼、なんてテンプレートな会話でございましょう。

散々読み漁った娯楽小説を彷彿とさせるこの展開。

涙が出そうよ。


「そんじゃ“ネージュ”でどうだ」


「……妥協しときます。あなたはシグ?」


「おう、それでいい」




驚いた事に水や食事までが見えつつ手の届かない場所に置いてあった。

とんだ底意地の悪さだ。

飢えから逃れたかったら言いなりになれと、そういう事らしい。

ただ枷から逃れた今となっては逆にありがたいだけさ、とシグは笑った。


「そら、今のうちに食っとけ」


そう言ってシグにカチカチのパンと干した果実らしきものを手渡された。

パンはパサついてモソモソだし謎のドライフルーツは固くてカチカチだったけど、ほのかに甘味があって食べたらちょっと気持ちが落ち着いた。

“食べる”ってすごく大事なんだ。


「さて、これからどうするかな」


そうなんだよね。

一人が二人に増えただけで閉じ込められている状況には変わりがないんだった…。


「…ネージュ。お前がどこから湧いて出たのかは知らんが、とりあえずここを出て自由の身になるまで共同戦線を張るか」


「それしかありませんよね…」


会話を進めるうちに時間が経ち、いつしか月が移動して洞窟は前の真っ暗闇に戻ってしまった。

それでも一応周囲の様子が確かめられてちょっとだけ安心したのと、一人きりじゃなくなった事で気分的に余裕が生まれて、暗闇の怖さがかなり軽減された気がする。


――――それにしても。


いったいここは『何処どこ』なんだろう。

一端冷静さが戻ってくるとアレコレ考えずにはいられない。

そもそも今の状況自体が生まれ故郷ニッポンでは有り得ない展開よね。

あっちで階段から落ちた後の結末ってどうなってるの?

死亡確定?それとも脳死状態……。それか考えられるのは失踪者扱い。もしいきなり姿が消えてたりしたら、あのお嬢共の事だからしらばっくれて口をつぐんでいそうだ。

……………益々(ますます)祟りたくなってきた。


「……おい、どうした。腹でも痛いか」


急に黙り込んだ私が気になったのか、シグが声をかけてきた。


「いえ…、少々考え事を。おかしな事になったものだと」


「ははぁ…。そりゃまあ、そうだ。魔法陣も何も無い場所にいきなりおまえが現れたから、こっちは何事かとたまげたぞ。新手の刺客か何かと思ったくらいだ」


現れた小娘は直後に号泣し始めたと思ったら意味不明な単語を連発しながら吠えまくり、ようやく泣き止めば人の姿を見て絶叫。警戒するのも馬鹿らしいほどのただの小娘だとすぐに実感したがな、とイケ爺さんは語る。

色々と突っ込みたい箇所もあるけど、素朴な疑問がひとつ。


「――――この暗さで私が見えてたの!?」


「目は良いんだ。あれこれ血が混じってるからな」


「わー便利」


「…………なるほど」


「何がー?」


「いや…何でもない」


何だかいやに楽しそうに喉の奥でくつりと笑われた気がする。

抑えた声もエロい。

そういやシグは愛人―――男妾になれって迫られるくらいだから、明るいお日様の下で見たらかなりの破壊力のある容姿をしてるに違いない。

さっきの薄明かりでも『ヨッシャ!』と親指立てたくなるくらいには格好良かった。

何がってそのボディラインとか立ち姿とか、かつてお目にかかった事のない種類の美しさだ。


いや、イカンイカン。

男は見た目じゃない。重要なのは中身よ!誠実さよ!

……って、そんな場合でもなかった。







緊急事態発生。


生物が生きる限り避けては通れぬこの生理現象――――乙女の非常事態!

この閉ざされた空間で!!お爺様とはいえ異性の前でやらかしたりしたら、恥辱のあまり軽く死ぬる!!


気付かれたくないと必死に平常心を装ってはいたけど、シグにはバレバレだったみたいで。

「我慢は身体に毒だぞ…」とか呟かれた!!

暗くて何も見えやせんとか、俺は何も聞こえないとか!気を使ってくれてるようで実は乙女の羞恥心をザクザク抉るデリカシー皆無の発言を連発。


「シグの馬鹿――――っ!!」


私は泣きながら暗がりの隅に走った……。


そしてついに乙女の限界を感じて岩壁に手を置いた瞬間、その手が暖簾に腕押し状態でふわりと奥の空間に吸い込まれ――――目の前に死ぬほど焦がれていたものが現れた。


「トイレ!!」


あるんじゃないの!なんでもっと早く教えてくれないのよー!!





「はぁ…助かった」


パタリとドアが閉まる感触を背中に感じながら、私はさっきまでの暗がりに戻った。

――――戻ったら、シグが恐ろしく奇妙な事を言い出した。


「おまえ今何処に行ってた?」


は?


「どこって…おトイレよ!すぐそこにあるならもっと早く教えてくれても良かったじゃないの」


「…おといれ…」


「もー、恥ずかしい事言わせないでよ!」


「……ネージュ。この牢にかわやは無い」


「何言ってるの、あんな立派な近代的なやつが……」


と、ここまで言ってはたと思考が固まる。


さっきのトイレ、水洗だった。しかもウォシュレット。

ありえな―――いっっ!!

え!?どゆこと!?


混乱ここに極まれり。





「俺にはおまえの気配が一瞬完全に途切れたように感じられた」


シグの表情は暗くて見えないけど声は恐ろしく真剣だ。


「おまえは魔術か何かが使えるのか?」


「そんなものは使えた試しが無いです。というか私の故郷に魔術なんてものはありません」


「――――無いのか?」


これまた声に意外そうな響きが含まれており、私はおや?と首を傾げたくなった。


「『ここ』では誰でも魔術が使えるのが普通なの?」


「いや…誰でもとはいかんが、簡単な術なら使える人間は珍しくない。火種をおこしたり水を凍らせたりする程度なら…」


……ほほぅ。


これはあれか。天が私に腹を括れと言っているのか。

己の常識が通用しない異郷だと、早いとこ開き直れと!!


「俺は…おまえは…なにがしかの魔術チカラでここに跳ばされて来たんじゃないかと思っていたんだが、違うのか?おまえ自身にはまるきり魔力が無いように見えたんだが…」


「少なくとも後半は当たってます。だって日本わたしのくにに魔術なんて2次元の世界にしか存在してなかったもの。ただの妄想の産物ね」


ただオタクの妄想力は半端ない…いや、むしろ侮れないモノがあるのは確か。

自分がそんなに末期の妄想女子だったとは思いたくないけど!

現在のこの状況はナニ。


「シグ…私なんかやらかした?」


「俺に訊かれてもな…」


二人してしばらく途方に暮れた。


で、分からない事をいつまでも考えてたって仕方ないから、さっきのトイレを確かめに行ったらそこには何も無かった。


「…嘘みたい…」


手に触れるのは冷たい岩肌の感触ばかり。

いやでも確かに!さっきはここに扉らしきものがあったよ!

ペチペチと平手で何度も確かめる。


「俺がこの牢に放り込まれてからかなり経つが、確かに何も無いはずだ」


「――――嘘じゃないって!ほんとにこの辺にこんな感じの扉が―――」



――――― ガチャリ。―――――



「………扉が………」


「――――――――」


扉、あったよ。


しかもどういう訳だか、扉の向こう側はまるきり別の空間に見えるし。

シグが無言で息を呑む気配がした。


あれ、これって……。





「――――ど○でもドア!?」


……な訳ないか。





































































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