第25話 たまにはランポイも良いよね
アルディオン王城。
重い扉の向こうで、報告が続いていた。
王国軍総司令官、バルドラン・グレイシュタインが片膝をつく。
「以上が三種族会議の結果です」
玉座の上の男――
アルディオン王国国王、レオンハルト・アルディオンは腕を組んだ。
「戦争、貿易、静観……か」
バルドランは頷く。
「我が軍としては、速やかな行動を提案します」
「帝国は大森林南端に施設を建設していました」
「今叩かなければ、奴らはさらに北へ進出します」
王は沈黙した。
「……」
やがて静かに言う。
「判断にはもう少し時間が欲しい」
バルドランの目が細くなる。
「陛下」
「帝国は待ってくれません」
「それでもだ」
王は言った。
「戦争は国の命運を決める」
「軽々しく決めるわけにはいかぬ」
バルドランは頭を下げた。
「……御意」
しかしその目は冷たかった。
数時間後。
王城の軍議室。
バルドランは将軍たちを見渡す。
「国王は決断を迷っている」
将軍の一人が言う。
「ではどうするのです」
バルドランは低く言った。
「準備だけは進める」
「独断で?」
「戦争になってからでは遅い」
彼は断言した。
「南方へ部隊を移動させろ」
「補給線も確保する」
将軍たちが頷く。
アルディオン王国軍は――
静かに戦争の準備を始めていた。
一方、数日後。
王都の市場。
人の波。
香辛料の匂い。
屋台から立ち上る煙。
ターニャが両手を広げた。
「やっと休みだ!」
アリソンも笑う。
「ほんとにね」
森の調査、会議、報告。
ようやく一息つける日だった。
「今日はランポイだからね」
ターニャが念を押す。
「分かってる」
(ランポイって、多分デートのことだよな?)
アリソンは財布を軽く叩いた。
「今日は僕が全部払う」
ターニャが驚く。
「えっ?」
「魔道会の優勝賞金、まだ結構残ってるから」
一瞬の沈黙。
そして――
「やったー!」
ターニャは本気で喜んだ。
「ほんと!?」
「ほんと」
「じゃあ買い物もしていい?」
「もちろん」
市場の屋台を回る。
串焼き。
甘い菓子。
焼きたてのパン。
アリソンは串をかじりながら思う。
(この世界、屋台文化はあるんだよな)
転生前の世界にもあった。
祭りや観光地の屋台。
(でも衛生基準とかはだいぶ違うな……)
肉の焼き方も豪快だ。
(まあ、火を通してるから大丈夫だろ)
ターニャが笑う。
「何考えてるの?」
「いや、ちょっと昔のこと思い出しただけ」
市場を歩きながら、アリソンは観察する。
道具。
建物。
人々の生活。
(工業はない)
(でも魔法で代替してる)
(文明レベルは中世だけど……)
(魔法がある分、別の進化してる)
ターニャが突然止まった。
「これ!」
アクセサリーの露店。
小さな銀のペンダント。
アリソンは値札を見る。
「……」
ターニャが慌てる。
「やっぱりいい!」
アリソンは首を振った。
「いいよ」
彼は店主に金貨を渡す。
ターニャが目を丸くする。
「えっ」
アリソンはペンダントを渡した。
「優勝祝い」
ターニャはしばらく固まっていた。
そして。
「……ありがとう」
本当に嬉しそうだった。
しばらく歩いたあと。
アリソンが足を止めた。
「……これ」
小さな露店。
奇妙な魔道具が並んでいる。
金属の輪。
魔法陣の刻まれた板。
店主が顔を上げた。
帽子を深く被った男。
「興味がありますか」
落ち着いた声だった。
アリソンは道具を手に取る。
「これ、魔法陣?」
「ええ」
男が答える。
「火属性の調理機です」
アリソンはしばらく観察した。
「……回路が無駄だらけだ」
男の目がわずかに動く。
ターニャが笑う。
「また始まった」
アリソンは指で魔法陣をなぞる。
「ここを整理すれば魔力効率は三倍くらいになる」
男は黙って聞いている。
アリソンは続けた。
「今の魔法陣って中央制御なんだよね」
「全部の魔力を一箇所で処理してる」
「でもそれだと効率が悪い」
彼は指で円を描く。
「分散制御にすればいい」
「小さな制御点を複数作る」
「魔力を分担させれば負荷が減る」
男の視線が鋭くなる。
アリソンは続けた。
「通信も同じ」
「今の魔法通信は距離制限が大きい」
「でも精霊を媒介にすれば中継できる」
ターニャが笑う。
「それ、もうやってるじゃん」
「精霊通話」
アリソンも笑う。
「まあね」
男は二人を静かに見ていた。
(魔法を……解析している)
(理論として扱っている)
カリウスの中で確信が生まれる。
(間違いない、この少年だ!)
その瞬間だった。
市場の奥から声が上がる。
「聞いたか!?」
「南で魔族軍と接触したらしい!」
「戦闘になるかもしれないって!」
ざわめきが広がる。
ターニャの顔が変わる。
「……まずい」
アリソンも頷く。
「学院に戻ろう」
二人は急いで市場を離れた。
カリウスはその背中を見送る。
(軍事接触……?)
顔色が変わる。
(そんなはずはない)
(帝国軍が……?)
理解した。
(戦争が始まる)
カリウスは小さく呟く。
「……最悪だ」
彼はついに見つけた。
魔法を技術として扱う人物。
しかし同時に――
世界は戦争へと動き始めていた。




