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山に囲まれた田舎で手に入れたのは溺愛夫と素敵な家族でした  作者: 竹中八重


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06. ティー来る王都と再会する弟妹たち

 チョムリー子爵領は僻地にある。

 どれくらい田舎かというと王都に足を踏み入れるのに馬車で1か月かかるほど。途中道が整備されていないところもあって大変だったりする。

 …“大変”という言葉に収まりきらないほど大変なのだけれどとりあえずその一言に集約させておきましょう。つらさ不便さを語りたいわけじゃないもの。少しずつ国が一大事業として道の整備を進めているのだけれど遠いところにはなかなか手が入らない。世知辛いわぁ。

 ただそれはあくまで人の移動に限ったこと。物の移動に関しては河をはじめとした水路が大活躍している。

 水に恵まれたこの国ならでは。あまり話題に上らないのが不思議なくらい。あまりにも生活に溶け込んでいるからその恩恵を感じにくいといったところかな。さすがに領地から王都へとつながっているわけではないとはいえ、近くの商業都市には行き着いており運搬期間が半分近くに。大量に送り出すわけではないから費用は多少かさんでいるが、それでも季節ごとに特産品を運ぶのに大変お世話になっております。

 少しずつ少しずつチョムリー領を知ってもらう計画。儲けたいわけじゃない。ただ少しだけ裕福――毎日果物が食べられるとか、季節が変わったら衣類を新調できるといった程度の生活水準を目指しているの。上を見過ぎると身を滅ぼす。ほどほどが幸せの原則よね。


 閑話休題。


 その1か月をかけて王都にやって来た。

 ――しんどかった。あまり愚痴や不満を口にしたくはないのだけどこれだけは言わずにはいられない。本当にしんどかった。肉体的にも精神的にもきつい。車、電車、飛行機、飛翔、瞬間移動…。誰か発明開発してくれないかと願ったくらいにはしんどかった。

 つらいとわかっている長旅はできればしたくなかったの。けどどうしても気になったことがあって王都にいる有識者を訪ねることになってしまって。もうけっこうなお歳だから是非うちの領地にいらしてなんて口が裂けても言えなかったわ。すでに確立された分野のお話を聞くにはその道の第一人者に聞くのが確実とはいえたいていの方が王都で暮らしているのがつらい。いや、他の土地にいますと言われても結局困るのだけれど。うちは僻地だから。結局そういうことなのよね。とりあえず通信手段の発展を願いましょう。

 ついでに王都にいらっしゃるイザート公爵一家はじめとした方々への挨拶周りも。もちろん祖父母のところにも顔を出しておく予定。次に王都に来るのは早くて10年後なので礼を失しちゃいけない。それまでにはきっと少しはつらさが軽減していてほしいと思います。

 余裕があれば物流状況とか確認しておきたかったけどもういいや。余裕なくなった。幸いにも公爵家の皆さまがさりげなく紹介してくれているのでそのうちどなたかの目に留まることでしょう。本当にいいものはなくならないと思ってる。売り込み含めた商才はないと諦めているから他力本願でも許してもらわなきゃね。


 さて。とにもかくにも有識者の先生に会いにいかねばと向かった先。

 大変有意義な時間だったとお伝えしておきましょう。研究者気質ではないと思ってるけど理論や理屈をこねくり回したりデータを集めて仮説を証明していくことが嫌いじゃない。そんな話をするのはとても楽しい。

 新たな知見も得られたから帰ったらいろいろと試さないと。最近はカデル、ベル、スカイの3人もそれぞれの得意分野を見出し、考えて行動しているお手伝いもできそう。

 はあ、わたしの弟妹が優秀で困る。素敵。

 そんなことを考えながら頭を整理する目的もあってふらふらしていたのね。

 どこを?

