第11話 帝国は魔力を吸い上げていた
南の荒野。
大地は赤く乾き、風は砂を運ぶ。
その荒野の中央に石壁に囲まれた都市があった。
魔族が支配するザルカーン帝国の前線都市――
アル・ザハル砦。
砦の外には、低い草が広がる放牧地があった。
砂色の獣の群れが草を食んでいる。
長い脚。湾曲した角。
砂羊と呼ばれる草食魔獣だ。
若い魔族の少年がその群れを見ていた。
小さな角。痩せた体。
トロイ。
彼は砂羊を追いながら、ため息をついた。
「また草が減ってる……」
砂羊は帝国の重要な家畜だった。
肉。
革。
乳。
荒野で生きる魔族にとって欠かせない資源だ。
しかし草は十分に育たない。
理由は簡単だった。
水が足りない。
トロイは遠くの塔を見た。
石の塔の頂上に巨大な魔法陣が浮かんでいる。
魔力揚水塔。
地下深くの水をくみ上げ、オアシスを維持する装置だ。
だがその装置は膨大な魔力を消費する。
ゆえに帝国は常に魔力不足だった。
トロイはさらに南の空を見た。
遠くの地平線の先。
空にかすかな煙が立ち上っている。
火山地帯。
この大陸の最南端には、連なる火山群がある。
そこは――
竜の棲む地。
ザルカーン帝国はその火山を聖地としていた。
多くの竜はそこで生まれ、成長し、繁殖する。
帝国の象徴であり、皇帝の権威の源。
だからこそ――帝国はこの荒野から離れられない。
どれほど土地が痩せていようと。
背後から声が飛んだ。
「おい、トロイ!」
振り向くと、鎧を着た魔族の男が立っていた。
角は太く、腕も太い。上級兵士だ。
「牧草地の仕事は終わりだ」
「次の任務だ」
トロイは眉をひそめた。
「また森ですか?」
兵士は頷く。
「そうだ」
「魔力回収施設の点検だ」
トロイは顔をしかめた。
「森の魔力を吸うやつですよね」
兵士は笑った。
「そうだ」
「森の魔力を砂に蓄える」
「それをオアシスに運べば、水も増える」
トロイは小さく呟く。
「森を弱らせても……」
兵士は肩をすくめた。
「帝国が生きるためだ」
彼は空を指さした。
「見ろ」
トロイが見上げる。遠くの空に黒い影が見えた。
巨大な翼。空を横切る影。
兵士が言う。
「皇帝陛下の黒竜だ」
トロイの目が大きくなる。
黒竜スレイ。
ザルカーン帝国最強の魔獣。
皇帝アズラハーンだけが使役できる存在。
兵士は誇らしげに言う。
「黒竜が飛ぶ限り、帝国は負けない」
トロイは黙っていた。確かに帝国は強い。
だが末端の生活は厳しい。草は少ない。食料も足りない。
彼は小さく呟く。
「森の魔力を取れば……全部解決するんですかね」
兵士は答えなかった。やがて言う。
「とにかく準備しろ」
「森に行く」
数時間後。
帝国の部隊は森の南端に到達していた。
そこには奇妙な装置が設置されている。
石柱。
その周囲に描かれた巨大な魔法陣。
そして中央には――
砂色の巨体。
それは生き物というより、彫像に近かった。
岩と魔砂で構成された四足の構造体。
目の部分だけが淡く光っている。
魔族たちはそれをゴーレムと呼んでいた。
兵士が言った。
「魔力回収陣を起動する」
魔法陣が光る。石柱の紋様が輝き始める。
その瞬間。空気が震えた。
森の奥から魔力が流れ込む。目には見えない流れ。
精霊の通信網を通じて――魔力が吸い上げられていく。
砂のような粒子がゴーレムの体に集まり始めた。
淡く光る砂。
魔砂。
ゴーレムがゆっくりと動き出す。
砂を体内へ取り込む。
兵士が笑った。
「うまくいったな」
トロイは森を見つめた。どこかで木が揺れた。
風ではない。何か巨大なものが動いた気配。
トロイが呟く。
「……守護獣」
兵士は鼻で笑う。
「心配するな」
「回収陣は精霊通信を乱す」
「守護獣も魔力を受け取れない」
しかしその時だった。森の奥から、低い咆哮が響いた。
大地が震える。トロイは息を呑んだ。
「……怒ってる」
森の奥。巨大な白い影が立ち上がる。
枝のような角。巨大な体。
白鹿。
守護獣が目を開く。その瞳は赤く染まっていた。
森の奥で戦いが始まろうとしていた。




