第8話 文化祭1日目
朝からクラスは大賑わいだった。
廊下から覗き込んでくるお客さんの視線、ワイワイとはしゃぐ声、お菓子の甘い香り。
文化祭の熱気が、教室の中にまで押し寄せてくる。
うちのクラスの出し物は、男女混合メイド喫茶。
甘いお菓子とジュースを出すだけの、簡単なお仕事――だったはず、なのに。
「萌え萌えビィィィーム☆」
坊主頭にカチューシャを生やした男子メイドが、ノリノリでポーズを決めている。
なんか、これはこれで悔しいほどハマってるし、お客さんにもウケてる。……え、私もあのテンション出すべき?
「ちょ、目線こっちこっち! 葉月! そのまま!」
ミカがスマホを構え、私に連写を浴びせてくる。
「可愛すぎて涙出そう……はぁ~尊……」
「ミカも似合ってるよ。……でも私は、そんなノリノリじゃないからね」
そう言いながら、子どもの成長を喜ぶようなミカについついピースを決めてしまう。
恥ずかしい。でも、ちょっと楽しい。
ちょっと気分が乗ってきて、ミカとツーショを撮りだした時。
「先生来たー!」
入り口から、今日もゆるい空気をまとった三山先生が姿を現した。手にはビニール袋が何袋も。中身は……うん、完全に屋台の匂い。いや、誰? 観光で来た人?
「おひとり様っすかー!? ご案内しまーす♡」
男子メイドが猛チャージ。
「ぼっちの三山です」
先生の満面の笑みは、教室中に妙な笑いを引き起こす。
ああ、普通にクラスのノリに馴染んできたなぁ……。
「葉月! 先生のオーダー取りに行こっ!」
ミカに引っ張られるまま、私は先生の前に立った。
「いらっしゃいませ~ご主人様……」
言わされた。自分の声が死んでるのがわかる。
先生はどこか申し訳なさそうに微笑んだ後、テーブルのメニューに視線を落とす。
「えっと……コーラと、クッキー。それと……チェキは、1枚いくら?」
「いや、チェキとか、そういうのはやってなくて――」
「先生限定で! チェキ1枚、ジュース1本でーす!」
ミカの暴走。
「乗った!」
先生が立ち上がる。まさかのノリノリ。
「総員集まれー!先生が財布開けたぞー!!」
ミカの号令で、メイドたちが次々に集まり始める。男子も女子もキッチン係も、列の整理役までも。
あーあーあーあー……。
だがもう遅い。
教室中のメイドたちが、ぞろぞろとカメラの前に列をなす。
チェキ会というより、三山ファンミーティングが始まってしまった。
最初は男子。なぜかやたら距離が近い。肩を組んだり、腰に手を回したり、果ては——
「おい、ほっぺにキスすんな!!」
先生が叫ぶ。そいつはクラス一のモテ男だ。ジュース一本じゃ足りないかもよ?
ミカは堂々と腕を組んでツーショットを決めていた。
……ん?今ちょっとムカっときた? なんで私が嫉妬してんの?
そして、順番が回ってくる。
「はい次、葉月ーッ! ポーズはハートでお願いしまーす♪」
ミカの弾ける笑顔に背中を押され、私は先生の隣に立つ。
胸の奥のモヤモヤは、勢いでどこかへ吹き飛んでいった。
私は言われるがまま、先生とハートマークを手で作って。
――カシャッ。
フラッシュが光る。
視線を上げると、そこにあるのはいつもの三山先生。
担任らしい、穏やかで優しい顔。
……なんだろう。
今日は、ちょっとだけ距離が遠いような……。
* * *
文化祭初日が終わる頃、先生が大量のジュースを抱えて教室に戻ってきた。
「おつかれさん。 男子、ちょっと運ぶの手伝ってもらえる?」
手際よく配られたジュースは一人二本。さらに、小さなお菓子詰め合わせまでついてきた。
「明日もよろしくなー! 楽しめよー!」
ちょっとした打ち上げみたいなテンション。教室の空気はふんわり明るくて、みんな笑顔だった。
それぞれの予定に合わせて、片付けたり、部活に向かったり、家路についたり。
ミカは部活に顔を出すって言うから、私は一人で進路指導室へ向かう。
ノックしてドアを開けると、先生が机に突っ伏していた。顔を上げて、私を見て言う。
「……制服に着替えたのか」
「そりゃそうでしょ。メイド服のままとか、恥ずかしすぎるし。……ミカは着たまま行ったけど」
「……柊のメイド、すごく似合ってたのに」
ぼそっと、そんなことを呟く先生。
「やめてください、恥ずかしい……。それに、写真なら撮ったじゃないですか?」
私の顔を見たあと、スマホの中のメイド姿を名残惜しそうに見つめて。
「……いや、わかってる。わかってるんだけどさ……人間って、罪深いんだよ……」
先生は椅子の背にもたれて、天井を見上げる。
「この進路指導室で、メイド服の柊とお喋りできるかもって……ちょっとだけ期待してしまいました」
「……ばかじゃないですか」
そう言ったら、先生がほんとにしょんぼりした顔をした。
あぁ……この人、本気で悔しがってる。
なんだかもう、かわいそうで、可笑しくて、どうしようもなかった。
私は、気づかないふりをして、そのまま席に座った。
少しだけ間を置いて、口を開く。
「ところで先生。私とのツーショットを、待ち受けにするのはやめてください」
「……やっぱダメだよな」
明日も、文化祭だ。




