第28話 魔法エンジンを作ったら船が爆速になった
ミレイアが船を覗き込む。
「……これ本当に大丈夫?」
夜のセレネ河。
王都の灯りが水面に揺れていた。
河岸には細長い手漕ぎ船が浮かんでいる。
船底には、アリソンが描いた魔法陣が淡く光っていた。
最後の魔石をはめ込みながら答える。
「理論上は…」
ミレイアが顔をしかめた。
「それ一番危ないやつだよね」
アリソンは船底の魔法陣を指した。
「重力魔法をここで受けて増幅する」
「それを船底に分散させる」
ミレイアは腕を組んだ。
「つまり」
「船が壊れないように落ち続ける感じ?」
アリソンは少し笑った。
「大体そんな感じ」
その時だった。
「アリソン!」
二人が振り向く。
橋の方から人影が走ってくる。
ターニャだった。
息を切らしながら河岸へ駆け込んでくる。
「はぁ……はぁ……」
「間に合った……」
ターニャは肩で息をしながら言った。
「学院長には話してきた」
「国王にも伝えるって」
アリソンは頷いた。
「ありがとう」
ターニャは船を見る。
そしてアリソンとミレイアを交互に見た。
その表情は、少しだけ不満そうだった。
(なんか、私だけ仲間外れになってない?)
「……それで?」
「もう出発するの?」
アリソンは短く答えた。
「今から」
ターニャが言葉を遮る。
「私も行く!」
アリソンは首を振った。
「今回はダメだ」
ターニャが目を細める。
「なんで?」
アリソンは船を指した。
「できるだけ船を軽くしたい」
「それと…」
少し言いにくそうに続ける。
「まだ安全確認できてない」
「正直かなり危険だ」
ターニャはしばらく黙って船を見る。
「……つまり」
「試作機ってことね」
アリソンは苦笑した。
「そう」
その横でミレイアがぼそっと言った。
「……ちょっと待って」
二人が振り向く。
「私が危険なのは別にいいわけ?」
アリソンが言う。
「わかるだろ? ミレイアの魔法は外せない」
ミレイアは肩をすくめた。
ターニャは腕を組んだ。
「じゃあ私は何をすれば?」
アリソンは言った。
「大事なお願いがある」
「何?」
アリソンは少し声を落とした。
「グラムベルクを王都に呼んでほしい」
ターニャが驚く。
「どうして?」
「秘密で頼んでたものがある」
「それを持ってきてもらいたい」
ターニャが眉をひそめる。
「秘密?」
アリソンは笑った。
「また今度説明する」
ターニャはじっとアリソンを見る。
「……最近それ多くない?」
アリソンは苦笑した。
「ごめん」
ターニャはため息をつく。
「分かった、呼んでおく」
ミレイアが船に乗り込んだ。
「そろそろ行こう」
アリソンも船に乗る。
ターニャが河岸に立つ。
腕を組んで、少し不機嫌そうに。
「……気をつけてね」
アリソンが手を上げる。
「行ってくる」
ミレイアが叫ぶ。
「それじゃ、重力魔法いくよ!」
船がゆっくり動き出す。
ターニャの立つ河岸が遠ざかっていく。
ミレイアが船の中央で手をかざす。
「まずは出力を抑えるよ」
アリソンが頷く。
「うん、まずは初動テスト」
ミレイアが魔力を徐々に流し込む。
船底の魔法陣が淡く光る。
水面に波紋が広がる。
帆もない。
オールもない。
それでも、船は滑るように進む。
ミレイアが目を丸くした。
「……動いた」
アリソンは船底を確認する。
魔法陣は安定している。
「いい調子だ」
――だが、その瞬間。
船底の魔法陣が、わずかに明滅した。
アリソンの視線が一瞬だけ止まる。
(何だ今のは?)
(車のノッキングに似ていた…)
しかし次の瞬間には安定していた。
ミレイアは気づいていないようだ。
「これ楽しい!」
船は静かに川を遡っていく。
王都の灯りが少しずつ遠ざかる。
アリソンが言った。
「ミレイア、出力上げてみて」
ミレイアが振り向く。
「どのくらい?」
アリソンは空を見上げた。
「三割…かな」
ミレイアは少し考えた。
「壊れても知らないよ?」
「その時は設計ミスを認めるよ」
彼女は魔力を強めた。
魔法陣が強く輝きだす。
次の瞬間。
ドンッ!
船が一気に加速した。
水面が後ろへ引き剥がされるように流れていく。
水しぶきが左右に跳ねる。
夜の河を切り裂くように進む。
ミレイアが叫んだ。
「うわっ速い!」
アリソンも驚いた。
「予想より出てる」
王都の灯りがあっという間に小さくなる。
河岸の景色が流れていく。
ミレイアが笑う。
「これ気持ちいい!」
アリソンが言う。
「制御大丈夫?」
「うん」
ミレイアは魔力の流れを調整する。
「重力を前に落としてる感じ」
「慣れてきた」
船は夜のセレネ河を高速で進んでいた。
やがて王都の灯りは完全に見えなくなった。
周囲は暗い森と川だけになる。
ミレイアがふと聞いた。
「でもさ、本当に戦争になるの?」
アリソンは少し考えた。
「可能性は高いと思う」
ミレイアが言う。
「カリウスって魔族、信じてるの?」
アリソンは川を見つめた。
「完全には…」
「でも嘘をつく理由がない」
ミレイアが言う。
「竜の話?」
「うん」
アリソンは頷いた。
「もし本当なら」
「帝国も森に近づきたくないはず」
ミレイアが腕を組む。
「でも巨大水晶って」
「そんな重要なものなの?」
アリソンは静かに言った。
「竜の支配が解ける」
「それだけで世界が変わるとしたら」
ミレイアは少し黙った。
「……なんかすごい旅になってきたね」
「うん」
「私を誘ってくれて、ありがとう」
船はさらに上流へ進む。
やがて川の両岸は深い森に変わっていった。
木々の影が川面を覆う。
ミレイアが小さく言った。
「もう大森林だ」
アリソンも周囲を見る。
森は静かだった。
不自然なほどに。
船はそのまま森の奥へ進んでいく。
セレネ河の流れは、大森林の中心へと続いている。
そしてその先には――
巨大水晶と、
世界の均衡を揺るがす秘密が待っていた。
――そのとき。
川の流れが、ほんのわずかに歪んだ。




