第6話 文化祭準備①
つつがなく授業は終わり、放課後のホームルームが始まった。
三山先生が、手に持った出席簿をぱらぱらとめくりながら教室を見渡す。
「今日から文化祭の準備に入るわけだけど、各スケジュールと段取りは……みんな大丈夫か?」
「おっけーです」とか「たぶん……」とか、あちこちから反応が返ってくる。
「文化祭実行委員とか、部活やってるヤツとかは運営準備だったり、部活の出し物だったりで忙しいと思うから、その辺は互いにサポートし合ってくれ。……で、前にも言ったけど、どうしようもなくなりそうなら俺をこき使ってくれ」
ほんとに大変だと思うのに、それを感じさせない笑顔。
転任してすぐ文化祭なんて地獄じゃないの? って思ってたけど……ちょっと見直した。
「あと、前任の先生が作ったざっくりしたメモはもらってるんだけど……なんか、もうちょい詳細なやつ、誰か持ってない?」
「はーい、私持ってまーす!」
ミカが元気よく手を上げた。先生は「おお、助かる」と言って前に来る。
頭を先生の胸元に預けるように用紙を見せて……てか、近くない? ミカ、そんな距離感だっけ?
いや、たぶんいつもあんな感じだ。
……なのに、なんでだろ。ちょっとだけ、落ち着かない。
「メイド喫茶やるとは聞いてたけど、男もメイドするのか。……やるな、お前ら」
先生の言葉に、クラスがドッと湧いた。
下校時間とか、明日以降の集合時間とか、諸々の説明が終わって、HRもお開きに。
私は衣装係。既製品をちょちょいとアレンジするだけだから、意外と仕事は少ない。
その分、内装とか大道具の手伝いにも駆り出されるんだけど。
「柊。内装用の木材買いに行きたいんだけど、先生に車出してもらえるか聞いてきてくんない?」
男子に頼まれて、ちょっと悩む。
いつもなら「自分で聞けば?」ってなるところだけど、今日はなんだか、面倒よりも……ちょっとだけ、楽しみの気持ちが勝ってて。
……やばい。ちょっと困る。
進路指導室。
先生は椅子に座って、ミカからもらった資料を読みながらコーヒーを飲んでいた。
なんか、絵になってるんだよなぁ。
……てか私、この人と会うたび好きになってない? 大丈夫?
この人みたいにぶっ壊れたらどうしよう。怖い。無理。
「柊。聞きたいんだけど」
私が何か言うより先に、先生が口を開いた。
「このメイド喫茶、メイドとキッチンスタッフのバランスおかしくない? メイド少なくない?」
「希望者のみで適当に決めちゃってたんで……」
「あー、そういう感じね。えっと、教室に文化祭の責任者っている?」
「ミカなら教室にいると思います」
「んじゃ、教室行くか」
「はい」
今日は口説いてこなかったな。ずっと『先生』って感じじゃない? 三山くん!
……とか思ってたら。
「一緒に教室向かうって、ドキドキするな」
やっぱコイツだめだ。
「じゃあ私、先に戻るんで。匍匐前進か何かでゆっくり来てください」
「えー……」
先生は言いながら、ちゃんと二本足で後ろをついてきた。
――許してないんですけど。
教室に戻ると、先生はミカや文化祭の進行係たちと机を囲んで、何やら楽しげに話し込んでいた。
男子メンバーも混ざっていて、メモ帳を開いていたり、スマホを見せ合ったりしている。
どうやら、買い出しや設営に必要なもののリストを詰めているらしい。
私はその様子を横目で見ながら、自分の机でメイド服の装飾作業を再開した。
既製品にレースをちょこちょこ縫い付けたり、ヘッドドレスをリボンで留めたり。
手元に集中している“フリ”をしながら、先生の声が聞こえるたびに、ついつい意識が向いてしまう。
……なんだかんだ言って、ちゃんと教師してるんだよなぁ、この人。
「じゃ、男数人。買い出し行くぞ。店の場所はわかるけど、荷物持ちは俺じゃ足りんからな」
そう言って先生が男子を引き連れて、ぞろぞろと教室を出ていく。
私はなんとなく、見送ってしまった。
その後も作業は続き、気づけば外も暗くなりかけていた。
文化祭準備、初日からわりと頑張った気がする。
そろそろ片付けるか……と思ったそのとき。
「葉月ーーー!!」
教室の奥から、ミカがすっ飛んできた。
全力ダッシュで、机の角すら華麗にかわして、勢いそのまま私の席に滑り込んでくる。
「さっき先生と相談してさ! メイドが少なすぎて、交代制にできないって話になってね!?」
「……で?」
「だからさ、葉月もメイドすることになったから!!」
……は?
「いやいや、私は衣装係で――」
「先生が言ってたよ? 『柊は衣装係だし、当日やることも少ないだろ? 思い出作りにメイド服着た方がいい』って!めっちゃウケない? あの先生、やっぱノリいいよねぇ!」
ウケない!!!!!!あいつ、やりやがったな!!!
校内放送が、下校のアナウンスを流し始める。
私は無言で教室の窓の向こうを見つめながら、静かに心に誓った。
明日、絶対に問い詰めてやるからな。……覚えてろよ三山ッ!




