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聖女になりたかったと妹は言うけれど、聖女の座なら喜んで差し上げましたのに

作者: すじお
掲載日:2026/06/07

ネタ出しにAI使用



『病弱姉は毒殺未遂を乗り越え、王太子妃教育をやり直す』


 ――私が毒を盛られたのは、妹に婚約者を奪われる、ほんの少し前のことだった。


 公爵令嬢である私、エリシア・フォン・ルーヴェルトは、幼い頃から「病弱」と言われ続けてきた。確かに体は強くない。すぐに熱を出し、長時間の外出もままならない。


 けれど、それだけだった。


 本当は、私は誰よりも努力していた。王太子妃となるための教育――礼儀作法、政治、外交、歴史、経済。寝込んだ翌日でも、必ず遅れを取り戻すために机に向かった。


 それなのに。


「お姉様は無理をなさらないでくださいませ。わたくしが代わりに……」


 そう言って微笑んだ妹、リリアは、いつの間にか周囲から「健気で優秀な妹」として扱われるようになっていた。


 そして私は――「かわいそうな病弱な姉」。


 気づいた時には、すべてが遅かった。


 王太子殿下の視線は、私ではなく妹に向けられるようになり、側近たちもまた、妹を「将来の妃」として扱い始めていた。


 ……それでも、まだ諦めてはいなかった。


 あの日までは。


 事件は、静かな午後に起きた。


 体調が優れず、部屋で休んでいた私のもとに、妹が訪ねてきたのだ。


「お姉様、お加減はいかが?」


 そう言って差し出されたのは、私のために用意したというハーブティー。


 ――普段の私なら、疑いもしなかっただろう。


 だが、その日はなぜか、香りに違和感を覚えた。


「……ありがとう、リリア」


 カップを手に取る。


 そして、一口。


 ……その瞬間、喉が焼けるように熱くなった。


「っ……!?」


 視界が揺れる。呼吸が苦しい。全身に広がる鈍い痛み。


 毒だ。


 そう理解した時には、すでに体の自由が利かなくなっていた。


 床に崩れ落ちる私を、妹は静かに見下ろしていた。


「――ごめんなさいね、お姉様」


 その声は、今まで聞いたことのないほど冷たかった。


「でも、お姉様がいる限り、私は“代わり”でしかいられないの」


 遠のく意識の中で、私は悟った。


 ああ、これは――事故でも陰謀でもない。


 妹自身の意志だ。


---


 ……だが。


 私は死ななかった。


---


「奇跡的に一命を取り留めました」


 医師のその言葉を聞いた時、部屋の空気がわずかに歪んだのを感じた。


 誰が驚き、誰が焦ったのか。


 それは、見なくても分かる。


 私はゆっくりと目を開けた。


 体は重い。だが、意識ははっきりしている。


(……なるほど)


 状況は最悪だ。


 毒を盛られた証拠は残らないだろう。犯人を告発すれば、逆に「病弱ゆえの妄想」と片付けられる可能性が高い。


 そして何より――


(このままでは、本当に婚約者を奪われる)


 王太子妃の座も、これまでの努力も、すべて。


 だが。


 私は静かに、口元をわずかに持ち上げた。


(――いいえ。むしろ、ここからですわ)


 病弱?


 結構。


 毒を盛られて倒れた?


