第15話 美少女は好きじゃない?②
三山先生に投げつけた消しゴムは、床の片隅で迷惑そうに転がっている。
私は目を閉じて、深呼吸をして――。
「……ぶっちゃけイライラしてます」
正直にそう告げた。なんかよく分からないけど、頭が熱かった。
そんな私に、三山先生は少し困ったような――でもどこか大人びた顔をしていた。
普段はアホなのに、こういう時だけ感情を隠すのが上手い。
やっぱり先生は大人で、私は子どもなんだな……と、変な納得をしてしまう。
先生は私の隣に腰を下ろすと、視線を私の手元に落とした。
「飛んできたのがシャーペンじゃなくて良かった」
小さく微笑むその顔に、胸がチクリとする。
「……すみませんでした」
ツンツンしてる場合じゃない。申し訳なさでいっぱいになりながらも、もう一度認める。
――私は子ども。先生は大人。
だからこのモヤモヤにだけは、蓋をせずに頼ってみよう……と思った。
「でも、なんでイライラするのかよく分からないんです」
ポツポツと言葉がこぼれていく。
「私、白石先輩のこと大好きです」
「うん」
「学校で一番美人だと思うし、男子に厳しいとこもカッコ良いなって」
「うん」
「その白石先輩が先生を呼び捨てにしてて」
「うん」
「先生が鼻の下伸ばしてデヘヘってしてるの見たら腹立ってきて」
「うん?」
「……何ですか」
「いや、続けて」
「それで気づいたら消しゴム投げてました」
……ほんと何やってんだろ、私。
でも話してみたら、不思議と少し落ち着いていた。
先生は腕を組み、首を傾げ――少し間を置いてから口を開く。
「柊、ひとついいか?」
「はい」
「俺の鼻の下って、今何cmくらいある?」
「……は?」
先生は、どうでもいいところに引っかかっているらしい。
「仮に伸びるとしたらだ。目の前に柊がいる今が、一番長いはずだろ?」
そう言って、鼻の下を指でなぞる。
「で、柊が居ない時は普通の長さだとする」
「はぁ」
「その長さの『差』を導き出せたら……どうなると思う?」
「いや、知りませんけど」
……これ、何の話?
「仮にその差が3ミリだとしたら、こう言えるんだよ」
先生は椅子を軽く引き、姿勢を正して私に向き直った。
「俺、柊が三ミリ好きだ」
「意味が分かりません」
先生は、その口元に軽く笑みを浮かべる。フッと軽く息を吐いてから、壁の向こうに視線を流す。
そして今年一番のドヤ顔で言い切った。
「これは『愛情の数値化』だと思わないか?」
「思いません」
腰に手を当てるな。……何の話してたんだっけ。
「あれ、何でこんな話になったんだ?」
先生まで混乱していて、だんだん全部が馬鹿らしくなってきた。
――あ、そうだ。白石先輩の話だ。
「ところで先生、もし白石先輩に告白されたら、どうします?」
「断る」
即答。その一言に、頬がなぜか緩む。
「じゃあミカに告白されたら?」
「断る」
「保健の南先生は?」
「断る」
「芸能人の山下麗華ちゃん!」
「断る」
あまりにテンポよく返ってくるのがおかしくて、つい調子にのる。
「じゃあ私」
先生は無言でニッコリ微笑むと――反対側の胸ポケットから退職届を出してきた。
「……冗談ですよ」
「心の底から、残念だ」
いつの間にか、窓の外はすっかり暮れていた。
取り留めのないやり取りを重ねているうちに、時間が過ぎていたらしい。
最後に出されたコーヒーは、なぜかいつもより熱い。
ふと先生を見ると、慎重に飲もうとしすぎて――
「先生、鼻の下……凄く伸びてます」
「……猫舌なんだよ」
先生は、コーヒーに最大の愛情値を叩き出していた。




