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山に囲まれた田舎で手に入れたのは溺愛夫と素敵な家族でした  作者: 竹中八重


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7/7

エピローグ. 次期公爵の企みと侍女の献身

◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・で視点変わります。

 王都、イザート公爵邸。


「お嬢様、良くないことがございましたか」


 自室に戻ってきた私が扉が閉じるなり重いため息をついたからでしょう。侍女のニコが心配そうに声をかけてきた。

 ふるふると頭を振り、お茶を頼む。優秀な侍女は迅速に動き出してくれた。その姿を視界に収めながらソファに腰を下ろす。


「こんなにあからさまに気落ちしてはお母様に叱られてしまうわ」

「どうでしょうか。奥様は理由なく叱責される方ではないかと」

「お兄様のところに行く日が遅くなってしまうのですって。正当な理由?」

「そう思います。お嬢様がどれほどその日を楽しみにしていらっしゃったかご存じのはずです」


 言いながら思案顔になったニコに先を促す。過ぎるおしゃべりは褒められたものではないけれど今は完全なるプライベートだもの。私が是と言えば多少の融通も利く。何より意見が欲しいの。


「それは奥様、旦那様にも言えることです。お二方も気落ちされていらっしゃるのでは?」

「その通りよ。今は二人に近づかない方がいいわ。ジメジメ虫がわいてるから」

「ジメジメ虫ですか。言い得て妙ですね」


 用意されたお茶を喉に流し込み心の内で同意した。

 そうでしょう? お兄様から聞いた単語だけれどやはりお義姉様に教わったらしいわ。さすがティーお義姉様。言葉のセンスが秀逸。

 あとさすがニコ。お茶選びが的確だわ。落ち込みそうな気分をふんわりと包んでくれるさわやかで温かい味がするお茶を選んでくれてる。

 ありがとうって伝えたら私のことならお任せくださいですって。

 私の周りには素晴らしい女性がいっぱい。お手本にしないと。


 私はルナマリア・イザート。

 イザート公爵家の長女であり後継。

 10歳離れた兄がいるのだけれど私が跡継ぎであることは生まれる前に決定していた。思うことがないと言えば嘘になるけど生まれながらのことだから自分が不運であるとか押しつけられたとか、ましてや大人の事情に巻き込まれたなんて思わない。

 戯言は戯言にしかならないほどにしっかりと、そしてじっくりと両親や兄、時々お義姉様がお話してくれたから。何も知らない赤の他人の妄想を交えた言葉よりも私のことを考えてくれる身内の言葉を信じるのは当然よ。

 一種のお家騒動だったので今でもうるさく言ってくる者たちもいる。余程暇なんだなとしか思えない。だって誰が何を言ったところですでに国、つまり王まで認めた決定事項なのだ。

 私が次の公爵であることは揺るがない。


「何がございましたか、と聞くべきでしょうか」

「ええ、聞いてちょうだい。ちょっとありえない事態で私も吐き出したいの」


 ニコは本当に私をよく見てくれている。こちらから切り出さなくてもきっかけを作ってくれるのですもの。後でお父様に言って絶対どこにもやらないように念押ししときましょ。


「少し前に学園でなんとも無様な三文芝居があったことは知ってる?」

「お嬢様の言葉を借りるのであれば“お花畑”が発生したことでしょうか」

「そう、それ。私も先ほど知ったのだけれどお兄様が巻き込まれていたらしいの」


 ニコが少し目を見開く。正しい反応だわ。

 それなりの地位を持つ家には今回学園で起こった事件とも言い難い出来事は知らされている。伝える役目を負った方々に同情を禁じ得ない。だってね、話を聞かされたとき私も「はあ?」って言っちゃったのよ。はしたないと誰にも咎められなかったわ。表には出さずとも全員同じことを思っていたはず。


