第5話 文化祭前の放課後。
朝のホームルーム。
担任・三山先生のゆるい声が教室に響いた。
「えーっと、来月頭の文化祭に向けて、そろそろ準備が始まるそうだ。前任の白井先生がね? ほとんど段取り組んでくれてたから、俺は特にすることないんだよ。こき使いたい人は、遠慮なく言ってくれー」
先生の緩やかな空気が、いつのまにかクラス全体に染みていた。
数人の男子が「まじかー」「雑用頼んでいいっすか」と笑いながら応じ、先生も「いくらでも使ってくれ」となぜかムキムキポーズまでしている。
「ミヤマン、胸筋ヤバくね?」なんて声まで飛んでいる。ヤバいのか……。
しかし、ほんと、なんなんだろこの人。
文化系っぽい見た目のくせに、男子には妙にウケがいい。いやでも、真顔で文学引用してきたりもするか。
距離感がよくわからないけど――たぶん、それがいいんだろうな。
私は窓の外をぼんやり眺めながら、そんなことを考えていた。
……そういえば蝉の声聞こえなくなったなぁ。
* * *
放課後、進路指導室。
いつものように机に向かって自習していると、先生が後からやってきた。
「ああ、今日も来たのか」
「うん。ここって、文化祭の準備中はどうなるんですか?」
「空いてるぞ。誰も使わない気もするが」
「ふーん。じゃあ、普通に来ようかな。ここで勉強するの、なんか癖になっちゃって」
「そうだな。柊の姿が見られるのは、とてもいいことだ」
「……普通、そういう時って『勉強するのはいいことだ』って言わない?」
「そんな常識的な言葉は犬にでも食わせておけ」
私は、思わず小さく吹き出した。
むしろ常識って、この人に一日三食きっちり食べさせるべきものなんじゃない? 日常的に生徒を口説いてる教師とか、普通に危険人物だし。
……って思ってたけど、この人、常に退職届を鞄に忍ばせてるんだよな。
常識的なのか、変態的なのか。どっちなんだろう。
……いや、『変態的』って、何? 言ってて自分で混乱してきた。
私は考えるのを止めて、先生に問いかける。
「先生は文化祭、どうするの? 見て回ったりするの?」
「ああ、見回りかねて一周はするぞ」
「ふーん。一人で?」
先生がふと真顔になる。
「……いや。他の先生とも話したんだけど、最近は生徒と一緒にワイワイ見て回る先生も多いらしい」
「あー。たしかにいるかもね、そういうの」
「でもさ。柊と二人で回ったら、たぶんアウトじゃん?」
……二人で文化祭を回るとしたら。そんな絵面が、ふっと頭に浮かんだ。
「私に連れまわされてる感じならセーフじゃない? ほら、腕とか組んでさ?」
先生は真剣な表情のまま、一言。
「ぜひ頼む」
「……や、私、友達と回るから無理です」
しばしの静寂。
先生はゆっくり窓の外を見つめて、ぼそりと呟いた。
「……あーあ。さっさと文化祭終わらねえかな……」
「……先生の理性は終わってるのにね」
「いや本当に」
「同意すんなよ」
先生は椅子に座ったまま、ぐーっと大きく伸びをする。
「でもま、柊が可愛いから仕方ない」
こっちを向いた先生は、なぜか満足気だった。




