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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

記憶戦記

作者: 外野透哉
掲載日:2025/12/07

 常磐(ときわ)戦斗(せんと)、高校二年生。

 昼休みの時間、幼馴染である寺嶋(てらじま)黎一(れいいち)と歴史について話している。


「織田信長ってさ、色々言われてるけど、本当は良い人らしいよなぁ」


「まあな、一回会ってみたいよな。無理だけど」



 そして放課後。

 戦斗はいつも通り帰っている。

戦斗は、平凡な日々に退屈していた。


――なんか面白いこと起きないかなぁ


 すると、雲の隙間から強烈な光が差し込み、あまりの眩しさに目を瞑ってしまう。


――ッ……!!



 ゆっくり目を開けると……


――は……?いやいや……いくら何でも……面白いこと起きすぎだろーー!!


 そう……そこは、何度も教科書や本で読んだ、戦国時代になっていた。

 世界の悪戯なのか、タイムスリップしたんだろう。

 だが……


――すっごい見られてる……


 当然、戦斗の制服姿は、当時の人からしたらだいぶ変な格好に決まってる。

 とりあえず通行人に、今何年か尋ねてみることにする。


「あ、すみません。おかしなこと聞きますが、今何年ですか?」


「天正10年4月2日だよ」


――つまり、1582年4月21日……本能寺の変の2ヶ月前……!


 なぜこんなことになったのか分からず、困惑している。

 とりあえず、何すれば良いのか分からないからブラブラ歩いてみることにする。



――いやぁ困った……でも、戦国時代ってことは、織田信長に会えるかも!


 そんなことを思っていたら、後ろから馬の足音のようなものが聞こえて振り返ると、本当に馬だった。

 衝突ギリギリで避けた。


――あっぶね!


「すみません!」


 そう言って顔を上げると……


「貴様……」


 織田信長だった。


――マジかよ、さっきから思ったことが本当に起こってる……てか、織田信長と衝突事故……!やばい、斬られる!?


「すまなかった。怪我はないか?」


 一人の男が馬から降りて、手を差し伸べてくれた。

その男は――


――(もり)成利(なりとし)!?


 森成利とは、織田信長の側近中の側近。

正義感が強くまっすぐで、優しく物静かな性格だと言われている。そして、信長に対して非常に強い忠誠心を持ち、本能寺の変にて、信長を守るために明智軍の武将・安田(やすだ)国継(くにつぐ)に討たれて戦死した。


「あ、はい、すみません」


「それでは行きましょう」


 森成利はそう言うと、再び馬に乗り、織田信長と共に目的地へ向かおうとしている。


 しかし――未来のことを知っている戦斗は、一瞬だけ言うか悩んだ結果、決断する。


「俺を家臣にしてください!」


 その言葉に、信長と成利は振り向く。


「なぜだ?」


 成利がそう言うと、本能寺の変のことを言うとまずいと思った戦斗は言った。


「実は信長さんのファンで……」


「ファン……?ファンとはなんだ?」


 織田信長はそう言った。

 この時代に、ファンという言葉は浸透していない。


「あ、えっと、信長さんに憧れていて……お邪魔じゃなければ近くで戦いを見たいなと思いまして……」


 信長と成利は顔を見合わせ、信長が頷き、成利が答える。


「わかった、いいだろう。ついてこい」


 そして、成利の馬の後ろに乗せてもらった。


「しっかり掴まっておけ」


――俺今、成利と馬に乗ってる…….!?


「ところで気になっておったんだが……その着物は?」


 成利がそう言うと、戦斗は言った。


「変……ですよね……ははは……」


「そうか?別に良いと思うが」


 まさかの、信長からの肯定。


――え……?マジ?



 そして信長の拠点へ着いた。


――ほ、本物だ……


「入れ」


 信長にそう言われ中に入ると、ある男が出迎えてくれた。


「誰だ?その者は」


 その男とは……


――豊臣(とよとみ)秀吉(ひでよし)!?


