2章⑤
結論から言うと、さっきの人はマジで聖女でした。ちなみに聖女というのは、女神様から貰った力によって人のあらゆる傷や病気を治すことができるとかいう常識外れのお方らしい。
「本当に突然ごめんなさいね。この後のご予定とか無かったかしら」
「あ、い、いえ。大丈夫です」
そして俺は今、聖堂の奥の方にあるそんなお方の私室に居ます。彼女と二人きりで。護衛も、少なくとも部屋の中には無しで。ちなみに結構質素なところに住んでいらっしゃいますね。家具の一つ一つはかなり良いモノっぽいんだけど、いかんせん数が少ない。最低限しかない。この世界でも清貧が美徳とされてたりするのか?あ、でもご趣味なのか、今はお茶を淹れてくださってる。しかもかなり良い匂いだ。でもさっき飲んだばっかりだからトイレ行きたくなったらどうしよう。不敬かな……。
まさか不敬を働いたら即処刑されちゃったりしないよね?なんかファンタジー世界の宗教って悪いイメージありがちなんだよな。ここへ連れてくるときもちょっと有無を言わさない感じがあったし、なんだか緊張してきたぞ。これからどうなるんだ、俺。
「ではこちらをどうぞ」
「あ、はい、ありがとうございます。ふ~……」
でも出されたものを飲んだら少し落ち着きました。女神様のとこで飲んだやつとはちょっと味違うな。なんかのハーブティーとかっぽい。……何も入ってないよね?入ってたとしても状態異常耐性にほんのり振ってあるから大丈夫だとは思うけど。
「さて、それでは自己紹介させて頂きますね?」
「は、はい」
「私はルチア・フェリス・グラサージュ。一応、ここ王都エクエスで聖女を務めさせて頂いています」
自分の分のお茶も注ぎ終わると彼女は自己紹介する。一応とか付けてるけど全然そんな感じはしない。いかにも聖女って感じですよ?肩ぐらいまでの金髪が高貴な雰囲気だし、所作も綺麗。あ、なんか誰かに似てるな~と思ったらテトラさんだ。もちろん年齢の感じは違うけど、アーモンド形の大きな目とか薄くて小さな唇とかが似てる。あと髪型もだね。それに色も金で同じだ。
そして笑顔がやたら優しい。うっすら神聖な雰囲気も香ってる。
「それで貴方は……」
「あ、すいませんっ。えと、バンです。バンって呼んでください」
「バンさん。えぇ。宜しくお願いしますね。うふふ」
「は、はい」
そんな人相手に気を遣わせちゃったよ!え、やっぱり俺、このまま処刑されちゃったりしないよね?そう思ったらなんだかこの優しい笑顔も恐ろしく見えてきたぞ!ま、まさか女神教は腐敗してて、無作為に選んだ人間を生贄に捧げてて、たまたま俺が選ばれて、とか無いよね?大丈夫だよね?急に聖女様と二人きりなのも不自然だ。なんか嫌な想像がやたら脳裏によぎる。
「え、えっと、それで、な、何の御用でしょうか?」
「あぁそうでした。目的も告げずお呼び立てしてごめんなさいね。あそこでは人の目もあったものですから」
「い、いえ」
ていうか早くここへ連れてきた理由を言ってください!お願いですから!どんどん怖くなってくるから!この際処刑とかでもいいですからほら早く早く。いや、良くないけど。
「では単刀直入にお聞きします。あなたから女神様の力を感じるのは何故ですか?」
「えっ」
「突然こんなことをお聞きして申し訳ありません。それと、心当たりが無いようでしたら重ねてお詫び申し上げます」
「あ、は、はいっ」
「ですが、女神様がお隠れになった今、新しくあの方の力を得ることは不可能とされています。少なくともこの1500年間は無かった」
そうして尋ねられたのは、俺のチート能力のことだった。いやよかった~っ!処刑とかじゃなくて!一安心一安心。って思ったけど、聖女様が纏う空気には少し険が増しているように思った。矢継ぎ早に言葉が並べ立てられていくし。え。こ、これはもしかして答え次第でまだ処刑される可能性がある?や、ヤバいか?
「ですのに何故、あなたはその力をお持ちになっているのですか?それと、先ほど女神様の存在すらあなたから感じられたのは何故ですか?勇者様の血筋でも無いようですし、一体どのような方法でその力を?」
「あ、え、えっと……」
「あぁご安心を、悪いようには致しませんので」
「うっ……」
やっぱり笑顔が恐ろしい。にんまりとしてて優しいはずだけど、なんか恐ろしい気がしてならない。……これは覚悟を決めるしかないか。嘘言ったらダメそうだし、正直に話すしかない!ええい!どうにでもなれっ!
