4章③
「へぇ」
開口一番告げられる事実は、そこまで意外ではない。今がどうであれまぁ流石に居ただろうなとは思っていた。だって愛嬌があって理知的で思いやりもあるもんね。やっぱり居たんだという気持ちです。でも、一体どんな人が彼女の心を射止めたのだろうか。そして「居た」ということは、今はなぜ居ないのだろうか。
「というか、聖女になってからしばらくの間も内緒で会っていたわ。お手紙で予定を伝えたりしてね。あ、もちろん周りの方に気付かれないよう、暗号でよ?」
「わぁ。いいんですかそんな話、部外者の俺にしちゃって」
「部外者だからこそ、ね。昔の事だけど、今話したら多分怒られちゃうわ」
「あはは……。じゃあ絶対秘密にしますね」
「えぇ。絶対ですよ?」
ってこの人昔からお茶目だったんだなぁ。それに結構抜け目ない。というか暗号て。あなたスパイか何か?しかも今の今までバレてないってことは結構気づかれづらい高度なやつを使っていたと見える。
あと、そうまでして会っていたってことはお互いに相当思っていたらしいのを感じる。え~。ますます気になってきましたよ奥さん。一体どんな人なのかしらね?
「でも、聖女になってからすぐは前聖女のお母様にもいくらか力が残っていてね?だからそうする余裕があったの」
「ってことは」
「そう。次第にお母様の力は無くなってきて、分担していた仕事をわたくし一人で行うようになっていった。その間家を継いだ弟が色々と手を尽くしてはくれたんだけど、結局はとても忙しくてね。あの人とも会えなくなっていった」
「なるほど……」
いや聖女業忙しすぎだろ。誰もこの人が可哀そうとか思わなかったのかな。いや、まぁそれを考えて実行にまで移した人は居たんだろうな。でも、それでも緩和しきれないほど忙しいんだと思う。マジで王都広いからね。人口が「安産の加護」によってかなり多いし、「豊作の加護」で飢えることも無いから。あと、魔物の脅威があるから人が外へ流出するということもまず無いのだ。
この聖女様の性格ならそんな状況を何も言わず受け入れそうな気もする。実際俺に話し相手してくれと頼んできたのだって、孤児院を支援してるのだって、それらで心身の疲れを癒してつつがなく仕事をするためなのかもしれない。
そして、だからこそこの前会った時はトラブルにだいぶ焦っていたのだろう。元気を補給できなければ、あるいは大事な仕事ができなくなってしまうから。もちろん純粋に子供たちを心配してもいただろうけど。
そうまで本人が努力しているのだから、他人がそんなにがんばらなくていいなんて言えないっていうのもあるんだろうな。でも、やっぱりどうにかならないのかな、これ。
「だから、手紙を出したの。もう会えないから、わたくしの事は忘れてほしい。そしてもしよければ、誰かと幸せになってほしいと」
「……」
「もちろん書くだけでも辛かったわ。だってその時もまだ、あの人のこと好きだったから。というか、せめて会って話したかった。でもダメだったのよね。今よりもっと忙しかったから」
「……そんなにですか?」
「えぇ。そんなに。その時のわたくしの落ち込みようで色々と動いてくださる方が出来て、それからは多少楽になっていったの。これでもね。でも、その時は違った」
「大変、だったんですね」
「まぁ、そうね。大変でした」
やっぱりどうにかならないのかなこれ!え、悲しすぎるでしょ。そんなに愛し合っていただろう二人が離れなきゃならないなんて正直おかしい。
しかも、「これ」っていう悪い人が居ないのもたちが悪いな。力を作り出したのは女神様だけど、状況を作り出したのはこの国の人々であると思う。まぁもしかしたら誰かに大きな原因があるのかもしれないけど、少なくとも今は見えてこない。
だからこそ聖女様に頼りきりの現状が変わってなかったりするのかな。みんながあんまり自分のことだって認識してないから?あとは長い時間でこれが普通だと麻痺してるとか?俺が異世界人だからこう思うだけとかもあるか?