 豊臣秀吉のことは知らない人はいないだろう。

 かつて、天下統一目前で命を失った織田信長の後継として、天下統一を果たした人物。

 性格は機転が利き、人心掌握に長けている。


「常磐戦斗です!よろしくお願いします!」


「そうか」


 すると、信長が成利に着物を持ってくるように言う。


「成利、戦斗に着物を」


「承知いたしました」


 そして成利が、戦斗に着物を持ってくる。


「これを着てみてくれ」


「わ、わかりました」



 そして着替え終わる。


「どう……ですか?」


「うむ。悪くない。よく似合うておる。なあ成利」


「えぇ、そう思います」


――信長さん、結構なんでも褒めてくれるな……


 すると、織田信長は優秀な家臣を紹介すると言った。


「入りたまえ」


 そこに入ってきた男は、黒い布を口に巻いていた。


――誰だ?


「こいつの名は明智(あけち)光秀(みつひで)


――ッ……!!ウソだろ!?


「まあ、口数は少ないんだが、紹介しておく」


 明智光秀の狙いを知っているため、少し怯えながら戦斗は言う。


「よ、よろしくお願いします……」


――でもなんか、雰囲気は初めましてじゃないような……



 そして一ヶ月が経った。


――まずいまずい、あと一ヶ月であの大事件が起こってしまう……!歴史は変えないほうがいいのか……?でも……一ヶ月過ごすと、信長さんは歴史で言われてる以上にいい人だったから、見殺しにしたくない……

そもそも、明智光秀の動機は謎が多い。織田信長にパワハラなどを受けていたことによる怨恨説や、ただの野望説。動機がわからないと防ぎようがない……


 戦斗は、廊下を往復しながらどうするか考えている。

 そしてそこに森成利が通りかかる。


「どうしたんだ?同じとこうろうろして」

 

「あっ!いや、えっと、なんでもないです!!」


――ビビったぁ……


 少し冷静になって考える。


――でも正直、今は研究によって怨恨説は否定されてきてる。なら野望説か?いやでも、怨恨説の可能性も捨てきれない……


 そこで成利にフワッと尋ねてみることにした。


「あの、成利さん」


「ん?なんだ?」


「一ヶ月過ごしてきたのでなんとなく分かってはきたのですが、信長さんの性格ってどんな……」


「まあ気分屋かな……?でもどうした?」


「あ、いや大丈夫です!聞いてみただけです!なんちって」



――気分屋ねぇ……


 そして他の家臣にも聞いてみることにした。


「信長さんってどんな性格ですか?」


「気分屋だな」


 また別の家臣にも聞いてみる。


「信長さんの性格って……」


「気分屋かもな」


「ああ気分屋、気分屋……」


 そして今度は豊臣秀吉に聞いてみることにした。


「信長さんの性格は……」


「気分屋」


「ですよね!わかってます!はい……」


 誰に聞いても気分屋という答えが返ってくる。


「どうした戦斗、なんかあったのか?」


 流石に不思議に思った秀吉が尋ねる。


「いや、単に気になっただけというか……」


「そうか、それならよいのだが……」



 そして―― 天正10年5月29日(1582年6月18日)

 織田信長は軍事略強化のため、皆に提案する。


「そろそろ軍事力の強化をしたい」


 その言葉で、戦斗は察する。


――マズイマズイマズイ……!


