第15話 ヒロインが攫われたので救出に向かう
エルフの里の朝は静かだった。
枝葉の隙間から差し込む光。
水路を流れる水の音。
ミレイアは橋の上で伸びをした。
「いい朝ね」
ふと違和感に気づく。
ターニャの部屋の扉が開いていた。
「……?」
ミレイアは近づく。
「ターニャ?」
返事はない。部屋を覗く。ベッドは乱れ、窓が開いていた。
ミレイアの顔色が変わる。
「アリソン!」
数分後。里の広場に全員が集まっていた。
ルナシールドが静かに言う。
「争った形跡はありません」
「見張りも異常に気づかなかった」
グラムベルクが腕を組む。
「つまり」
「連れ去られた」
アリソンは小屋の裏でしゃがみ込んでいた。
草を触る。足跡を観察する。
「三人」
ルナシールドが近づく。
「足跡ですか」
アリソンは頷く。
「三人で一人を運んでいる」
グラムベルクが低く言う。
「ターニャだな」
アリソンは地面の小さな粒を拾う。
指で砕く。
「……砂」
ルナシールドの目が細くなる。
「この森にはないものです」
アリソンは呟く。
「南から来た」
ミレイアが言う。
「魔族……」
アリソンは黙っていた。拳を握る。
(僕のせいだ)
昨日の夜。橋の上。ターニャの言葉。
「私が鍵だったら、付き合ってくれる?」
その言葉が胸に刺さる。
(ターニャを鍵にしたのは)
(僕だ)
その時だった。里の奥から長老が現れた。
「守護獣を呼ぶ」
全員が驚く。ルナシールドが目を見開く。
「長老……それは」
長老は静かに頷いた。
「森の危機じゃて」
長老の手には古い角笛があった。
白い骨のような材質。
表面に古代文字が刻まれている。
「守護角」
ルナシールドが呟く。
「守護獣を呼ぶ古代魔具……」
長老は森へ向かって立った。
ゆっくりと息を吸う。そして。角笛を吹いた。
低い音が森へ広がる。
風が止まる。
葉が静まる。
森が息を止めたようだった。
しばらくして―― 地面が揺れた。
ドン。
ドン。
木々の奥から白い巨体が現れる。
白鹿。
枝のような巨大な角。
蒼い瞳。
守護獣だった。
ミレイアが息を呑む。
「本当に来た……」
白鹿は長老の前で止まった。
静かに首を下げる。
長老が言う。
「森を守る子らを導いておくれ」
白鹿は振り返る。
背中を低くする。
ルナシールドが言う。
「乗りましょう」
アリソンたちは白鹿の背に乗った。
次の瞬間。
白鹿が走る。
森を駆け抜ける。
倒木を越える。
岩を飛び越える。
信じられない速さだった。
アリソンは前を見ていた。
(追いつく)
(絶対に)
数時間後。森の奥。
アリソンが叫ぶ。
「いた!」
前方。三人の魔族。
ターニャ。
グラムベルクが叫ぶ。
「追いついた!」
しかし。その瞬間。森が途切れた。
南端だった。木々が急に減る。
砂地。岩。
そして。巨大な構造物。
黒い石の塔。
周囲に並ぶ奇妙な装置。
魔法陣が淡く光っている。
魔族の男が叫ぶ。
「門を開けろ!」
巨大な扉が開いた。
三人が中へ入る。扉が閉まる。
白鹿は森の境界で止まった。
それ以上は進まない。
ルナシールドが静かに言う。
「ここから先は森ではありません」
「守護獣は出られない」
白鹿は低く鳴いた。
まるで「ここまでだ」と言うように。
アリソンは施設を見つめていた。
黒い石の塔。
地面に描かれた巨大な魔法陣。
周囲に並ぶ柱状の装置。
そして―― 森の奥から流れてくる魔力。
(吸っている)
森の魔力が。
この施設に流れ込んでいる。
ミレイアが呟く。
「嫌な感じね」
グラムベルクが言う。
「どうする?」
アリソンは即答した。
「行く」
ルナシールドが驚く。
「ここは森の外です」
「精霊の力は弱くなる」
アリソンは言う。
「ターニャがここにいる!」
それだけだった。
グラムベルクが笑う。
「決まりだな」
ミレイアも頷く。
「当然でしょ」
ルナシールドは少しだけ迷った。
だがすぐに言う。
「引き際は私が判断します」
全員が頷いた。
白鹿の背から降りる。
アリソンは術式布を取り出した。三枚。
「防壁陣」
「拘束陣」
「風陣」
グラムベルクが言う。
「正面突破か」
アリソンは頷く。
「早く」
「でも静かに」
ルナシールドが先頭に立つ。
森の影を使って進む。
砂地に足を踏み出す。
その瞬間。空気が変わった。
(魔力が薄い)
施設の近くに来る。見張りが二人。魔族の兵士。
ルナシールドが弓を引く。
矢が放たれる。
シュッ。
一人が倒れる。もう一人が振り向く。
ミレイアが手をかざす。
「重力場」
空気が歪む。兵士が地面に押しつけられた。
グラムベルクが飛び出す。
「静かにしろ」
拳が落ちる。兵士は気絶した。
扉まであと十歩。
アリソンが術式布を広げる。
「風陣」
風が巻く。巨大な扉が―― 開いた。
全員が凍りつく。
中から。十人以上の魔族兵が現れた。
「侵入者!」
魔族の叫び。戦闘が始まった。
ターニャは奥にいる。
アリソンは走る。
兵士が剣を振る。
アリソンは布を投げた。
「拘束陣」
魔法陣が広がる。兵士の足が止まる。
ミレイアが叫ぶ。
「右!」
重力場。
二人が倒れる。
ルナシールドの矢が飛ぶ。
正確。一瞬で三人倒れる。
だが。まだ多い。
グラムベルクが叫ぶ。
「次が来るぞ!」
奥の扉が開く。さらに兵士。
鎧。
槍。
数が多い。アリソンが舌打ちする。
(まずい)
ここは森ではない。魔力が薄い。術式布の効率も落ちる。
兵士が突っ込んでくる。
グラムベルクが受け止める。
「数が多すぎる!」
ミレイアが前方を指さし叫ぶ。
アリソンは奥を見る。
鉄格子の向こう。
縛られているターニャ。
目が合った。
ターニャが叫ぶ。
「アリソン!」
その瞬間。
巨大な影が現れた。
魔族の隊長。
黒い鎧。大きな角。
「面白い」
低い声。
「人間がここまで来るとは」
槍が振られる。
ルナシールドの矢が弾かれる。
ミレイアが息を呑む。
「強い……!」
アリソンは歯を食いしばる。
(届かない)
あと少しなのに。
その時。施設の奥。影の中で。
一人の少年がじっと様子を見ていた。
トロイだった。




