第21話 森フクロウ
エルフの里、薄暗い保管庫。
その中央に巨大な鏡が立っていた。
「これが例の古代魔法具か」
グラムベルクはその鏡を見まわしながら呟く。
ルナシールドが答える。
「守護獣が見た景色を映す鏡です」
アリソンが鏡を覗き込んだ。
「つまり、遠くの景色を映す装置ってこと」
アリソンは鏡の縁を手でなぞりながら話し出す。
「僕たちが徹夜で考えた仕組みは3つだ」
「一つ目は、守護獣と繋がる精霊通信」
「この鏡を調べて、グラムの魔力端末で代用する」
「グラム、頼んだよ」
グラムベルクは当然とばかりに頷く。
アリソンは鏡面を軽く叩く。
「二つ目は、鏡への表示」
「これは加工技術の問題だ」
「普通の鏡を魔力端末に接続して、魔道具として再構成する」
アリソンは視線をあげる。
「最後の三つ目、これが難題だった」
「精霊通信から映像を取り出す術式」
ルナシールドが鏡面を見つめる。
「光属性でしょうか」
アリソンは頷く。
「光を出す魔法陣はいくつか見たことがある」
「でも、それぞれ色や明るさに違いがあった」
ルナシールドがアリソンを見る。
「たしかに、目に見える光景は色と明るさの組合せ…」
「でも、それを再現するなんて不可能では?」
グラムベルクが仕組みを示した紙を差し出す。
「よくわからんが、アリソンの分散制御?を応用したんだとよ」
アリソンは疲れた表情で言う。
「昨夜、一晩中試したんだ」
「かなり苦労したけど… なんとか目処はついたよ」
「いや本当、楽しかったよ…」
ルナシールドが何か気味悪いものでも見る目にかわる。
「本当にできたのですか? そんなことが…」
「あと、アリソン大丈夫ですか?」
アリソンの表情が笑顔に変わる。
「三つを組み合わせれば、守護獣の目を再現できる」
「現物で確認できた!」
ルナシールドが声を強める。
「ただし、白鹿は使えません」
アリソンは頷いた。
「だから、最も重要なのは森フクロウってことになるかな」
そのころ、森の奥深く。
ミレイアは木々の間を歩いていた。
隣にはエルフの少年。
ライリー。
弓を背負った若い狩人だった。
「森フクロウはとても用心深いんだ」
「普通の罠じゃ絶対捕まらない!」
二人は森フクロウの捕獲を任された。
森の中で、彼は手ごろな場所を見つけ周囲を調べ始めた。
風向き。
木の枝の硬さ。
地面の傾き。
細い糸を張り、枝に小さな滑車をつける。
餌を吊り、落下罠と拘束罠を組み合わせる。
複雑な仕掛けだった。
ミレイアが感心する。
「すごいのね! 達人って感じ」
ライリーは少し得意げに言う。
「エルフに伝わる伝統の狩りだ」
「爺ちゃんに教えてもらった秘密のやり方だよ」
そして空を見上げた。
枝の上。
一羽の森フクロウが止まっている。
ライリーが小声で囁く。
「静かに! 警戒してる」
「少しここから離れるよ」
二人は静かに後ずさりしながら、近くの大岩の陰に隠れた。
「おねえちゃん、気配を消して罠にかかるまで待つんだ」
「わかったわ、あの罠なら確実ね!」
そして、どれくらい時間がたっただろう。
二人は待ちくたびれウトウトし始めた。
そして不意にライリーが叫ぶ。
「しまった! 寝ちまった」
罠に向かって駆け出すライリー。
ミレイアもその後を慌てて追う。
「いったい、どうしたの!?」
仕掛けた罠のそばで立ち尽くすライリー。
「やられちゃった…」
しかけた餌が無くなっている。
罠が動いた形跡はない。
ミレイアが肩に手をかける。
「残念だったね… もう一回やってみる?」
「あいつの方が上手だよ。たぶん何回やっても…」
そのときだった。
黒い影が木の枝を揺らす。
