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飛べない鳥

魔王という名のセイレーン

-飛べない鳥-


01

「どうしたお前…ケガしてるじゃないか」

端正な顔立ちの青年が、一人声を出す。

その視線の先には、小さな鳥がいた。

鳥は、小さく震えていた。

「…声も出せないのか?」

よく見れば、その翼は血で汚れていた。

そして、同時にいびつな形をしていた。

「よしよし…家に帰ったら、手当てしてやるからな…」

青年はその小さな体を自身の大きな手で包み込んだ。

ぬくもりがその手に伝わる。

町外れに向かって青年は歩き始めた。

その口から、わずかに声が音となり空気を震わせる。

それを聞いていた小さなぬくもりは、目を閉じる。

目的地にたどり着いた青年を、もう一人の青年が迎える。

「なんだシュベルツ、鼻歌なんか歌って珍しい」

端正な顔立ちの青年が、人差し指を口に当てた。

「鼻歌じゃありませんよ、ミュージ…ここに、小さなお客様が」

「ケガしてるの?手当てしてあげなきゃ」

家から出てきた青年がその手から、小さな客人を受け取る。

まだ、空も白み始めたばかりの、朝のことだった。


02

「ケガじゃない?」

私は、少々素っ頓狂な声を出してしまった。

「うーん…ケガはケガだけど、今できた傷じゃないってやつかな」

私が連れ帰った鳥の手当てをしていたミュージが言った。

洗濯カゴにタオルを敷き詰めた中に今は眠っている。

その翼にはもう血の汚れはない。

「でも、この翼、少し変な形をしてますよね?」

「そうだね。つまりこの子は…生まれつき、飛べないんじゃないかな」

「飛べない…ですか」

鳥が飛べないということ。

それは、命の危険さえある。

「だけど、確かにケガして弱ってたけど…そんなに幼いわけでもなさそうだよ」

ミュージは鳥の方に視線を投げかけ、また私の顔に戻した。

「つまり…飼い主が、いる?」

「だと思う」

私は少し安心して、胸をなでおろした。

「よかった。お前は…ちゃんと必要とされてるんだな、きっと」

「何自分が必要とされてないみたいな言い方してるの?」

「え、いや、あの…すみません無意識でした」

「ならよろしい」


03

この青年と会ってから、しばらく経つ。

私に比べれば随分と感情が豊かだと思っていた。

けれど、最近はもっと豊かになっているような気がする。

涙も、見た。

レティが去った時は涙は見せなかったものの、この細い肩を震わせていた。

「僕の顔に何かついてる?それとも」

ミュージは私の前にずいっと身を乗り出してきた。

「まだ何か言いたいのかなぁ?この口は」

「ちょ、ミュージ、それ、自分で直接食べるなって…」

ミュージは食べるソースの瓶を掲げていた。

「なんでもないですって!なんでもないですから!」

「ほんとにぃ?」

「ほんとですって!」

「…クルッポー…」

二人の間に、鳥の鳴き声が割って入った。

「あ、目が覚めたんだね?シュベルツ通訳お願い」

さっきまでの調子がうそのように、ミュージは鳥の元へ行った。

「わ、わかりました」

私は耳に神経を集中させる。

通訳、というのは、私の特殊能力のひとつだ。

それは、音に精通しているもの…私がセイレーンだからだった。


04

「まずは…ありがとうございます」

シュベルツがその声で、鳥の言葉を訳した。

「ううん、僕よりも、シュベルツに言って」

僕は朝の散策の途中でこの鳥を拾ってきたシュベルツに笑いかける。

シュベルツは少し照れくさそうな顔をしていた。

「それで…君はどこの子なのかな?」

再び鳥が鳴き、シュベルツがふんふんとうなずく。

その鳴き声から、この子は鳩なのだろうかと推測する。

「町の中の、伝書鳩の家だそうです」

「伝書鳩かぁ…」

「結構大きな家で、他にも何羽も鳩を飼っているようですね」

「でも…君のその傷は…」

鳩は返事をしたが、シュベルツは一瞬黙った。

「シュベルツ?」

「今回の傷は、ご主人様の弟につけられたそうです…」

「なんで?」

「…飛べない鳥だから…」

「そんなの、それでも傷つけていいなんて理由になってないよ?」

「でも、飛べない伝書鳩なんて要らないって、言われたそうです」

「…そっか」

シュベルツは少し悲しそうな顔をしていた。

そんなシュベルツを見るのがつらくて、僕はまた聞いた。

「でも、君は飼われてるんだよね?今の、ご主人様は」

「今のご主人様は、こんな私でも大切にしてくれます」

「うんうん、よかった、ね?」

僕はシュベルツに笑いかける。


05