「もちろんお兄様がなびくわけがないんだけれど。よりによってお花畑な皆さんはね、龍の尾を踏んでブチ切れしたお兄様にぷちっとされたそうよ」


 大方お義姉様の悪口でも言ったのでしょう。

 女神のように崇拝し、生きる希望であるお義姉様のことを悪し様に言う輩にお兄様が手加減するはずがない。相手にしないことで全体の和を乱すことを避けていらっしゃったのでしょうに、向こうからやって来たのならそりゃあ手を加えてしまうわ。私も間違いなく同じことしますし。


「その事後処理がまもなく終わりそうだから最終結果を携えていけと頼まれたらしいわ、王家から」

「―――王家は関連していましたか、この事件?」

「直接はないわね。今学園に通う王族はいないし。ただお兄様が陳情を上げたそうよ、子爵として」


 元をたどれば学園は国王の管轄。だから家を通して国に訴えを上げるのは間違ってない。

 ただ、誰かが亡くなったとか謀反の疑いありとか重大な犯罪に加担しているといった誰が聞いても不審危険な状態でないにも関わらずお兄様は声を上げた。ここ数十年平和であったがゆえに危機感の薄い王家に警鐘を鳴らしたのでしょう。封建制度階級社旗の根本を揺るがしかねない事態だぞと。

 あ、このあたりは受け売りね。今の私はここまで読むことはできない、悔しいけれど。いつかは必ず。


「お兄様の意図を汲み取ったお父様も意見を出したことでそれなりに大事になったわ。おかげで時間がかかって仕方ないの」


 公爵であるお父様が動いたら国、すなわち王も動かざるをえない。王家が何を思ったのかはどうでもいいとして、そのせいで全容解明のためにそれはまあ大層な時間がかけられることになってしまった。もっと機動力上げろよって言ってたの誰だったかしら。リナレオ組あたりだと思うのよね。大穴狙ってスカイ兄様とか…、ありえそう。

 それだけの大事の発端となったお兄様だけど結果はどうでもよかったらしく卒業が確定した直後にチョムリーに戻ってしまった。

 確定しただけ、ね。でももう学ぶことはなく他者との交流が主だった時間になるため、それを幼馴染で悪友であり、これからも家族としてやっていくリナ姉様とレオン兄様に押し付けてさくっと帰ってしまった。最低限の礼儀として王都の邸にした私たちに挨拶には来てくださったけれど、そのときの目に狂気が宿っていたから本当に限界だったのでしょう。下手をしたら自分の手でヤって、その事実をもみ消すことすら辞さない様子だった…。

 お兄様にとってお義姉様はなければ生きていけない大切な存在だから。空気みたいな存在だと語る本意はそこにある。

 それから約4か月経とうとしていて、明後日がようやく卒業式。本来私たち家族も一緒にチョムリーに向かう日だった。

 そうよ、もうそんなに経ったの。毎日のように何かしらに対応していたから時間の感覚がおかしくなっていたけれど、もうリナ姉様もレオン兄様も帰ってしまうのよ。

 この事件とも言えない事件のことばかりお話していておしゃべりする暇もなかった。もう頻繁に会えなくなるというのに。状況が状況だったとはいえそれはちょっと、と思ってしまう。

 でもお二人が帰るのは止められない。


「―――ニコ」


 少し黙った後、私は静かに私のことを誰よりも考えてくれる侍女の名前を呼んだ。


「思ったことがあるのだけど聞いてくれる?」

「もちろんです」

「ありがとう。考えたのだけれど別に私が待っている必要はないわよね? 結果を見届けるにはお父様が残っていればいいだけで、私とお母様はもう出ちゃってもよくない?」


 ニコはただ穏やかに耳を傾けている。私が答えを必要としていないことを理解しているのでしょう。

 ちょっと本気でニコにボーナスをあげたくなってきた。お母様に相談しましょ。

 自分の考えに勢いをつけた私は美味しいお茶を優雅さを忘れない所作で飲み干すとすっと立ち上がる。


「お母様を誘ってみるわ。先に一緒に行きましょうって」


 おそらく了承してくれる。お母様もチョムリー、というかお義姉様に畏敬の念を抱いているところがあるもの。お義姉様がいたから母に、大人になれたのですって。この幸せな今は彼女がいなかれば得ることはできなかったって。