「あ、あれは!」
さっきの森フクロウが二人の頭上を悠然と横切っていく。
「バカにしやがって!」
ライリーが空に向かって拳を振り回す。
次の瞬間。
空気がわずかに歪んだ。
隣でミレイアが両手をかざしている。
重力。
フクロウの体がふわりと落ちる。
羽ばたこうとする。
だが、羽が動かない。
ミレイアが手を伸ばして慎重に掴む。
額から一滴の汗が流れる。
「ふー、これ結構難しいね」
ライリーが固まった。
「……え?」
ミレイアが笑う。
「捕まえたよ!」
ライリーはしばらく罠を見つめていた。
そして呟いた。
「……罠いらなかったな」
その頃。
里の魔道具の保管庫。
机の上に小さな鏡が並んでいた。
グラムベルクが慎重に工具を動かしている。
「鏡面の魔力反射を調整して……」
ーーコン、コン、コン
やがて小さな鏡が完成する。
「よし、こっちはできたぞ」
ルナシールドが頷く。
「次は映像抽出ですね」
アリソンは3枚の術式布を重ねて置いた。
それぞれに、小さな光属性魔法陣がいくつも描かれている。
「光の情報を3色に分けて抽出するんだ」
「それを組み直せば、元の景色になる」
グラムベルクが笑う。
「お前ほんとに学生か?」
(っていうか、人間か?)
アリソンは肩をすくめた。
「設計してるだけ」
その時、扉が開いた。
ミレイアが戻ってくる。
腕の中には森フクロウ。
ライリーが後ろで呆然としている。
「ちょうど良い頃合いでしたわ」
ルナシールドがフクロウを抱き上げた。
そして静かに額に手を当てる。
精霊の光が淡く揺れる。
「鏡と森フクロウに小さな契約を結びます」
森フクロウの瞳が静かに光った。
数時間後、日は沈み夕暮れに差し掛かっていた。
試作装置が組み上がった。
小さな鏡
魔力端末
光属性術式
そして森フクロウ
ミレイアは興奮を抑えきれない。
「どきどきするね!」
グラムベルクは不安の表情を浮かべる。
「ちょっと待て、鏡の角度がちょっと…」
アリソンが立ち上がる。
「とにかく、やってみよう!」
ルナシールドは森フクロウを夜空へ放った。
フクロウが夜空へ飛び立つ。
鏡の前。
全員が見守る。
鏡面が揺れ、そして落ち着く。
何も映らない。
「…」
誰も声を出さず鏡を見つめ続ける。
「……」
次の瞬間。
――ふっと、光が差した。
森の景色が映る。
その場の全員が息を飲む。
遠いものが近くにあるという初めての体験。
ついにミレイアが声を上げた。
「映ってる!」
グラムベルクが笑う。
「うまくいった!」
フクロウはさらに飛ぶ。
森の上空。
鏡の中に月が見える。
窓から見える実際の月と見比べ、アリソンは胸をなでおろす。
「…同じ月だ」
やがて。
フクロウは北の岩山付近に近づいた。
不意に鏡が暗くなる。
映像が消えた。
「え…!?」
「急に映らなくなったぞ」
「…」
「岩山や砂漠は精霊が少ないのです」
「そもそもエルフの精霊魔法も効きにくい場所なので」
アリソンは消える直前の映像を思い出す。
(使う場所を選ばないといけないな…)
岩山。
乾いた地面。
精霊の気配が薄い。
だがその奥に、
細く光る水の流れが見えた。
「川や湖はどうかな…」
ルナシールドが顔を上げる。
「水は精霊を強く宿しますね」
グラムベルクは笑顔で振り返る。
「ここにいる皆で知恵を出し合えばいい!」
「精霊のことならエルフが専門だ」
「はい、お任せください!」
アリソンは頷いた。
「次は最終試験だ」
「王都まで飛ばそう!」
精霊通話はまだ完成していない。
だが。
世界を繋ぐ道は、静かに形になり始めていた。
(これは誰にでも使わせるわけにはいかない…)




