第36話 魔法を全部止めたら戦争が止まった
火球が飛び、雷撃が走る。
魔法工兵隊の火力魔道具が砦へ砲撃を浴びせる。
副官が言った。
「砦の防御は揺らいでいます」
「ですが……」
指揮官は頷く。
「分かっている」
アル・ザハル砦前線。
王国軍の指揮所から、砦の戦場が見下ろせた。
指揮官は腕を組み、戦況を見ている。
視線の先には、石の巨人。
ゴーレム。
砂と岩で作られた人型の魔導兵器が、砦の前線に並んでいた。
砲撃で一体が崩れる。
だがすぐに別のゴーレムが現れる。
副官が言う。
「厄介ですね」
指揮官は低く言った。
「あの石人形が戦線を膠着させている」
少し考え、命じる。
「魔法工兵隊を前へ」
「火力を集中させる」
副官が叫んだ。
「魔法工兵隊、前進!」
戦場に火力魔道具が並ぶ。
魔法陣が光る。
「目標は城門、全弾撃てー!」
次の瞬間――
全ての魔道具から火球が一斉に放たれた。
砦の前線が爆炎に包まれる。
王国軍の兵士たちが叫んだ。
「今だ、押せ!」
「歩兵部隊、前進!」
その時だった。
火球が途中で消えた。
音も消えた。
爆発するはずの魔法が、空中で霧のように消える。
魔法士が叫んだ。
「……え?」
次の瞬間。
防御魔法が消えた。
砦を覆っていた魔法障壁が、突然消滅する。
魔法砲も沈黙した。
魔法士が叫ぶ。
「魔法が出ません!」
「術式が反応しない!」
指揮官が眉をひそめる。
「どういうことだ!?」
同じ頃。
帝国側の前線でも異変が起きていた。
砦の最前線に並んでいたゴーレム。
その全てが―― 動きを止めた。
石の巨人たちは、その場で完全に静止している。
その場で――崩れ落ちることもなく、ただ止まった。
帝国兵が叫ぶ。
「ゴーレムが動かないぞ!」
さらに別の兵士が叫ぶ。
「魔獣が!」
砦の門から現れたゴブリンたちが、突然武器を捨てて逃げ出していた。
使役が切れたのだ。
ゴブリンたちは森へ向かって一斉に走り出す。
帝国兵が叫ぶ。
「制御が効かない!」
戦場のあちこちで混乱が広がる。
王国軍の兵士が叫んだ。
「帝国の呪術だ!」
帝国側でも声が上がる。
「王国の新兵器だ!」
互いに、自分たちの魔法だけが止められたと思い込んでいた。
帝国兵が叫ぶ。
「撤退!」
別の兵士も叫ぶ。
「砦へ戻れ!」
王国軍の兵士たちも動揺していた。
「魔法が出ない!」
「防御も張れない!」
副官が叫ぶ。
「後退しますか!?」
指揮官は歯を食いしばる。
次の瞬間。
砦の門が閉じられた。
指揮官は決断する。
「敵が何を仕掛けてくるかわからん」
「……全軍、後退だ!」
こうして――
戦場は一瞬で崩壊した。
兵士たちは見えない何かに恐怖し、後退していく。
魔法の消えた戦場には、煙だけが漂っていた。
丘の影。
アリソンはその光景を見ていた。
「……本当に、止まった」
隣でグラムベルクが息を吐く。
「だが、そろそろ魔石が空になって装置も止まるぞ」
アリソンが言った。
「今のうちに急ごう」
「混乱してるうちに離脱する」
二人は丘の影から森へ走り出した。
この戦況を、遠くから見ている男がいた。
帝国軍の観測所。
望遠鏡を覗いていたのは、カリウスだった。
副官が言う。
「王国の新兵器でしょうか」
カリウスは望遠鏡から目を離さない。
戦場の中心。
丘の影。
そこを見ていた。
そして、静かに言う。
「……違う」
副官が首を傾げる。
「何がです?」
カリウスは呟いた。
「これは兵器ではない」
カリウスの口元がわずかに動く。
「戦争そのものを止めた者がいる」
森の南端。
アリソンとグラムベルクは走っていた。
背後ではまだ兵士たちの叫び声が聞こえる。
王国軍も帝国軍も、互いに距離を取って後退している。
混乱は続いていた。
グラムベルクが息を切らしながら言う。
「本当に……止めちまったな」
アリソンは振り返らずに答える。
「まだ分からない」
「一時的かもしれない」
その時。
森の奥で何かが動いた。
二人は反射的に身を低くする。
だが現れたのは兵士ではなかった。
ゴブリン。
数匹が武器も持たず森を横切っていく。
使役が解けたのだろう。
彼らは二人を見ることもなく、そのまま森の奥へ消えていった。
グラムベルクが小さく笑う。
「戦場が崩壊してるな」
アリソンは短く答える。
「今のうちに急ごう」
二人は再び走り出した。
しばらく進むと、森の奥に淡い光が見えた。
魔車だった。
重力魔法を帯びた車体が、静かに森の中に停まっている。
御者席から身を乗り出したターニャが叫んだ。
「アリソン!」
アリソンが手を振る。
「こっちだ!」
ミレイアが魔車を起動する。
「遅い!」
「どれだけ待ったと思ってるの!」
グラムベルクが笑う。
「仕方ないだろ、戦場の真ん中だったんだぞ!」
二人は荷台に飛び乗った。
魔車が滑るように動き出す。
ターニャがアリソンに抱きつく。
「無事なの?」
「なんとか」
アリソンは息を整えながら答えた。
ルナシールドが空を見上げる。
「精霊が……まだ騒いでいます」
ミレイアが言う。
「とりあえず離れるわよ」
やがて戦場の音が遠ざかっていく。
砲撃の光も見えなくなった。
アリソンは後ろを振り返る。
暗い森の向こう。
アル・ザハル砦の戦場は、まだ混乱の中にあった。
グラムベルクが言う。
「成功だな」
アリソンはしばらく何も言わなかった。
そして小さく呟く。
「……戦争は止まった」
だが、その代償が何かは、まだ誰も知らない。
夜の森を、魔車は静かに走っていった。
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