 先生の勤務先、すなわち王立学園内を。迅速に捕獲されました。


「なんで? なんで、ティー? 来るなら知らせてよ! 一番に会いにいったのに!」


 目が合った次の瞬間には抱き上げられて、近場の部屋に連れ込まれていた。この部屋勝手に入っていいところ? 嫌よ、お説教に巻き込まれるの。おそらく応接室らしく、部屋の真ん中に低いテーブルとソファタイプの椅子が置かれていた。その椅子のうち一人掛けの方に下ろされる。そのままアレックスは膝を着いてしゃがみ込み、私の腰に腕を回してきた。

 あら、拗ねてる。


「手紙は出したわよ。まだ届いてないんでしょうね」

「自分が出発するのと同時に手紙出すのは違うから。ティーを独りにするとかありえねえ」

「それはおのぼりさんが何しでかすかわからないから?」

「なんでだよ。どこでその概念身につけたんだよってくらい防犯意識しっかりしてるくせに。ティーにまとわりついてくるバカ共のこと言ってんの。誰にも絡まれてないよな」


 お腹の前にある紅茶色の髪を梳いてやりながら会話をする。

 くっ。相変わらず素晴らしい手触り。絹のようという比喩があるけれどまさにそれ。この世界に絹はないけど。羊毛やカシミヤ、アルパカなどはあるのに絹だけが見当たらない。探せばあるかもしれないけどどうしても欲しいわけでもないから見つかることもないかな。養蚕はできない自信しかない。

 窓から入ってくる日の光に負けないくらい艶々してるし、この子は世の中の女性を敵に回したいのかしら。

 なんてことを考えていたからだろう。腰に回る腕の力が強くなった気がする。

 これはしばらく離してもらえないわねぇ。会えたらいいかくらいの気持ちでしかなかったことを知ったら怒りそう。――いや、泣き出すかこの子は。感情豊かで涙腺弱いから。もちろん余所行きの顔のときは絶対に見せない一面。貴族らしいと言えばその通りなのでしょう。


「平凡な上に20代半ばの女に唾つけようなんて奇特な人いる?」

「いる! 個人の性癖は千差万別って言ったのはティーだろ」

「好みって言おうね。それでいくとあなたは随分な変わり者にならない?」

「世界一賢くて優しい人を娶れたこの世で一番の果報者だけど」


 これ、本気で言っている。顔は見えないけど真顔だろう。長い付き合いだ、わかる。

 こうなる予定ではなかった、とぼやいていいものか。

 まさか人生を共にする関係になるとは思ってもみなかった。

 初めて見たときあまりの虐待っぷりに危機感を覚えて手を出したのが分岐点だった。ただあのとき放置するという選択肢はなかったから現状は避けられなかったのかしらねぇ。


「ティー…、俺うざい?」

「いいえ。知らされなかったことに憤るのは普通でしょ。学業忙しいだろうから会わなくてもいいかって勝手に判断したの。ごめんね」

「俺がティーを煩わしいと思うとかないから」


 腰に回る腕の力が強まり髪を撫でる手に頭が押しつけられた。甘やかせということらしい。了解しました。ふんわりとその頭を抱きしめる。

 かすかに鼻に届くさわやかな香りは手紙に振りかけられていたものと同じ。死を待つばかりだった子どもが恐るべき変貌を遂げたものである。あの頃の誰もが想像だにしていなかっただろう。

 まさかわたしの夫になるとも誰も思ってなかったはず。

 ただ、一緒にいることに嫌悪感不快感を一切覚えることがなかったのでなるべくしてなった、ということかもしれない。

 かわいくてかわいくてかっこいい、わたしのために家名を捨てるまでしてみせた男前な旦那様。


「―――早く帰りたい」


 零れた本音に声を立てて笑う。

 入学まではほとんど離れることはなかったから3年は長いわよねぇ。帰省するだけで時間がかかるため長期休暇にも戻ってくることはなかった。仕方のないことだとは理解している。それでも理解と感情は別物。…この子たちは絶対大丈夫と確信していたからわたしは全く心配しておらず、相変わらず日々忙しく領地を奔走してました、とは言っちゃいけないわよね、やっぱり。たぶんわかっているだろうけれど。いや、信頼があるからこそよ。どうとも思ってない人にかける情はないわ。