「え、えと……」
「はい」
「お、俺実は異世界から来た人間でして……。転生する時女神様にお会いして、この、恋愛経験で強くなる力を頂いたんです。転生する特典?として。あ、えっと、俺が元居た世界ではそういうのが流行ってるんですよ異世界転生って言って。それを鑑みて多分渡してくれたと思うんですけど。あ、それで今日は実際に女の子とそういうことをしたのに全然強化されてないぞって女神様に言いに来たところでそのためにはこういうとこでお祈りしろって言われてて」
「へ、い、今なんと?」
お?なんか食いついた?え、どれのことだろう。めっちゃ早口で喋ったから分かんないぞ。とりあえず結構戻った方がいいか?でも異世界転生とか急に言われても分からないよなきっと。じゃあ――
「恋愛で強化される力を女神様から貰ったって」
「あぁいえ、その少し後です」
え?少しってなると直後ではないだろうし、やっぱり異世界転生とか言われても伝わらないだろうし……え?せ、聖女様?それは僕のすご~く個人的な事情なんですが、話さなきゃダメですか?え、い、いや~っ……。ちょ~っと恥ずかしいんですけど。でも言い淀んでいると彼女はどんどん前のめりになってくる。う~んやっぱり愛の女神に仕える存在だからそういうの気になるんですかね?ま、まぁしょうがないし言うしかないか……。
「今日は実際に女の子とそういうことを――」
「あぁ。ふふ。そのもう一つ後ですよ。あはは。わたくしがそんなに不躾な事を聞くように思いましたか?んふっ。ふ~っ……」
「い、いえ……」
いや違うんか~いっ!完っ全に墓穴掘った、恥ずかしい。聖女様も笑っちゃってるよ、多分俺の察しが悪すぎて我慢の限界で……って、あれ?なんか楽しそうだ。さっきまでの押しの強さはどこへやら、口に手を当てているものの笑顔は全く隠れていない。よっぽど面白かったらしい。……いや笑いすぎだろ!確かに変な行き違いだったけどさ!こっちはプライベートな部分をさらけ出したんですよ!?でも、なんか憎めない。思ったよりお茶目な人なのか?
やがて彼女はひとしきり笑うと、椅子に座り直してこちらへ再度視線を向けてくる。
「ごめんなさいね。せっかく言ってくれたのにこんな笑ってしまって。どうしても勘違いなさってたのがおかしくて、ふふっ。……はぁ。ダメねぇわたくしったら。いつもこうだわ」
「いや、大丈夫です。でもさっき言った事は忘れてください……」
「えぇ。努力させて頂くわ」
「努力ですか」
「えぇ。……んふっ。ふふっ。ご、ごめんなさいっ」
そしてツボに入ってしまったのかまた笑い始めた。やっぱりお茶目だこの人!そういえば処刑は?とか思ったけどそんな脅すようなこと一言も言ってなかった事に気付く。「悪いようにはしない」っていうのも言葉通りの意味で、俺が変に受け取りすぎちゃったのかもしれないな。
「それで、女神様に言いに来た、というのは本当ですか?」
「あ、はい、ていうかえっと、さっきまで、会って?ました」
「まぁ……。嘘ではございませんか?」
「あ、は、はい」
「そうですか。なるほど。なるほど……」
今度は真面目な表情となり聞いてくる彼女に、もはや取り繕う必要も無いため全て包み隠さず話す。
そうすると次は考え始めた。笑ったり真剣になったり忙しい人だな。正直とても偉い人には見えない。いやむしろかえって偉い人っぽいか?というか、ち、沈黙が気まずい……。何か言った方がいいかもしれない。いや、でも悩んでるみたいだし、こういう時って声をかけちゃダメか?流石にちょっとぐらい待つか。考える時間欲しいだろ。ってかそうだよ。教会のトップ?が、女神様に会ってるっていう人間と会って何も考えないわけないよな。
「そうしましたら、わたくしから一つ提案させて頂いても宜しいでしょうか?」
お。なんだろう?どんどんマジっぽい雰囲気になってくな。え、まさか女神様と会う事が出来るし、女神教に入れとか言われたりするのかな。う~んどうなんだろう。ちょっと興味ある、かも?いやでも、そうなったら今のパーティ解散になっちゃうかな。それはちょっと皆に悪い。じゃあ断るしかないかなぁ。せめて考えさせてもらうか。うん。そうしよう。
「あなたには『女神の使徒』になって欲しいのです」
「めがみのしと?」
「えぇ。具体的には、わたくしのお話相手になって頂けませんか?」
「へ?」
全然違った!ていうか、ただの話し相手!?女神の使徒っていう大層な名前なのに実態はただの話し相手ってどういうことだ?そんなに人と会うことに飢えてるのかな?そうは見えないけどね。教会のトップっぽいし、いくらでもそういう相手は居そうなもんだけど。
「実は聖女ってあまり自分の時間が無くってね?この力があるせいで、ずっと人の事を治して回らなきゃいけないの。それがどんなに軽い病気や怪我でも。……貴族相手となれば猶更ね」