「そのため――()()()へ行く」


――ついに来ちまったこの日が……!最悪だ……



 そして、ついに本能寺に着いてしまう。

 豊臣秀吉は中国攻めへ向かい、明智光秀はその援軍として向かった……


――着いてしまった……



 そして運命の天正10年6月2日(1582年6月21日)


――明智光秀は、豊臣秀吉の援軍に向かったと見せかけて、引き返して本能寺へ向かった。俺一人でどうにかできるわけじゃない……けど、説得くらいなら……命懸けだけど……


 戦斗は、信長に外出許可を貰う。


「信長さん、少し外に出てもよろしいでしょうか?」


「構わんが、どうした?」


「外の空気を吸いたくて……」


「分かった」



 戦斗は乗馬が苦手なため、本能寺を出て、史実で明智光秀が来た方向へ走って向かう。

 手には弓を、背中には矢を入れた矢筒(やづつ)を背負っており、そして腰には刀を携帯している。


 ちなみにだが『敵は本能寺にあり』という言葉は、実際に明智光秀は言っていない。



 そして道中――石垣の上から突如、明智光秀が刀を振り下ろしながら攻撃を仕掛けてきた。

 砂埃が舞う。


――ッ……!!


 ギリギリで避けた。そして――


「一応、()()()()()……久しぶり……だなぁ」


――喋った……!でもこの声……ウソだろ!?


 明智光秀は、口に巻いていた黒い布に指をかけ、布を下ろした。


「黎一!!」


 明智光秀の正体は――ほかでもない、寺嶋黎一だった。そして黎一は、


「よぉ、久しぶりだな。戦斗」


「なんでお前が……お前も、タイムスリップしてたのか?」


 戦斗がそう聞くと、黎一が言う。


「お前さ、本当にたまたま、なんの関係もなくこの時代にタイムスリップしてきたと思ってんのか?」


「どういうことだ……?」


 そこで、黎一が戦斗に問う。


「お前、名は」


 何を言っているのかよくわからないが、一応答える。


「常磐戦斗……」


「違うだろう」


「……は?」


 本当に何を言っているのかわからない。

 そして、黎一の口から衝撃の事実が述べられる。


「"前世"だよ」


「前世……?」


「お前はこの時代に全くもって無関係じゃない。俺たちはこの時代に存在していた。つまり――ただタイムスリップしたんじゃない。()()()()()()んだ。俺は現代に、前世の記憶を持って産まれてきたから、出会う前から知ってたよ……お前のことは。そして二ヶ月前、この時代にタイムスリップしてきた。懐かしい空気だったよ。まあ、なんでタイムスリップしたのかまだはわからないが」


 あまりにも衝撃的過ぎて、戦斗は頭がついていかない。


「本当お前……何言ってんだよ……」


「そしてお前の名前は――阿部(あべ)俊昌(としまさ)


――阿部……俊昌……!?


「もちろんどの教科書にも資料にも載ってない。完全無名だからな。そしてそれは俺も同じ」


 戦斗の頭の中はさらに混乱する。


「待てよ……仮にその話が本当だとして、お前の前世……明智光秀じゃないのか?」


「あぁそうか、そういうことになってたな」


 そして黎一の口から、歴史の謎が一つ明かされる。


「俺の名前は――朝霧(あさぎり)永信(えいしん)


――ッ……!?


「なあ、なんで明智光秀が本能寺に攻め込めたと思う?」


 黎一のその問いに、戦斗は答える。


「謎な部分はあるけど……一説には、警備が手薄だったからとか……」


「違う。実際お前も見たろ?そう言われてる割に、結構厳重だっただろ」


「それはそうだけど……」


「本当は、今この状況のせいなんだよ」


「さっきからお前は何が言いたいんだ」


「俺は――()()()だよ」


 黎一のその言葉に、戦斗は唖然とする。


「教科書にも載ってる明智光秀の絵、あるだろ?実際はあんな顔じゃなくて、俺と瓜二つなんだ。そこで、信長を討つための準備をするために、明智光秀の替え玉として、俺はしばらく織田家にいた。そして、あの時もこうしてお前に足止めをくらった。だがそれこそが俺の役目。替え玉として俺がこっちのルートで本能寺へ向かって、本物の明智光秀は別のルートで本能寺に向かい、織田家を分散させた。そして――ここで()()()()()()()()()。まあそのあと不意打ちで俺は別のやつに殺されたがな」


 ついに――隠された真実が語られた。


「これが――教科書にも載ってない……"揉み消された歴史の真実"だ!」



 そのことを聞いた戦斗は振り返り、本能寺へ向かおうとする。


――信長さんが危ない……!!