シュベルツも僕につられたように笑ってくれた。

真似でもいい。笑ってくれれば。

そう思いながら、鳩にまた尋ねた。

「ケガしてるから、僕が君の家まで送り届けようと思うんだけど」

「…大丈夫ですかね、またケガさせられたら…」

シュベルツが、シュベルツ自身の言葉で言った。

「うーん…でも、ご主人様が心配してるかもしれないよ?」

「その、ご主人様なんですが、病気で先がもう長くないみたい、で」

「…え」

僕は思わず聞き返してしまった。

思い出すのは、クランのこと。

僕も、シュベルツもきっと思っているだろう。

この手で葬った小さな少女のことを。

でも、だけど。

僕は精一杯明るい表情を作り、また言う。

「だったら、余計だよ!そばに、いてあげなくちゃ、ね?」

「…そうです、けど」

シュベルツも賛同してくれた。

「ちなみに、君の名前は?」

鳩は、すぐには答えなかった。

「識別番号は“ゼロ”だそうです」

「えーそんなの味気ないよ…そうだな、パロム。パロムがいい」

僕はパロムを抱き上げた。

「よし、おうちに帰ろうね、パロム。じゃ、行ってくるねシュベルツ」

シュベルツはまだ少し迷いを消せないでいた。

そんなシュベルツに僕はこっそり言った。

「ついでに、そのご主人様の弟っていうのも探り入れてくるから、ね?」


06

ミュージが帰ってきたのは夕方に近かった。

まだそんなに日が高くない内に出かけたはずなのに。

「ど、どうでしたか?」

私は早速ミュージに尋ねる。

「…」

「ミュージ?」

「なんか、むかむかする…」

「え、大丈夫ですか?」

「なんか、精神的に、きた…」

私はミュージを座らせてカップに水を入れて差し出す。

私も向かい側に座った。

「むかむかするって…そんなにひどいんですか?パロムの家は」

「うん…確かに、パロムのご主人様はいい人っぽかったけど」

「やっぱり、その弟さんが?」

「なんかこう…病気のご主人様の扱いも結構ひどかったし」

ミュージはひとつひとつ記憶を辿るように言った。

「伝書鳩の小屋も、そんなに綺麗じゃなかったから…」

「そう…ですか…」

さっきの心配がまた頭に浮かんできた。



07

またパロムはケガをさせられてしまうのではないだろうか。

「でも、僕、これからできる限り通ってみるよ」

「それはありがたいですが…大丈夫ですか?」

「だってパロムが心配だもん。それに」

ミュージは少し、その青白い顔で少し微笑んで見せた。

「パロムのご主人様は…優しい人だよ。だって言ってたんだ」

「?」

「この子が、この体で生まれてきたのには、意味がある…ってね」

その言葉が、ミュージにどれだけ響いたのかは、分からない。

だけど、少なくとも、ミュージはそのときだけ少し嬉しそうだった。

けれどその嬉しさも呆気なく終わってしまった。

ほんの数日後のことだった。

「引越し?パロムが?」

「…ご主人様が、亡くなったらしいから」

「そうですか…パロムは、大丈夫でしょうか…」

「今日は会えなかった」

会えなかった。その言葉が、私の目の前にカベのように立った気がした。

「あのさ、僕、パロムを引き取ろうと思うんだけど」

その提案を私が受け入れるのにさほど時間はかからなかった。


08

早朝、まだ、日が昇らないうちに僕らは外に出た。

まだ静かな町を二人で歩いた。

『引取りを拒否された?』

僕は昨晩の僕らのやり取りを思い返していた。

『うん…なんか、やたらと慌ててた』

『怪しいですね…パロムが心配です』

『僕も心配だよ。とりあえず、様子だけでも早朝見に行かない?』

『…そうですね。私も、パロムに会いたいですし』

忍び込むことにはなるが、シュベルツはさほど反対しなかった。

それほどまでに、パロムの主人の弟の行いは見て許せるものではなかった。

今、パロムはどうしているのか…それすらも、分からない。

僕は、一軒の家の前で足を止めた。


09

「ここですか?」

シュベルツが静かに言った。

僕は頷いて、家の横にある小さな小屋の方に回った。

パロムは、主人が亡くなった今は、他の鳩と同じように小屋にいるはずだった。

そう主人の弟が言っていた。

小屋の扉をそっと開ける。

たくさんの鳩が、そこにはいた。

「パロム…いたら、返事して」

僕が、先に入って中に呼びかける。

シュベルツが入ろうとしたそのときに、僕の視界の隅に何かが入った。

僕は思わず扉を閉めた。

「えっ…」

シュベルツの驚く声が聞こえた。

無理もない。だけど。

僕は一人小屋の中に残った。

『ミュージ?ミュージ、開けてください。どうしたんですか?』

