第10話 文化祭3日目
私はグラウンドの端に、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた屋台の通りを歩いていた。
……後ろにティラノサウルスを引き連れて。
ミカの部活がやってる屋台はどこかな? バレー部だから、ここかな?
のぞき込むと、先輩に声をかけられた。
「わっ、葉月ちゃん!? メイド服だー! 写真で見てたけど、実物もっと可愛いー!」
「ありがとうございますー! 先輩の格好も超可愛いですよ!!」
先輩はピンク色の、よく分からない格好をしていた。
「えへへー、ありがと。キノコモチーフのオリジナル衣装なんだ♪」
得意げにフリフリして見せてくれるけど……私にはナマコにしか見えなかった。まぁ、先輩が笑顔ならそれで良い。
「ところで、ミカ来てませんか?」
「え? 後ろの恐竜ちゃんじゃないの? さっきそれ着て出ていったけど……」
先輩が指差した三山ザウルスは、頭をブンブン振って否定する。
「途中で入れ替わったみたいで。行方不明なんです」
「携帯は?」
「繋がらなくて。ミカだし……」
「あー、ミカちゃんスマホ見てないと気づかないもんねぇ」
二人でやれやれと笑う。
先輩は焼きシイタケを紙コップに詰めて手渡してくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言って屋台を後にする。
背後から「これはビールが欲しくなる」と三山ザウルスの声が小さく聞こえた。
私は着ぐるみのファンの前にシイタケを近づけてやる。
ティラノサウルスは短く痙攣していた。……気持ち悪ッ。
クラスに戻ると、わりとすんなりミカに会えた。
「葉月ー!! もーどこ行ってたの!? めっちゃ探したんだけど!?」
ミニスカチャイナ姿でプンプンしている。なんでチャイナ着てるんだろ?別にいいけど。
「じゃあスマホに連絡してよ。てか電話に出ろ」
不在着信とメッセージの件数にミカは引きつる。
「……ごめん」
「うん。こっちこそごめんね」
お互いの非を認め、即終了。文化祭はまだ終わっていないのだ。
「三山先生もありがと!」
三山ザウルスはピクピクと悶えながら頷いた。
「え? 動きやばくない?」
「今、中で焼きシイタケ食べてるんだけど。ビール欲しくて仕方ないんだって」
「……えッ!?先生!! 着ぐるみの中で食べないで!!」
チャックを開けると香ばしい匂いがあたりに漂った。
そこへ田中が寄ってくる。
「めっちゃいい匂い。どこで買えるんだ?」
「女子バレー部の屋台」
「サンキュー。あとで行くわ」
そう言って去り際、田中はボソッと私に呟いた。
「なあ柊。ミニスカチャイナって、エロいよな……」
ミカのスカートの裾が危うくめくれそうになっている。
私は田中の頭をメイドカチューシャが飛ぶ勢いでシバいてから、慌てて止めに入った。
* * *
後夜祭。
私は談笑をそこそこに、進路指導室を訪ねた。
扉を開けると、三山先生がシイタケを頬張りながら、手にビール。
――こいつ。
「先生なのに、悪いことしてますね」
「いや、ノンアルコールだからセーフだ」
ドヤ顔で言い放つ先生。
「他の先生呼んできましょうか?」
「いや、それはアウトだ」
やっぱアウトじゃん。目が泳いでて笑える。
私は椅子に腰を下ろし、先生の普段見ないTシャツ短パン姿を眺める。
「ラフな服装だから新鮮ですね」
「……柊が短パン好きなら、俺は明日から短パンで過ごすぞ」
「冬でも?」
「冬でも」
真顔で頷く。……バカだ。
「ちなみに私、男の短パンって好きじゃないです」
「今すぐ着替えるから、後ろ向いてて」
「いや、どうでもいいですけど」
私は窓際へ移動する。
下のグラウンドではキャンプファイヤーを囲んでダンスが始まっていた。
先生も隣に立ち、無言で眺める。
夜の火と、遠くに聞こえる喧騒が私達の距離を近づける。
……いやいや、恋人じゃないんだから。これが俗に言う夜景効果ってやつだろうか。
私は踵を反して、部屋を出ようとした……はずだった。
「柊、好きだ。付き合って欲しい」
後夜祭の光に照らされた先生の手には――退職届。成功率が高そうなタイミングで告白してくんなッ!
「……告白は、初対面以来ですね?」
「好意は、いつも伝えているけどな」
「聞かなかったことにしまーす」
私は一歩離れる。
先生は満足げに退職届をしまい、再びシイタケを頬張った。
「そういえば柊。後夜祭で告白したカップルは未来永劫結ばれるらしい」
「『成立したカップル』でしょ。都合よく変えすぎ」
「うーん、それだと幸せになれる確率が減って、寂しいじゃん。夢と希望は溢れていた方が良い」
……というか、今日はもう一日中シイタケの香りに包まれていて、胸いっぱいだ。
部屋に漂うそれは、先生の好意みたいに濃くて、息苦しいくらい。
「それより先生、この部屋……すごくシイタケ臭いです」
「……すまん」
私は窓を大きく開け放った。
夜風と一緒に、シイタケの香りも、先生の『溢れすぎた気持ち』も、まとめて換気されていく。
……せっかくのいい雰囲気まで、全部いっしょに空へ溶けていった。