 しかし――黎一が一瞬で距離を詰め、背後から刀で頭を突き刺そうとしてきた。

 なんとか避けが、頬に傷がついてしまう。


「ッ……!ぶね!」


「逃げるなよ、戦斗。歴史は変えさせねぇよ?」


 その目には、殺気がこもっていた。

 そして――黎一は言った。


「ちなみにさ、ここで死んだらどうなるんだろうな?現代に戻るのかな、それとも本当に死んだままかな?結局二人とも死ぬんだし、どっちでもいいけど。どうした?早くこいよ」


 そう言って、黎一は戦斗に斬りかかる。

これもギリギリでかわし、木の影に隠れた。

 戦斗は葛藤したが、胸の奥が張り裂けそうな想いで戦うことを決意する。

 言葉にならない胸の痛み……もう叫ぶしかなかった。


「――あああああッ!!」


 張り裂けそうな想いを跳ね除けるように、戦斗は木の影から顔を出し、矢筒から矢を取り出して弓を引き、狙いを定めて矢を放つ。


 しかし――刀で簡単に弾かれてしまった。

 戦斗は諦めず二発、三発、四発、五発と矢を放つが、黎一は刀で円を描くように矢を全て弾きながら、戦斗の元へ走り、距離を詰めた。

 そして――六発目を放った時には、黎一の範囲内に入っており、六発目は飛んでかわしながら、その勢いで戦斗に上から刀を振り下ろす。

 木の枝が綺麗に切れた。


 髪も少し切れたが、ギリギリで避けた。


「どうした?この距離じゃもう弓は無理だろ。刀を抜けよ」


 戦斗は弓を捨て、矢筒も下ろし、刀を抜いた。

そしてその矢筒を思いっきり黎一に投げた。

 黎一は投げられた矢筒を真っ二つに切る。


――目眩しか……


 戦斗はその隙に黎一の懐に潜り込み、刀を黎一の腹部に突き刺そうとした。

 しかし――


「甘い……」


――は!?


 刀で防がれてしまった。

 そしてそのままいなされ、肩を斬られてしまう。


「ッ……!あ"あああ!!はぁ……はぁ……クソ……」


「前世のお前の方がまだ強かったぞ?まあそりゃそうか。所詮、今のお前は刀はど素人」


 そう言って黎一は刀を振り下ろし、戦斗の頭を斬ろうとするが、戦斗は刀で防いだ。


「へぇ……」


 黎一はさらに力を入れ、戦斗の額に刀が当たりそうになる。しかし、なんとか捌き、それと同時に黎一に斬りかかるが、刀で弾かれてしまう。


「意外と刀の扱い慣れてきたみたいだな。体は覚えてるってやつか?」


「何がなんでも通させてもらう」


 そう言って、戦斗は黎一に何度も斬りかかるが、全て弾かれる。

 しかし――


――ッ……


 黎一の前髪の先端が少し切れる。

そう……ついに戦斗の攻撃が黎一に届いたのだ。


「やるなぁ……ならこっちも……」


 すると黎一は、体を横にゆらゆらと揺らす。


――何やってんだ……?あいつ……


 そして一瞬で距離を詰め、刀の刃を上に向け、振り上げる。


――ッ……!!


