第19話 ドワーフは信用できない?
夜のリーデン村。
王国軍の野営地は静まり返っていた。
焚き火の火がゆっくりと揺れている。
その外れで、ターニャは腕を組んだ父の前に立っていた。
王国軍将校、ゲオルク・シュトラール。
「決めたのか」
低い声だった。
ターニャは頷く。
「うん」
「王都へ行くわ」
ゲオルクは娘をじっと見つめた。
少し離れた場所で、トロイが焚き火の前に座っている。
ゲオルクが言う。
「軍は魔族の情報を必要としている」
「この少年から聞くことが山ほどある」
ターニャは頷いた。
「だから一緒に行く」
「トロイを一人にできない」
トロイが顔を上げる。
「……どうして」
ターニャは肩をすくめた。
「放っておけない」
ゲオルクは苦笑した。
「相変わらずだな」
そして少し真面目な顔になる。
「王都は安全な場所ではない」
「軍も、政治もある」
ターニャは答えた。
「知ってる」
「でも」
トロイを見る。
「彼は私が連れてきたから」
沈黙。
やがてゲオルクはため息をついた。
「母さんに似たな」
小さく笑う。
「私の誇りだ」
そして言った。
「だが王都では父さんの言う通りにするんだ」
ターニャは笑った。
「了解、隊長」
ゲオルクは苦笑した。
翌朝。
出発の準備が整っていた。
アリソンが言う。
「王都か」
ターニャが頷く。
「そっちはエルフの里」
少しの沈黙。
「ねえ」
少し真剣な顔だった。
「私の血のこと」
ターニャが小さく言った。
「王国には言わないで」
アリソンは一瞬黙った。
「……鍵のことか」
ターニャは頷く。
「父さんも知らない」
「知られたら」
少し視線を落とす。
「わかった」
「秘密にする」
「約束だ」
ターニャは少しだけ笑った。
「ありがとう」
そして言った。
「じゃあ」
「通信装置、早く作ってよ」
アリソンは肩をすくめた。
「がんばるよ、またすぐに会える」
ターニャは言った。
「王都で待ってるから」
そして。
ゲオルク、ターニャ、トロイの三人は王都へ向かった。
一方。
アリソンたちは西の大森林へ入っていく。
森の奥。
先頭を歩くのはルナシールドだ。
森の道は人間には見えないほど細い。
グラムベルクが周囲を見回す。
「相変わらずすげえ森だな」
ミレイアが軽く手を上げた。
倒木がふわりと浮く。
そのまま横へ動いた。
アリソンが足を止めた。
「……あれ?」
ミレイアが振り向く。
「どうしたの?」
アリソンは言う。
「今」
「魔法陣描いた?」
ミレイアは首を振った。
「描いてないわよ」
ルナシールドが言う。
「それが精霊魔術です」
アリソンは目を細める。
「精霊魔術……」
ミレイアが言う。
「違うわよ」
「これは重力魔法」
アリソンは小さく笑った。
「たぶん」
「同じものだよ」
ミレイアが首をかしげる。
「どういう意味?」
アリソンは答えた。
「精霊に直接働きかけてる」
ルナシールドが静かに頷いた。
「その可能性はあります」
ミレイアは少し驚いた顔をした。
「母がエルフだけど……」
「関係あるの?」
アリソンは言う。
「かなり」
そして小さく呟く。
「魔法陣は通訳みたいなものかもしれないな」
しばらく進むと、森が開けた。
巨大な樹木が円形に並ぶ場所。
エルフの里だった。
ルナシールドが言う。
「長老たちに報告しましょう」
古い石の広間。
数人のエルフ長老が並んで座っていた。
ルナシールドが説明する。
「魔族の施設」
「魔砂」
「森の魔力吸収装置」
話が終わると、広間は静まり返った。
一人の長老が言う。
「事情は理解した」
その視線が動く。
グラムベルクを見る。
「だが」
「ドワーフを古代魔道具に近づけるわけにはいかぬ」
空気が張り詰めた。
グラムベルクが眉をひそめる。
「おいおい」
別の長老も言う。
「ドワーフは魔道具を分解する」
「信用できん」
グラムベルクが腕を組む。
「これは研究だ」
ルナシールドが一歩前に出た。
「長老」
静かな声だった。
「今は争っている時ではありません」
長老は黙っている。
ルナシールドは続けた。
「魔族が森の魔力を奪おうとしています」
「そして」
グラムベルクを見る。
「彼は技術者です」
「私たちにない知識を持っています」
沈黙。
やがて長老の一人が言った。
「……一度だけだ」
グラムベルクがにやりと笑った。
「それで十分だ」
その時。
長老の一人がミレイアを見た。
「その娘」
「重力魔法を使うのだな」
ミレイアが頷く。
「はい」
長老はゆっくり立ち上がった。
「血を見よう」
石の台の上に、小さな古代魔道具が置かれる。
血紋器。
透明な水晶盤の上に、精密な紋様が刻まれている。
アリソンが小さく呟く。
「ターニャのときと同じ魔道具か」
ミレイアは指先を軽く切った。
一滴の血が、水晶盤へ落ちる。
瞬間。
血紋器の紋様が淡く光り始めた。
水晶の中に、幾重もの紋様が浮かび上がる。
長老の目が細くなる。
「……強い」
ルナシールドが尋ねる。
「何が見えますか」
長老は静かに言った。
「エルフの血だ」
ミレイアが驚く。
「母の?」
長老は頷いた。
「しかも濃い」
アリソンが腕を組む。
「つまり」
「精霊魔術」
長老はゆっくりミレイアを見る。
「お前は」
「精霊の流れを直接触っている」
ミレイアは戸惑った顔をする。
「そんなつもりは……」
長老は続けた。
「お前の重力魔法」
「それは精霊が動いている」
沈黙。
長老は水晶を見つめながら言った。
「重力を強く、強く集めれば」
「空間が歪む」
アリソンが小さく呟く。
「まさか……瞬間移動?」
長老は首を傾げる。
「名は知らぬ」
「だが」
「消える者を見たことはある」
ミレイアが息を呑む。
「できるの?」
長老はゆっくり答えた。
「できた者はいる」
「だが」
少し間を置く。
「体が壊れる」
アリソンが頷く。
「重力圧縮の反動か」
長老は続けた。
「それに」
「魔力を食う」
「森の精霊が大量に必要だ」
ミレイアは黙って血紋器を見つめていた。
自分の魔法が、思っていたものと違う。
その事実を、まだうまく受け止められずにいた。
広間に沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのはグラムベルクだった。
「面白え」
彼は立ち上がる。
「だが今はこっちだ」
長老を見る。
「守護獣の目」
長老はゆっくり頷いた。
「ついて来なさい」
広間の奥。
古代魔道具の部屋。
そこには巨大な鏡が置かれていた。
守護獣の目。
その鏡面が、静かに光っていた。
アリソンは思う。
(これだ)
(これを応用すれば——)
遠くの相手と。
顔を見て話すことができる。
アリソンは鏡を見つめながら小さく呟いた。
「作ろう」
「精霊通話を」
その先にいるのは――
王都へ向かったターニャだ。
世界は、もっと繋げられる。