 なお結構。


 ならば、それすらも利用してみせる。


「お嬢様、まだ安静に……」


「いいえ」


 かすれた声で、しかしはっきりと告げる。


「明日から、王太子妃教育を再開します」


 侍女が息を呑んだ。


「ですがお体が――」


「だからこそ、です」


 ゆっくりと上体を起こす。


 毒を盛られてなお生きている私を、誰もが「か弱いだけの令嬢」とは思わないだろう。


 ――印象は、塗り替えられる。


「“病弱な姉”ではなく、“死にかけても立ち上がる女”として」


 その日から。


 私の反撃と、“やり直しの王太子妃教育”が始まった。



『病弱姉は毒殺未遂を利用して、王太子と妹を世界に晒す』


 ――私は、被害者で終わるつもりはない。


 むしろ、“被害者であること”こそが最大の武器になる。


---


 私が最初に呼びつけたのは、医師でも侍女でもなかった。


「新聞社の者を呼びなさい」


「……は?」


 侍女が固まる。


「国内最大手と、国外にも流通網を持つ社を優先して。できるだけ“話を大きくできる者”を」


 貴族の不祥事は、普通なら隠すものだ。


 だが私は逆を行く。


 ――隠さない。むしろ、売る。




 数日後、私の寝室には数名の記者が集められていた。


 彼らは半信半疑の顔で、ベッドに横たわる私を見ている。


「単刀直入に申します」


 私はわざと弱々しく咳き込みながら、しかしはっきりと告げた。


「私は毒を盛られました」


 部屋の空気が凍る。


「証拠は?」


「ございます。医師の診断書、毒物の検出結果、それから――」


 そこで、わずかに間を置く。


「“誰に”盛られたかについての、状況証拠も」


 記者たちの目が一斉に光った。


 ――食いついた。


(ええ、その顔が見たかったの)




「ただし、条件がございます」


「条件?」


「記事は、国内だけでなく国外にも流してください。王家の名を伏せる必要はありません」


「なっ……!?」


 記者の一人が思わず声を上げた。


 王家のスキャンダルなど、本来なら命がいくつあっても足りない案件だ。


 だが。


「ご安心ください。責任はすべて私が負います」


 にこり、と微笑む。


「その代わり、“売れる記事”になることは保証しますわ」




 そして数日後。


 世界は揺れた。




 ――王太子妃候補、公爵令嬢毒殺未遂。


 ――犯人は実妹か。


 ――背後に王太子関与の疑い。




 各国に流れた記事は、瞬く間に話題となった。


 特に「王太子関与」の一文が、人々の想像をかき立てる。


 真実を断定しない書き方にしたのは、あえてだ。


 ――疑惑は、確定よりもよく燃える。




 王城は即座に混乱に陥った。


「これはどういうことだ!」


 王太子は激昂し、私を呼び出した。


 だが私は、あえてゆっくりと現れる。


 まだ回復しきっていない体を装いながら。


「……エリシア。貴様、何をしたか分かっているのか」


「ええ、もちろん」


 私は静かに微笑んだ。


「“事実”を、公表しただけですわ」


「ふざけるな! 証拠もないくせに!」


 その言葉に、私はわずかに首を傾げる。


「証拠、ですか?」


 そして、用意していた書類を差し出した。


「毒物の購入記録。使用人への指示書。そして――」


 最後の一枚を、ゆっくりと広げる。


「殿下と妹の、密会の記録」


 一瞬の沈黙。


 王太子の顔から血の気が引いた。




「……なぜ、それを」


「調べましたもの」


 当然のように答える。


「病弱ですから、外で動けない分、“内側”を徹底的に」


 帳簿、人の動き、使用人の証言。


 時間はいくらでもあった。


 そして何より――裏切られた後の私は、容赦がなかった。




「最初から、妹に婚約者を替えるおつもりだったのでしょう?」


 静かに言い放つ。


「そのために、邪魔な私は“病死”にする――違いますか?」


 王太子は何も言えない。


 それが、答えだった。




「ご安心ください」


 私は優雅に一礼した。


「すでにこれらの資料は、新聞社にも渡してあります」


「な……!?」


「もし私に何かあれば、“続報”が出る手筈ですわ」


 逃げ道はない。


 揉み消しも、不可能。




 その後の展開は、早かった。


 王家は国際的な非難にさらされ、王太子は地位を剥奪。


 妹もまた、貴族社会から完全に追放された。


 ――“転落”は、一瞬だった。




 そして私は。


 静かな部屋で、一人紅茶を飲む。


「……さて」


 カップを傾けながら、小さく呟く。


「これでようやく、“やり直し”ができますわね」


 もう、誰にも奪わせない。


 私の努力も、未来も。

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