 そうと決まれば。


「いつでも出れるように準備しておいてくれる?」

「おまかせください。お土産もしっかり包んでおきます」

「頼もしいわ、ニコ。お願いね」


 朗らかな笑みに見送られ、私は部屋を出た。心はもうチョムリーにいる第二の家族の元に向かっていて、たとえ返事が芳しくなかったとしてももう単独で行ってしまおうと決意しているくらい。この気持ちでお預けは無理。お兄様が中途半端に不機嫌だったおかげで私ももやもやが残っているの。お義姉様の隣でにっこにこデレデレのお顔を見なければやっていられないわ。お手紙も出しておかなくちゃ。

 ふふ。楽しくなってきた!

 待っていてお兄様。お義姉様。




◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・




 意気揚々と跳ねるように部屋を出ていかれるお嬢様の姿が完全に見えなくなったところで私は首を傾げました。フクロウもびっくりするほどの角度で。


「すべてが万事丸く収まった、のよね? 強制力とかもなさそうだし」


 10歳の頃、階段の残り3段を豪快に踏み外してすってんころりんした私はそのときのショックが引き金になったのか前世なるものを思い出しました。

 バリキャリで仕事が友達、若干社畜だったとかはどうでもいい。重要なのは今生きるこの世界が乙女ゲームの舞台に酷似していること。平民と変わらない生活をしていた下位貴族の令嬢が学園に入学して高位貴族のイケメンたちとキャッキャするありきたりの内容。ちなみに全年齢対象。

 その登場人物の中に、なんと私のお仕えするルナマリア・イザート公爵令嬢がいました。悪役令嬢として。ただし、お嬢さまは現在健やかに成長なさっている御年8歳のご令嬢。つまりゲームの舞台はもう数年先の学園。

 お嬢様は確か王族のどなたかの婚約者だかその候補だかの立場で登場します。そして嫉妬なのか自尊心なのかで礼儀のなってない主人公を諫める立場になるのですが…、現実を見てみましょう。

 まず、お嬢さまに婚約者はいらっしゃらない。

 次期公爵であらせられる。その伴侶の選定に厳しくなるのは仕方のないこと。公爵である旦那様も子煩悩で、本人の意思を大切にしているから無理やりな婚姻はまずありえない。お嬢様と年齢的に釣り合う王族はいるにはいるが交流もほとんどなく婚約が結ばれる可能性はかなり低い。そもそもゲームでは次期公爵ではなく単なる公爵令嬢で嫁入り前提だった。後継などではない。すでにゲームの設定が破綻している。

 次。

 兄君であるアレクサンダー様。ゲームでは次期公爵という立場で、それはもうあらゆることに傷ついた憂いをまといし美青年として登場する。この時点でツッコミどころ満載ですね。

 私は直接にお仕えしたことはないので聞いた話にはなりますが、確かに昔は色々あったそう。だけど、それらはすでに解消され公爵家から円満に離籍し、最愛の奥様と過ごしていらっしゃいます。若干16歳にして子爵となり学園に通いながら仕事もこなす見事な手腕を見せていらっしゃる。お嬢様自慢の兄君であられます。ネガティブキャンペーン搭載した薄幸の佳人はいません。

 もう一つ。

 そのアレクサンダー様の幼なじみ兼親友であるレオナルド様も確か攻略対象だったはず。隠しキャラ的な立場だったかと。

 この方物語の王子様のような女性好みの整った顔立ちをされていてかなり気さくな性格。様々な意味でモテていましたが本人は一人しか見ていない。卒業したらその方と結婚すると聞いているのでまもなくですね。幼い頃からの初恋を実らせるとかなんて素敵。お相手のティティリアナ様も大変朗らかでしっかり者ですので付け入る隙などありません。すなわち他人の入り込むことなど不可能です。