 戦斗はなんとかかわすが、それはフェイク。

元々、ギリギリ当たらない距離感で振り上げた。

そして、瞬時に刃を下に向け、思いっきり振り下ろす。

 戦斗は体を斬られてしまった。


「――ッあああ!!」


 そのまま倒れてしまった。


「さてと……俺は本能寺に向かいながら、どっかからの不意打ちを待つとするか」


 黎一はその場を去ろうとする。


「――てよ……」


「は?」


「待てよ……」


 戦斗は立ち上がった。


「まだ終わってねぇよ……」


「しつこい」


 戦斗は、ボロボロの体で走り、黎一を刺そうとする。

 しかし――


「…………」


 当然、ボロボロの体では、隙がありすぎる。

戦斗の刀は黎一の脇腹に刺さったが、黎一は戦斗の腹部に刀を突き刺した。

 黎一が避けられたにも関わらず、わざわざ脇腹を譲ったのは、あの傷ではどうせ戦斗はもう死ぬから関係ないと確信したからだろう。


 黎一が戦斗に刺した刀を抜くと、戦斗は口から血を流して倒れた。



 そして、黎一はその場を去ろうとして振り返る。

 しかし――黎一の背後に、ゆらっと戦斗は立ち上がった。


――こいつ……ゾンビかよ。前世ではこんなにしぶとくなかったぞ


「行かせねぇ……」


 戦斗は片手で刀を回し、体勢を低くし、刀身の側面を親指と人差し指の間に乗せ、刃の部分を外側にして、顔の横で構えた。

 その動作が、黎一の中で織田信長と重なった。


――ッ……!この構えは……!


 織田信長は、槍の使い方に革新をもたらしたとして知られている。

 そして戦斗は、槍の突きを刀で再現しようとしている。

 黎一も刀を構える。


「黎一ィーーッ!!!」


「戦斗ォーーッ!!!」


 お互いが同時に飛び出す。

戦斗は突き、黎一は斬り上げ、刃が擦れ合う火花の中、二つの影がすれ違った。

 一瞬の静寂――その直後、戦斗の口から赤がこぼれ、戦斗の腹を鈍い痛みが走り、傷口から赤い血が短くはねた。

 視界が揺れ、膝が地に落ちる。


――負けた……


 そう思った次の瞬間だった。

 背後で“ブシュッ"と、生温い音が弾けた。

 振り返るより早く、黎一の胸元から血が吹き上がり、口からは血を吹き出し、糸が切れたように崩れ落ちる。


 すれ違いざまに放った戦斗の突きは、確かに相手の深部まで届いていたのだ。


 戦斗は荒い呼吸を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。


 黎一は、自分が知らない未来に混乱している。


――俺が……負けた……だと……?


