第10話 魔力ネットワークが壊れていた
「なんだこの森……でかすぎる。一本の木で家が建てられそうだ」
グラムベルクが周囲を見回し、感心したように言った。
西の大森林の奥へ向かって、魔車は苔むした獣道をゆっくり進む。
ルナシールドは静かに答える。
「この森は1000年の時を経て今に至ります」
「そして、ここは既に大森林の中心です」
魔車が木立を抜けた瞬間、そこは森の中とは思えないほど広い空間だった。
「もしかして、ここが森の中心?」
ターニャは荷台から身を乗り出す。
「そうです。そしてあれが森の魔石」
「この森の魔力はすべてそこから始まります」
ルナシールドが指さすその先に、
それは立っていた。
「……大きすぎる」
巨大な結晶。
山のような青白い結晶が、空へ向かって突き刺さるように伸びている。
グラムベルクも目を丸くした。
「これはもう鉱石とは呼べねえぞ」
結晶の周囲に小さな光の粒が漂っていた。
そして魔石を中心に森全体に拡がっているようだ。
ルナシールドはそれを指差す。
「精霊です」
ターニャが目を細める。
「あれ全部が…精霊?」
「はい」
ルナシールドは頷いた。
「森の魔力はすべて、あの結晶から生まれ」
「精霊が森全体へ運びます」
グラムベルクは顎ひげをなでながら言う。
「水路みたいなもんか?」
ルナシールドが振り向く。
「似ていますね」
「水の替わりに魔力を」
「魔石を水源として、精霊が水を運ぶ水路」
ターニャは少し不安そうに言う。
「王都の水路って、よく詰まったり、壊れて流れ出したりしてるけど」
「精霊はそんなこと無いよね?」
ルナシールドは静かに答える。
「今まさに、それが起きているのかもしれません」
アリソンは巨大な魔石を見上げた。
そして呟く。
「つまりネットワーク構造だ」
グラムベルクが苦笑する。
「またお前の訳分からん言葉が出た」
アリソンは何も言わず魔車から測定器を取り出した。
「とにかく測定だ」
魔法陣が淡く光った。
測定器の針がゆっくり揺れ始める。
グラムベルクが言う。
「どうだ?」
アリソンは懐中時計と振動針を交互に見つめる。
やがて呟く。
「魔石の出力は正常に見える」
ターニャが驚いて覗き込む。
「え?」
「でも魔石が弱まってるって」
アリソンは測定器を指差した。
「問題はそこじゃない」
針は一定の位置でわずかに揺れ続ける。
そして周期的に大きく乱れる。
そしてまた元に戻る。
グラムベルクが眉をひそめた。
「魔力が時々消えてる?」
「いやそれは不自然だ」
アリソンは言葉を選ぶ。
「魔力の流れ、つまり精霊の通信が止まってる」
ルナシールドが振り向く。
「通信?」
アリソンは巨大魔石を指さす。
「魔石から魔力が流れ出す。」
指先を精霊に向ける。
「それを精霊が運ぶ」
「これが通信」
「…」
沈黙に耐え切れずターニャが言う。
「つまり?」
アリソンは測定器に手を置く。
「魔石と精霊が繋がらない状態」
「通信障害だ」
ルナシールドが低く言った。
「原因は?」
アリソンは少し考えた。
「まだ分からない」
「でも何かが干渉して森全体の循環が乱れている」
ルナシールドが言う。
「この件については長老たちも調べています」
「どうか、エルフの集落まで来ていただけますか」
グラムベルクが頷く。
「情報は多い方がいい」
ターニャも拳を握る。
「原因を突き止めないと」
アリソンも頷き、もう一度巨大な魔石を見上げる。
だがーーその時だった。
突如、森の空気が変わる。
ルナシールドの顔色が変わる。
遠くから重い足音が響く。
ズン。
ズン。
森全体が震えている。
ターニャが目を細めた。
「……何か嫌な気配」
次の瞬間。
森の一部が動いた。
それは木々の枝のように広がる巨大な角。
雪のような白い体。
「鹿……?」
ルナシールドが息を呑む。
「違います」
彼女の声が震えていた。
「あれは森の守護獣……」
白い巨体はゆっくりこちらへ近づいてくる。
その瞳は赤く染まっている。
ルナシールドが叫ぶ。
「白鹿が暴走しています!」
「逃げてください」
次の瞬間。
白鹿の咆哮でアリソンの測定器が激しく揺れた。
アリソンは呟く。
「…通信が落ちてる」
目の前に迫る巨大な白鹿。
その圧倒的な力が襲いかかる。