いや、でもだとしてもなんか嫌だ。どうにかなって欲しい。というか、どうにかしてあげたい。その力が今は無いのが歯がゆい。チートが強くなれば何かできるようになるのかもしれないのに。
「でもまぁ、昔は辛いと思う時もあったけれど、少なくとも今は、わたくしはそれでもいいの。だって数多くの方々から感謝して頂けるし、こうしてあなたのようなお話相手にも恵まれたからね」
「へ。い、いや、買いかぶりすぎですよ」
「いいえ。わたくしにとっては、こうして話を聞いてくれるだけで嬉しいのですよ。ありがとう、バンさん」
「……いえ」
なのに彼女からは感謝さえされてしまった。俺だって何もできていない側なのに。
ただ、そんな「何もできていない人」たちにすらこの目の前の女性は感謝をしているのだろう。一体どれだけ優しいんだよ。ちょっとむかついてきた。せめてもう少し傲慢であってくれてもいいのに。
でもだからこそもっと強く何かしなければと思う。そしてこの気持ちを忘れたくないとも。でなければきっと「聖女」はこのままだろう。あるいは少しずつ改善していくのかもしれないが、それでも少しずつだ。次とか、その次とか、さらにその次……と同じ目に遭わないなんて言いきれない。
「それで話を戻すと、そうしてしばらくしたある日ね、とある手紙が返ってきたの」
「へ?」
しかもまだなんか不穏な展開が匂ってきたぞ。彼女の恋人が聖女としての務めを和らげる何かを見つけた、とかであってほしいけど、現状から鑑みるにそうではないんだろうな。むしろこれから何か起きそうな気さえする。
「忙しい貴女のために何かできないか考えて、方法を見つけた、ってね」
「えっと、その方法っていうのは……」
「書いてなかったわ」
「えっ」
やっぱり不穏だ。こんなの悪いやり方だって相場は決まってるよね。しかも恋人である聖女様にさえ教えられないってなると――
「最初はなんで教えてくれないんだろうって思った。教えてくれたら、わたくしにも何かできるのにって。でもね、後からその理由が分かったの」
「それは……」
「彼は恐らく、魔神様の力、もしくは知識を得るつもりだったのね」
「なっ」
「でも、最後にはきっと『ダンジョンの主』となってしまった。もしくは、死んで、しまったか」
「……」
そう。その人はきっと、ここ王都エクエスで信仰されている二大宗教、女神教及び魔神教が禁忌としていることを行うつもりだったのだ。
「ダンジョンの主」とは、その名の通りダンジョン、つまり地下迷宮を作る者だ。彼らの元々の目的は一つ。この大地の奥底に封印されている魔神、そのなるべく近くへと迫り、流れ出しているとされる無限の力、もしくは膨大な知識を自らのモノとすること。
その理由は様々だ。例えば聖女様が話す人のように誰かを想って。あるいは単純に力が欲しいからという人もいるらしい。
しかし、人間の身ではそれらを受け止めきれずやがて発狂してしまう。そうして最後には、「ダンジョンの主」となるのだ。広大な地下迷宮と地上よりも強力な魔物で、入ってくるものを拒む存在に。
ちなみに、何故ダンジョンの主となった全員が全員地下迷宮を作るのかについては未だ解明されていないとか。一説によると魔神が持つ女神様やその眷属に対する憎しみにあてられるとか、自らの知識や力へ固執するようになるとか、研究を邪魔されないようにとか色々考えられているそうだが、これだろうというものはまだ分かっていないそうだ。
「呆れるわ。本当に。そんなことをしなくても、わたくしはただ普通に生きていてくれれば良かったのに。……でもあの人、たぶん追い詰められていたのね。わたくしに何度も会う約束をすっぽかされて、挙句の果てには突き放すような事を言われて」
「……はい」
「だから、一刻も早くこの状況を変えたくてそんなことをしてしまった。別に、今まで通り弟の元で薬の研究をしていてくれればよかったのにね。そうしたら今この瞬間には一緒にいられたかもしれないのに。本当に呆れるわ。……本当にね」
その後聖女様が続ける言葉には、様々な感情が滲み出していた。きっと未だに整理がつききっていない部分もあるのだろう。言った通りの呆れだけではなく、深い悲しみ、後悔、他にも優しさや、何より強い愛が伝わってくる。
こんな思いを抱えながら、この人はずっと聖女を続けていたのか。相当、というか俺には想像もできないぐらい大変だっただろうな。だって、彼女が聖女だからこんな結果になってしまったとも言える。
「ということは今は……」
「えぇ。結局それから一度も連絡は来ていないわ。ただの一度も」
「……」
でも、理不尽だという部分には共感できるかもしれない。たまたま彼女が彼女の家に生まれ、そして聖女に選ばれたから、こんなことを経験しなければならなかった。つまり運が悪かっただけなのだ。
嫌な話!だからかやっぱりむかつく。この人はもっと報われるべきだ。ずっと人のために尽くしてきたんだから。
……俺自身が俺に報われて欲しいから、そんな事を思うのかもしれないな。
「ありがとうございます。話していただいて」
「いえ、いいのよ。わたくしが話したかっただけですから。それより、バンさんの方こそ聞いてくださってありがとう。嫌な話だったでしょう?」
「いや。そんなことは、全く無いです」
「あら、もしかして悲恋がお好み?」
「違いますよ」
「うふふ。そうよね。誰だって楽しくて幸せな終わり方がいいわよね」
「えぇ」
こんな話をした後でさえ、彼女はこうして俺を気遣ってくれる。冗談を言って、場を和ませてくれる。
だったらやっぱり今のままじゃダメだろ!やっぱりハッピーエンドが良いに決まってるだろ!なら、俺には何かできる事があるんじゃないか?だって、チート持ってるし。この前の事で80ぐらいKPも貰えたし。あと女神様の全能の力で、こんな理不尽吹き飛ばしたりできないですかね?
「だから俺、何かできることが無いか探してみます」
「へ?」
「まあ、何ができるか分かんないですけど」
「まぁ。うふ。ありがとうバンさん。冗談でも嬉しいわ」
「冗談じゃないですよ。俺、本気です。だってむかつくんで」
「あら良くないお言葉。でも、そうね。確かにむかつくかもしれないわね」
「はい」
うん。よし。だからまた色々考えてみよう。今すぐはどうにかできなくても、絶対に何かできる事があるはずだ。
……俺、感化されやすすぎですかね?でも、この方がなんか主人公って感じがしていいでしょ?ね?
……あれ?でもなんで、テトラさんの話の代わりに今の話だったんだろうか。何かしらの関連があるはずとは思うんだけど、どうしてだ?




