第12話 修学旅行②
大通りを少し歩く二人。
迷子になった私と、三山先生である。
先生は信号のある交差点で狭い道を右に入り、さらに狭い路地を左に曲がった。
私はその少し後ろを付いていく。
ピタ、と先生が止まり、振り向いた。
「……ん」
そう短く言って、手を差し出してくる。
……いやいや。これは完全にアウト。私は右手でパーンとハイタッチしておいた。某バスケ漫画の名シーン風に。
先生は弾き飛ばされた自分の手のひらをじぃっと見つめて、ぼそっと呟いた。
「手を繋ぐのは、流石に違法だったか」
この人の線引き、どうなってるんだろう。
「見られてなかったらセーフ、なんですか?」
私がそう聞くと、先生はちょっと考えてから、
「基本的には見られてなくてもアウトなんだけど……柊が迷子のときに限り、許されるかなって」
「……私、もう高校生なんですけど」
先生はうーんと悩んだ後、爽やかな笑顔で言った。
「……心細くなったら、腕にしがみついてもいいからな?」
とても素敵な笑顔なのに、言ってることは最低だった。
狭い路地には、小さなお店が所狭しと並んでいる。カフェ、アクセサリー屋、革細工の店……。
「なにここ。めっちゃ異国感あるし、可愛いかも」
結構パンフレットもネットも見たけど、こんな場所知らなかった。
「基本的に宣伝してないからな。そこのアクセサリー屋なんか、通販では有名だぞ」
「えっ、実店舗とかあったの!? モデルがつけててネットで即売するやつじゃん!」
「ちょっと見るか?」
「……見たいです」
私は迷子、私は迷子……と心の中で呪文を唱えながら、先生と一緒に店の扉をくぐった。
* * *
その後もいろんな店を冷やかして――今は雰囲気のいいカフェで、先生と向かい合ってコーヒーを飲んでいる。
……ごめんなさい。正直、楽しかったです。くそう……。
「楽しそうな柊が見れて良かった」
「素直に楽しかったです。皆にも教えてあげたい……」
「なら、明日の自由時間にも来ればいい。ギリギリ範囲内だからな」
うーん。それもアリかもしれない。
「というか先生って、なんでこんな所知ってるんですか?」
……昔の彼女とデートとかで来たのかな。そんな邪推が頭をよぎる。
「ああ、この辺は俺の地元だから」
「そうなんですか!? えー、なんかもっと寒い所かと思ってました」
「なんで寒い所なんだよ」
「うーん……文学青年っぽいから?」
取りとめのない会話なのに、なんとなく雰囲気がおかしい。
向かい合って座って、ひと盛り上がりしたタイミングで、同じようにコーヒーを飲む。
……これ、やってることだけ見たら、かなりデートっぽくなってない?
マズい、これはマズい。
私はリセットするように、苦いコーヒーを口に含んだ。
カフェインと糖分で血糖値は確実に上がるし、体重的には完全にアウト。
でもこの一杯が、甘い空気をぜんぶ打ち消してくれる。
……いや待て。甘い空気だって?
そんな馬鹿な。
甘い空気なんて存在しない。これはただの迷子保護。私は保護生徒……そういうことにしておく。
「さて、そろそろ行くか」
先生が立ち上がった。
同じものしか飲んでないから割り勘でいいのかな、なんて考えていたら――
「割り勘したら、すごくそれっぽいよな?」
と不敵に笑う。
デートじゃないし! 迷子だし!!
ムッとしている間に先生は会計を済ませ、私たちは再び路地を歩き出した。
大通りが見えてくる。
「あの、ご馳走様でした」
「うん。生徒なんだから、奢られていいと思う」
やっぱり、色々見透かされてた。
「あと、これ」
そう言って先生は小さな箱を差し出した。
「……何ですか、これ」
「お土産」
一緒に歩いてお土産――これはプレゼントでは?
そう思ったけど、口には出さず、鞄の奥にしまい込んだ。
やがて大通りに出た先生は颯爽と手を上げ、タクシーを止める。
「思ったより遅くなったからな」
そう言って、後部座席で私の隣に腰を下ろすと、先生はまた笑った。
* * *
夜、寝る前。
ジュースを買いにロビーの売店へ行くと、先生が引率の先生にこっぴどく怒られていた。
ミカが横にやってきて、小声で聞いてくる。
「ねえ葉月。先生と何してたの?」
「先生が道に迷ってウロウロしてた」
遠くで怒られながら、先生も「俺が道に迷ってウロウロしてました」と言っていた。
……シンクロすんな。




