第27話 重要任務が短納期すぎる件
セレネ河の大橋。
夕暮れの光が川面を赤く染めていた。
カリウスの言葉のあと、橋の上には重い沈黙が落ちていた。
「……私は帝国へ戻る」
最初に口を開いたのはカリウスだった。
ターニャが睨む。
「逃げるつもり?」
カリウスは首を振る。
「違う」
「戦争を止めるためだ」
彼はアリソンを見る。
「王国も帝国も、すでに軍が動き始めている」
「時間がない」
アリソンは静かに言った。
「エルフだね」
カリウスは頷く。
「巨大水晶の秘密」
「それを証明できるのは彼らだけだ」
ターニャが腕を組む。
「でもエルフの里は遠い」
「森の奥だよ」
アリソンは橋の欄干に手を置き、河を見下ろした。
セレネ河。
王都を横切り、大森林へと流れ込む大河。
流れる水を見ているうちに、頭の中で何かが繋がった。
(森を突っ切る必要はない)
(この河は森へ続いている)
アリソンの目が光る。
「……河だ」
ターニャが聞き返す。
「え?」
アリソンは指さした。
「セレネ河」
「これを遡れば森に入れる」
ターニャが言う。
「でも船でも数日かかるよ」
アリソンは少し笑った。
「普通の船ならね」
そして思い出した。
魔道会の競技。
ミレイアの荷車。
重力魔法で加速していたあの発想。
(あれを船に使えば)
(流れを無視して進める)
アリソンは言った。
「ミレイアだ」
ターニャが目を丸くする。
「まさか」
「重力魔法」
「船を加速できる」
カリウスはその会話を聞き、静かに言った。
「……なるほど」
「君らしい発想だ」
アリソンはターニャを見る。
「ターニャ」
「学院長に報告してほしい」
「カリウスの話と、巨大水晶のこと」
ターニャが驚く。
「え、アリソンは?」
アリソンはすでに歩き出していた。
「ミレイアのところに行く」
「船を準備する」
ターニャが叫ぶ。
「今から!?」
アリソンは振り返らない。
「時間がない」
「戦争が始まる前にエルフに会わないと」
ターニャは少し迷い、そして頷いた。
「……分かった」
「学院長には私が話す」
アリソンが軽く手を上げる。
「頼んだよ」
そして橋を駆け下りた。
ミレイアの家へ向かって。
王立学院。
学院長室。
ターニャは机を叩いた。
「だから戦争を止めてください!」
アルヴェリウス・ヴァルドナー学院長は腕を組んでいた。
「落ち着け」
「そのカリウスという魔族の話を信じろと?」
「でも!」
ターニャは言う。
「巨大水晶の話は筋が通ってる」
学院長はしばらく黙っていた。
やがて言う。
「……国王には報告する」
「だが軍が止まる保証はない」
ターニャが唇を噛む。
「総司令官も止めてください」
学院長は低く言った。
「バルドランはもう動いている」
「南へ軍を集めている」
ターニャの顔が青ざめる。
その頃。
帝国へ向かう街道。
カリウスは馬を走らせていた。
(遅い)
王都を出た時点で理解していた。
(軍が動き始めている)
帝都へ戻り、皇帝を説得する。
それしかない。
カリウスは小さく呟く。
「頼む……」
「間に合ってくれ」
その頃。
王都の住宅街。
王城や市場の喧騒から少し離れた、静かな通りだった。
石畳の道の両側には小さな家が並び、庭には花や薬草が植えられている。
その中に、少しだけ変わった家があった。
石と木で作られた二階建ての家。
屋根の軒先には、乾燥させた薬草が吊るされている。
庭には奇妙な形の金属器具や魔道具の部品が並び、明らかに普通の家ではない。
ミレイアの家だった。
アリソンは門を押し開けると、そのまま玄関へ駆け寄った。
ドン、ドン!
「ミレイア! ミレイア!」
扉が開く。
「アリソン?」
ミレイアが驚いた顔で立っていた。
「どうしたの?そんな慌てて」
アリソンは息を整える間もなく言った。
「時間がない」
ミレイアの表情が少し変わる。
「……何かあった?」
アリソンは短く答えた。
「戦争になりかけてる」
ミレイアの目が丸くなる。
「え?」
「王国と帝国がだ」
「南で軍が動いてる」
「でも止める方法が一つだけある」
アリソンは続けた。
「直接、エルフに会う」
「大森林の奥にいたあの長老だ」
「巨大水晶の秘密を聞き出す必要がある」
「それが戦争を止める鍵だ」
ミレイアは腕を組んだ。
「でも森は遠いわよ」
「普通に行ったら何日もかかると思う」
アリソンは言った。
「だから河を使う」
ミレイアが首を傾げる。
「河?」
アリソンは答える。
「セレネ河」
「船で遡って森まで行く」
アリソンは庭の奥に置かれていた小さな船に目を止めた。
細長い木造の手漕ぎ船。
セレネ河を遡るための、軽い川船だった。
ミレイアが振り返る。
「ああ、それ?」
「お母さんの船よ」
「ときどき帰郷する時に使ってるの」
ミレイアの母はエルフだった。
森へ帰る時、この河を使うのだ。
アリソンは頷く。
「それを借りたい」
ミレイアは少し考える。
「……理由、あとでちゃんと説明してくれるのよね?」
アリソンは即答した。
「もちろん全部話す」
ミレイアはため息をついた。
「分かった」
「お母さんに頼んでみる」
アリソンは言った。
「ただし普通の船じゃ遅い」
「だからミレイアも一緒に来てほしい」
「私も?なんで?」
「重力魔法を使うんだ」
ミレイアが少し笑う。
「荷車のやつ?」
「そう」
魔道会で彼女は、重力魔法を使って荷車を加速していた。
アリソンは地面に膝をつき、庭の砂の上に指で図を書き始めた。
「でもそのままだと出力が足りない」
ミレイアが覗き込む。
「これ何?授業でも見たことない陣だわ」
「増幅魔法陣」
アリソンは線を引く。
円。
接続線。
制御点。
「重力魔法をここで受けて」
「魔法陣で増幅」
「船体に配置する」
ミレイアの目が輝く。
「あ、分散制御ね」
アリソンは頷く。
「一点集中だと船が壊れる」
「だから船底全体に分配する」
ミレイアは感心したように言った。
「これすごいわ」
アリソンは立ち上がる。
「今から準備する」
「夜のうちに出発する」
ミレイアは船を見る。
そして笑った。
「エルフの森まで高速船ってわけね」
セレネ河は静かに流れていた。
その流れは、大森林へと続いている。
そしてその森の奥に――
世界の均衡を揺るがす秘密が眠っていた。
竜と巨大水晶の秘密が。




