枯れた噴水と招待状
リネットは中庭の影から、噴水が最後の一閃を放つのを凝視していた。
銀色の燐光が水面で爆ぜ、次の瞬間、魔法の脈動がふっと途絶える。後に残ったのは、重く沈んだただの水と、夕闇に溶けかかった石造りの女神像だけだった。
「……また、止まってしまったわ」
ベンチに座るエルザの吐息が、夜気に白く混じる。
リネットは、その声に宿るひび割れた陶器のような響きを、胸の奥で正確に計測していた。
エルザが纏うドレスは、かつて「流星の尾」と讃えられた淡いブルーの絹布だ。だが、魔法の燃料である『星の雫』が底を突いた今、それはただの色褪せた布切れとして、主の細い肩に重くのしかかっている。
「申し訳ありません、エルザ様。備蓄していた雫は、昨夜の燭台で使い切ってしまいました」
リネットは一歩踏み出し、深く頭を下げた。
無意識に指先をさする。中指の腹には針を押し込み続けた硬いタコがあり、指先には無数の針の痕が、星座のように点々と残っている。
彼女の脳内では、もはや癖となった演算が音もなく回っていた。噴水を一分間稼働させるのに必要な雫は一滴。エルザのドレスを最低限発光させるには、一時間あたり三滴。空になった瓶の底にこびりついた銀色の染みを思い出し、リネットは唇を噛む。
「いいのよ、リネット。噴水が光らなくても、死ぬわけではないもの」
エルザが振り向き、力なく微笑む。
魔法の補正がなくても、その横顔は息を呑むほどに美しかった。
リネットは知っている。エルザの美しさは本物だ。けれど、雫という「資本」による装飾がなければ、この社交界という市場で彼女に価値はつかない。その不条理を、リネットは逃げ場のない演算の最終回答として、静かに飲み込んでいた。
屋敷の方から、急ぎ足で砂利を踏む音が近づいてくる。
その時、庭の重い鉄扉が軋んだ音を立てた。
現れた老家令の手には、不自然なほど白く、そして豪華な金細工の紋章が押された一通の封筒が握られている。
「……お嬢様。春の社交界デビュー・ボールの招待状が届きました」
エルザの肩が、びくりと跳ねるのをリネットは見逃さなかった。
春のデビュー・ボール。没落した名家が社交界へ顔を出すために、まず越えなければならない最初の試練だ。
「舞踏会……」
震える指で招待状を受け取るエルザ。だが、その喜びは一瞬で凍りついたようだった。彼女の視線が、光を失い、泥のように沈んだドレスの裾へと向けられる。
「これを着ていけというの?……光らないドレスで、社交界へ戻れというの?」
舞踏会とは、雫を湯水のように消費し、まばゆいばかりの富を競い合う戦場だ。雫を持たぬ者がその門をくぐれば、暗闇の中で自らの惨めさを晒すことになる。
エルザの瞳に絶望が滲むのを、リネットはじっと見つめていた。
リネットの指が、髪の中に隠した一本の銀の針に触れる。
エルザをこんな暗闇の中に置いてはおけない。その想いが、冷徹な演算を熱い「決意」へと変えていく。
「……エルザ様。雫なら、私がなんとかします」
リネットの声は、冷たい夜気に鋭く、透明に響いた。