「へぇ……。それはすごく、大変そうですね」
「えぇ。まぁこれでも、お母様の頃よりはだいぶマシになったんですよ。わたくしの弟が頑張ってくれてるおかげでね。それこそもし『使徒様』が現れれば、そのお方の話を聞く時間は作れるぐらいに」
「なるほど……」
そんなに忙しいのか……。正直ちょっと聖女を舐めてました。でも確かに、そういえばテトラさんからこの国の医療事情について聞いたことがある。どうやら聖女という存在が居るために、ここエクエスでは回復魔法や薬草の知識などがこれまで殆ど発展してこなかったらしい。あるいは一時期研究されても、結局聖女様に直してもらえばいいと普及しなかったとか。最近では少しずつ進んでいるそうだけど、それでもまだ今は基本彼女に頼りきりなんだってさ。王都外の開拓が進んでいないのも聖女から離れてしまうからとかが理由かも?確かにここに居ればあらゆる肉体的苦痛から無縁でいられるもんね。
あと聖女とは、この国の貴族であるグラサージュ家にのみ発現する力であるとのこと。しかもどういう原理か同時に一人しか存在できない。つまり新しい聖女が生まれれば、それまで聖女だった者はその力を失う。あるいは聖女だった者が亡くなれば、必ずグラサージュ家の誰かに発現するそうだ。だから、今の状況でこの務めを拒否することはできないと言っていい。
となれば理由をこじつけてまで話し相手が欲しいと思うのは、ごく自然な事なのかもしれないな。
「ですからお話相手になって欲しいのだけど、いかがかしら?」
「はい。あ、えっと、詳細とかって……」
「あぁそうよね。わたくしったらうっかりしてたわ。ホントだめねぇ年を取ると。そうしたらえぇと……月に一回は大丈夫かしら?あぁそれと、今お仕事がある場合はそちらを行いながらで大丈夫よ。あなたにはたまにここへ来て頂いて、ほんの30分ほどわたくしとお話をしていただければいいの。無理矢理拘束するといったこともしません。自由は保証いたしますし、何より身元もできる限り世間には伏せさせていただきます」
「おぉ」
「だから『女神の使徒』となっても、今まで通り生活できるはずよ。これでもわたくし、結構影響力があるので。うふふ。……まぁ来て頂いても、出せるのはお茶菓子ぐらいのものなのだけどね」
「なるほど」
あ、ちょっと怖い笑顔してる。俺に有無を言わせずここまで連れてきた手際といい、スパスパと何やら重要そうな決定を続けているところといい、意外とこの人には抜け目ない所もあるっぽい。
でもだからといって一方的に利用されたりもしないみたいだ。冒険者としての活動は続けられるし、何なら生活が変わることもあまり無いらしい。すげぇ人間ができてるなこの人。正直そこが不安だったんだよねやっぱり。今の生活は楽しいし。
「また、特典としてあらゆる女神教会図書館の全区画への出入りを認めましょう」
「え、ホントですか!」
「えぇ。……こちらのブローチを見せて、『聖女の紹介』とでも仰れば大丈夫なはずよ」
しかも図書館へ出入りできると来たか!そうなったらこの世界のこと、もっとたくさん知れそうだな。何より女神教の図書館だし、あの女神様の情報が何か得られるかもしれない。こりゃ断らない手は無いな。聖女様とおしゃべりできるのも楽しそうだ。何より人助けにもなるからね。俺の30分でこのめちゃくちゃ大変そうな人の助けになるなら安いもんだと思う。
「では……」
「はい!やらせてもらいます!」
「あら本当に!?」
そうしてはっきり頷くと、聖女様は前のめりになって驚く。え、そんな嬉しいですか?ていうか結構好条件出してもらえてた気がするし、普通にOKする感じだったと思うんだけど。てなるとよっぽど「友達」に飢えてたのかな。なら猶更受けてあげたくなる。
「へっ、え、えぇ」
「まぁ……。本当に助かるわバンさん。うふふ。やったぁっ。ありがとうございます女神様……。感謝いたしますわ……」
「ちょ、そんな、大袈裟ですって」
反応かわいっ。胸の前でガッツポーズまでしたぞこの人。やっぱりお茶目だ。聖女になってなかったら意外と天真爛漫な人生を歩んでたのかもしれない。優秀だからきっといい人と結婚して……って、そういえば聖女様、結婚指輪してないな。愛の女神様から力を貰った存在が結婚もしてない、あるいはできてないって、どんだけ激務なんだ聖女業。そう思うと俄然やる気が湧いてきたぞ。お礼も豪華だし、俺も「女神の使徒業」頑張るか。って言っても話し相手になるだけだけどね。このおしゃべり好きっぽいお方と。
来週は一回の更新を短めにして平日毎日更新の予定です。時間帯もお昼から色々と変えてみようかなと思っています。