「俺は信長さんのとこに行く」


 そして戦斗は、その場を去ろうとする。

 完全にさっきまでと立場が逆転してしまった。


「戦斗!!」


 黎一のその叫びに、戦斗は振り返る。


「まだだ……お前を殺して……俺は死ななきゃいけないんだ……!!」


 そう言う黎一に、戦斗は憐れな目で言う。


「黎一……もうやめよう……」


「黙れ……殺さなきゃ……お前を……」


――終わりにしたいのに、終わらせてくれないのはお前なんだよ……戦斗


「戦斗ォー!!」


 その叫びは、痛みとも怒りともつかない。

むしろ、ただの執念そのものだった。

 黎一は足をもつれさせながらも、刀を構えて一直線に戦斗へと駆けてくる。


 斬り上げの軌道。

 だが戦斗は動かなかった。

 ただ、その場で静かに刀を構える。


 次の瞬間――

 もう一度二つの影が重なり、銀の一閃が交差した。

 しばらく、風が止まったような静寂が流れた。


 先に動いたのは、黎一だった。

 握っていた刀が、指の間からすり抜けて落ちる。

 乾いた金属音が地面に響いた直後、胸元から赤い血が静かに吹き出す。


 黎一はそのまま前に傾き、ふっと力が抜け、地へ沈んだ。

 だが――胴が地面につくことはなかった。

 寸前で戦斗が支えたのだ。


「なん……で……」


 黎一のその問いに対して、戦斗は答える。


「"親友だから"……じゃあ……答えになってないか?」


 戦斗のその言葉に、黎一は少し笑みを浮かべて言う。


「負けだ……なにもかも……」


 戦斗は、黎一を石垣に寄りかかるかたちで座らせる。


「俺だって……本当は、こんな役目……嫌だったんだよ」


 黎一は戦斗に託す。


「生きて……戻れよ……現代に……」


「ああ、もちろんだ」


「ありがとう……」


 黎一は笑顔でそう言い残し、戦斗に看取られ、息を引き取った。


――行くか……


 戦斗はボロボロの体で、痛みを我慢し、震える足で踏ん張って本能寺へ向かう。



 すると――


――燃えてる……!間に合わなかった……!


 既に本能寺が炎上していた。

 急いで向かうが、森成利が倒れていた。

安田国継に討たれた後だった。


「成利さん!!」


「戦斗……俺のことはいい……殿を……」


「任せてください……」



 そして本能寺の中に入る。

 炎や燃え崩れる柱を掻き分け、織田信長の元へと辿り着く。


「おぉ、来たか」


「信長さん……」


 そして信長は、このことを知っていたかのように話す。


「違うぞ?」


「え……?違うって……何がですか?」


「すまんな、戦斗。この前、お前の荷物の中から書物がはみ出しておってな。読んでしまった。わしはここで死ぬのだろう?最初は信じられんかったが、今この状況になって確信した。戦斗、お前は(のち)()から来たのではないか?」


「そ、それは……」


「やはりか……そしてわしは、光秀に追い詰められ、首を渡さないために自ら本能寺に火を放ち、自害したと……。だが、そのことがわかっていて、対策はできたにも関わらず同じ道を辿ったのは……戦斗、お前の生きた世界を変えないためだ。"是非に及ばず"だ」


 信長は、既にこのことを知っていたのだ。

 だが、未来に希望があることも知った。


「あの書物の通りなら……まだこの国も、捨てたものじゃないのう!」


 信長は笑顔でそう言った。


「わしが死んでも……秀吉がわしの代わりに天下を取り、その後に家康も天下を取る。まだこの国にも、希望があると知れた。ありがとうな、戦斗」


 信長の目は希望を見ていた。


「わしの見立てだが、そろそろ迎えが来る頃だと思う。お前のことは……後世に語り継がせよう」


「信長さん……」


 信長は、笑顔で言った。


「そんな顔をするな。お前は私の……()()()なんだろう?」


 戦斗は、涙をこぼす。


「信長……さん……」


 すると、二ヶ月前に見た光が戦斗に差し込む。


――これは……あの時の……!


「さぁ行け、達者でな」


 信長は、最後まで笑顔だった。


「信長さん……!!」


 そして光が強くなり、戦斗は目を瞑ってしまった。



 目をゆっくり開けると……自分の部屋のベッドで寝ていた。


――戻った……のか……


 戦斗は体を起こし、時計を見る。


――7時……学校に行く準備しなきゃ……


 まだ心が晴れないまま、いつも通り登校の準備をする。



 そして、大きく変わったことは二つ。


 一つは――この世界には"寺嶋黎一がいない"こと。


 そしてもう一つは――教科書や歴史の資料に"阿部俊昌と朝霧永信の名前が載っている"こと。



 戦斗は学校に着いて教科書を読む。

 その後、ふと手の甲を見る。

そこに残っているはずの傷は、もうどこにもなかった。

 けど――痛みだけは、まだ胸の奥に残っていた。

 そして戦斗は、少し微笑んだ。

その微笑みの意味は、戦斗だけにしかわからない。


 ただし言えることは――戦斗は、黎一との約束通り"生きて戻った"ということ。

 そして――戦斗の"記憶"にはしっかりと、裏表ない正しい歴史が刻まれているということ。


 この世界に黎一は存在しない。

しかし――戦斗の"記憶"には確かに、黎一は存在していた。

 たとえみんなが忘れても、戦斗だけは覚えている。

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