 そんな風に聞こえない言い訳をしていると廊下からそれはそれは大きな足音が響いてきた。大きな声で会話をしているようにも聞こえる。

 あら、これはもしかして。

 開いた扉が壁にぶつかる小気味いい音が耳を突く。


「ここかっ! ――姉さま、大好き! できたら姉さまの手料理が食べたい!」

「おっ、引っ付いてんなぁ。久しぶり、大好きなオレの姉さま」


 もしかしたわ。かわいいかわいい弟妹たち。相変わらずかわいい。

 そしてやっぱりニコイチなのね、リナとレオンは。一緒でないと気持ち悪いとすら思えるからお姉ちゃん嬉しいわ。ちなみに”大好き“”かわいい“は我が家では挨拶です。


「散れっ! 夫婦水入らずしてんだよ! 邪魔すんじゃねえっ」


 ばっと頭を上げたアレックスが喚くと負けじとリナが反論する。


「独り占めしてんじゃないわよ! 邪魔なのはどっち?! こっちは姉妹水入らずなんだから!」

「夫婦の方が優先度高いに決まってんだろ!」

「バカ言わないで! 姉さまはあたしたちがとっても大好きなんだからっ」

「俺のことも大切にしてくれてるに決まってるだろ!」

「アレックスもリナももちろんレオンも、かわいくて優しくて大好きよ」

「やだ…、姉さまありがとう。姉さまの恥だけにはならないから、任せて!」

「俺も大好きだ。ティーの恥にはならない」


 ほとんど同時にほとんど同じ言葉を返した二人は一秒間じっとお互いを見やり、また元気に言葉を交わし始めた。傍目には喧嘩をしているように見えるのでしょうが、この程度日常茶飯事だから放っておいて問題なし。ただただじゃれ合っているだけ。言いたいことを言えるのは信頼している証。

 今日も元気で大変よろしい。


「ティー、来るなら教えてよ。うまいもん用意して待ってたのに」


 じゃれ合う二人の隙間を縫ってすぐ下の弟、レオンが隣にやって来た。この子は王子様っぷりに磨きがかかったんじゃないかしら。見て真似て物にするのが得意な子だから。幼い頃から教育を受けた貴族の本物のやりとりを目の当たりにし、身につけちゃったんでしょうね。やだもう、わたしの弟天才? 世間を渡り歩く武器をどんどん増やしているようね。結婚した後も苦労させまいという気概を感じる。

 ――どうしてうちの子たちはこんなに素晴らしいのかしら。


「アレックスと同じこと言う。手紙は、そうね。明日か明後日に届くと思うわ」

「手紙の意味。お土産包むから明日はいてよ」

「お姉ちゃん早く帰りたいです」


 人ごみが無理というのもあるけれど、人任せにしてきたあれこれが気になって仕方ない。


「母さまが言ってた染織物とかカデルとベルが言ってた例のお菓子の特許の詳細とかスカイが言ってた作業具の資料とか揃える予定」

「素晴らしい! それなら帰るのは明後日にするわね。できるお兄ちゃんお姉ちゃんにあの子たち歓声上げそう」

「ティーがやってくれたことを返しているだけな」


 くすくすとレオンと顔を突き合わせていると抗議の声が上がった。


「レオン、抜け駆けすんな! ティーは俺のだってのっ」

「誰があんたのよ! 姉さまは誰かだけのものじゃないから!」

「そうそ。ティーはみんなのティーなの。そんなティーって分かってたんだからちゃんと受け入れな、旦那さん」

「お前らは俺をからかいたいだけだろっ」


 領地にいるときと変わらないやりとり。いろいろと変わっていくものもあるけれどこの関係はいついつまでも続くのでしょう。とても素晴らしい財産だわ。

 愛し愛される家族に囲まれてわたしは本当に幸せものね。


 神さま、でいいのかしら。こんなに素晴らしい半生をありがとう。

 これから先も変わらないままでいさせてくださいね。




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