第29話 竜の制御が外れると世界が終わる
セレネ河を遡った船は、夜明けの霧の中を進んでいた。
川の両岸はいつの間にか深い森に変わっている。
枝葉が空を覆い、光はわずかしか差し込まない。
ミレイアが周囲を見回す。
「……ここ、本当にエルフの森?」
「私、あんまり詳しくないんだよね」
アリソンは頷いた。
「ミレイアのお母さんは帰郷してたけど、君は一緒に来たことないんだっけ」
「うん」
船はゆっくりと岸へ寄った。
そこには石で作られた古い桟橋があった。
船を降りた瞬間、森の奥から気配が現れる。
「久しいな」
落ち着いた声だった。
アリソンは振り向く。
そこに立っていたのは――
白髪のエルフの老人。
長老だった。
「アリソン」
「また森に来るとは思わなかった」
アリソンは頭を下げた。
「急ぎの用件です」
長老は頷いた。
「巨大魔石のことだろう」
アリソンの目が少し驚く。
長老は続けた。
「森が騒がしい」
「人の軍が動き始めている」
「それで思い当たるのは一つしかない」
アリソンは静かに言った。
「帝国の竜」
長老はゆっくり振り向く。
森の奥。
木々の隙間から巨大な結晶が見えていた。
神殿ほどの大きさの巨大魔石。
アリソンはそれを見上げた。
巨大水晶。
長老はその前に立つ。
「千年前の話をしよう」
静かな声だった。
「昔、竜は生息域を広げようとした」
「火山から生まれた巨大魔石を運び」
「この地に新しい巣を作ろうとした」
ミレイアが驚く。
「竜が?」
長老は頷いた。
「竜の卵は火山でしか孵化できない」
「だが火山から生まれ出た巨大魔石でも同じことができる」
アリソンが言う。
「だから竜は魔石を運んできた」
長老は巨大水晶を見上げる。
「だが森を守る者が現れた」
「白鹿だ」
長老は続けた。
「戦いの末」
「竜は倒れ」
「魔石だけが残った」
ミレイアが小さく言った。
「それが……この巨大水晶」
長老は頷いた。
「そしてこの水晶には力がある」
「竜の支配を断つ力だ」
アリソンが聞く。
「つまり」
「竜がこれに近づくと?」
長老は答えた。
「魔族の使役が解ける」
ミレイアの顔が強張る。
長老は続けた。
「だから魔族は竜を森に近づけない」
「常に制御している」
アリソンは静かに言った。
「カリウスの話は本当だった」
長老はアリソンを見る。
「カリウス?」
アリソンは説明した。
「帝国の将軍です」
「戦争を止めようとしている」
長老はしばらく黙っていた。
そして低く言った。
「魔族の竜は一種類ではない」
「特に危険なのは黒竜だ」
ミレイアが言う。
「黒竜?」
長老は頷く。
「黒竜は知性を持つ」
「だが皇帝の使役でそれを封じられている」
アリソンの表情が変わる。
長老の声は低かった。
「本来の黒竜は」
「征服願望を持つ存在だ」
「古では――」
「魔王と呼ばれ世界を蹂躙したと聞く」
ミレイアの足が震える。
もしその支配が解ければ。
長老は静かに言った。
「世界が壊れる」
アリソンは黙って巨大魔石を見上げた。
真実は分かった。
だが。
アリソンの脳裏が不安に包まれる。
遅すぎたかもしれない。
その頃。
ザルカーン帝国。
帝都ジオドラゴ。
城門を一頭の馬が駆け抜けた。
カリウスだった。
「道を開けろ!」
兵士たちが驚く。
彼は馬を降り、そのまま城へ走った。
重い扉を押し開ける。
謁見の間。
皇帝と将軍たちがすでに集まっていた。
カリウスは叫ぶ。
「陛下!」
皇帝がゆっくり言う。
「遅いぞ、カリウス」
カリウスは息を切らしながら言う。
「戦争を止めるべきです!」
その瞬間。
外から太鼓が鳴り響いた。
ドン――
軍の出陣を告げる音。
皇帝は静かに言った。
「すでに遅い」
窓の外。
帝国軍の旗が風に翻っている。
皇帝は告げた。
「先ほど」
「アルディオン王国との戦争が始まった」
沈黙。
カリウスは拳を握り締めた。
間に合わなかった。
世界は、もう止まらない。
大森林。
巨大水晶の前。
アリソンは静かに言った。
「……急がないと」
もし戦争の最中に竜が森へ来れば。
世界は破滅する。
種族の思惑が交錯し、
世界は戦乱へと動き始めていた。
第3章 完。
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