シュベルツが入れないように扉を閉めたまま、僕はその小屋の端を見た。

血溜まり。

そして、その中に、懸命に翼を広げた体。

「パロム…」

その姿は、最期に何とか飛び立とうとしているようだった。


10

「ミュージ!開けてください!」

私は焦っていた。

小屋から締め出されて、ただひたすらに悪い予感ばかりが募る。

「パロムは?パロムは…ミュージ!」

必死に扉を押すが、その力は思ったよりも強い。

そこに、何があるのか。

ミュージの、その目には何が映っているのか。

「開けてください!」

「…ダメだ。見るな…」

かろうじて、ミュージがそう言ったのが聞こえた。

その滅多に使われない命令が、私の中の契約の力を巡る。

だけど。それでも。

「パロム、まさか、またケガを?」

だったら、早く手当てをしなければ。

思いとは裏腹に、この扉はなかなか開かない。

私は、意を決して少し後ろに下がる。

そして呟いた。

「…契約に背くこと、お許しください」

私は勢いをつけて扉に体当たりをした。

ミュージの体が動いて、扉が開いた。

そして、ミュージの隠していたものの正体が分かった。


11

「ダメだ!見ちゃダメだ!」

「パロ…ム…?」

小屋の隅の、血溜まりの中の、その体を私はすぐに認めた。

腹の底から何か熱いものが上がってきて、すぐにまた冷えていった。

「そんな…」

絶望と共に、私の頭に上がってきたものは。

『…シュベルツ?』

ミュージの声が遠くに聞こえた。

「うあああああああっ!」

契約に背いた罰と、怒りで私の力は暴走を始めた。

私の叫び声は、小屋を巡り、棚を壊していく。

『シュベルツ!止めろ!シュベルツ!』

体が熱い。言うことを聞かない。

やがて、目の前に一人の男が現れた。

男はひぃっと小さく叫んでその場に座り込んだ。

『…!パロムのご主人の…』

「そうか…お前がパロムを…」

私の体は、暴走しながら男への殺意を全身で放っていた。

『シュベルツ、止めろ!ダメだ!…っつ!』

この力は、今はミュージをも傷つけてしまうようだ。

私はゆっくりと男に近づく。

あと一歩というところで、ミュージが私の腕を掴んだ。

『静まれええええぇっ!』

びくんと体が跳ね、私の中を再び熱いものが駆けていった。

力が収束していく。

私の腕には、ミュージの手首が重なっていた。

その手首からは、血が流れていた。

「あ…」

暴走を止めたは皮肉にも暴走した契約と同じく契約の力だった。


12

シュベルツの暴走の話は、思ったよりも町の噂に上がらなかった。

あの男――パロムを殺した男が大金をはたいて近隣住民を抱きこんだらしい。

伝書鳩は、小屋の崩壊ですべて逃げてしまった。

小屋は崩壊したものの、鳩たちは不思議と全部無事に飛び立った。

憎むべきもの以外は傷つけなかった、心がそうさせたのだろうか。

二人の青年はボロボロの状態で家に帰った。

端正な顔の青年はは何回も何回も、もう一人の青年に謝った。

今は家で、互いに傷の手当てをし合っていた。

あどけない顔のの青年が、端正な顔の青年の手首に包帯を巻きながら、ふと呟いた。

『多分…これで、よかったんだ』

鳩たちは、もう自由になったのだ。

それで、いいような気がした。

『でも、私はまた、人を傷つけてしまいました』

『…また、眠りにつきたい?』

『…』

『まぁ、そう言われても僕がシュベルツを眠らせないけど』

僕は包帯の端の始末をする。

今度はシュベルツと言われた青年が包帯を巻き始める。


13

『私の意味も…』

『ん?』

『私が、この体とこの心で生まれた意味も、あるんでしょうか…?』

『…』

『私が、ここにいていい理由は、あるんでしょうか…?』

『泣かないでよ…僕がいいって言ってるんだから、いいんだよ』

『…すみません』

『きっと、誰もが、生まれた意味を持ってるんだよ』

青年はそう言った。

『そうだ、歌ってよ。パロムに曲書いたんだ』

そう言って、僕は曲名を言う。

『…『飛べない鳥』。だけど誰かがいれば、飛べるんじゃないかなって』

『…』

『…気持ちだけでもね。だから、歌ってよ』

『でも…』

『それが、ここにいていい理由だよ、ね?』

ミュージはシュベルツにそっとハンカチを差し出す。

『まだ、ずっと、ここにいてよ…ね』

『ありがとうございます…』

『どういたしまして』

二人の青年は肩を並べて、宙を見上げた。

そこに、パロムが飛んでいる気がした。



20100725

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