 ちなみにアレクサンダー様とレオナルド様はゲームでは他人、没交渉でした。今? 一緒にバカもやる気の置けない関係ですね。殊に互いの伴侶のためにタッグを組むとえげつない作戦を取るのも厭わないとか。もちろんお嬢様情報です。

 この時点ですでにいくつもの相違点が上げられるのでゲームは破綻しているも同然でしょう。

 どう考えても始まる気がしません。いや、語弊がありますね。お嬢様方が巻き込まれる要素がありません。

 こうなると考えられるのはあれですね、あれ。私と似たように記憶を持っている者の暴走。

 今回の似非乙女ゲーム事変(私命名)、お花畑軍団の中心人物だった女生徒が前世の記憶持ちだった可能性が大いに考えられます。生粋の我が国民なら貴族階級を無意識に叩き込まれるもの。男爵令嬢がすでに子爵当主とは知らずとも公爵令息である兄君様に盾突くなんてありえません。不敬罪と見做されればその場で切り捨てられてもおかしくない社会なのですよ、ここ。それなのに色目使うとか、自殺志願者?

 よくよく聞くと絶世の美少女だったわけでもなく、支離滅裂な根拠のないことをずっとしゃべっているそうです。妄想と現実の区別ができなくなった典型ですね。愚かとしか言いようがありません。

 繰り返しますが階級が物を言う世界です。

 それでも前世の記憶による何かがあったのでしょう。常識を忘れるほどに溺れる令息があったことに落胆を隠せません。そんな輩が国を引っ張るとか何の悪夢ですか。今回のことで排除されて本当によかった…。

 事変を知った99.999% の皆さまも同じ気持ちだったようで。お花畑の令嬢は実家と縁を切られた後、罪人として強制労働所に収監されるという結末で落ち着きました。兄君様ほかそのお身内の方々が激おこだったのでしばらくは出てこれないでしょう。出てきたとしてもお日さまの下は歩けないでしょうね。身から出た錆。同情の余地なしです。

 取り巻きの元令息方も貴族としても終わったのでもうどうしようもありませんね。本当に肩を揺さぶって問い質したいものです。貴族当主や公爵家に盾突くとか頭湧いてんの? と。



 記憶が戻ったときにはどうしたものかとなったものですが堅実に生きてきてよかった…。

 生きるためには働かねばと雇っていただいた先でゲームとは比べものにならない人間群像恋愛劇を目の当たりにできるとは思ってもみませんでした。しかも完全なる背景ではなくちょっぴり関係者の位置にあれたところがおいしい。部外者だったら知らないままだった情報も知ることができてもやもやもすっきり。不謹慎かもしれませんが、ちょっと楽しかった。


 ただ。


 私は侍女。イザート公爵令嬢ルナマリア様の侍女です。

 ご両親に愛されて兄君様が大好きでその奥様の生家とは赤子の頃から交流があって家族同然の関係。たくさんの愛情に囲まれて育ったため友人も多く、社交界に出たら話題を搔っ攫うこと間違いなし。思いやる心を持った将来有望なお嬢様です。誰かを理由なく傷つけることはありません。

 だけどもしそんなことがあったのなら――万が一、億が一ゲームが始まってしまったら、話を聞きましょう。その心が晴れるまで。そして何があっても見離すことがない方々に相談しましょう。過ぎるくらい頼もしい方しかいません。

 ほら、何も心配する必要はないのです。

 


 さて。

 まずはある意味里帰りの荷造りをしますか。

 王都では見られない年相応の弾ける笑顔を見るために。

 実は私もチョムリーの乳製品のファンなので、楽しみにしているんです。




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― 新着の感想 ―
わあ、爽やかなつむじ風がクルリクルリと領地を吹き抜けて全ての生きとし生けるものを幸せにして、そしてこれからも幸せにし続けるお話ですわね。 一服の清涼剤どころか関わる限りシュワシュワし続けそうですわー。
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