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山に囲まれた田舎で手に入れたのは溺愛夫と素敵な家族でした  作者: 竹中八重


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04. アレックス憂う現状と行使する権力

 王都にある学園は貴族子女たちは入学が義務とされている。

 14~18歳の間の3年間の在籍が求められその間は原則寮生活。経済的理由をはじめとした様々な事情で入学が難しいとされる場合はそれに応じて対処がなされるが経済的に関しては国から援助金が給付されるので問題ない。この制度のためにリナとレオンも学園に入学する運びとなった。一番心配だった資金の心配がなくなったのなら従う他ないとそれはそれは苦々しい表情を浮かべていた。俺も同じ表情だったと思う。

 なんとか入学を回避しようと足掻いてみたが研究者たちを呻らせる論文を書き上げることができなかった。

 3本も無理に決まってるだろ。端から守る気のない規定を作ってんじゃねえよ。

 しかし過去にクリアした人物がいるため強気に出れない。くそ。それがティーなもんだからもう退くしかない。ティーの有能さがこのときばかりは憎い。いや、あの頃ティーが学園に行ってたら発狂してたから英断ではあるんだが。

 俺のティーが素晴らし過ぎてつらい。会えないのがしんどい。ティーが絶対的に不足している。

 ちなみにこの入学免除規定をクリアした子女はティーの他に過去2名いたと聞く。それぞれしっかりと名を残しており、ティーにも期待が寄せられたらしいが…。家が大好きなティーが世界に羽ばたくことはないだろう。俺も全力でティーの応援するし。一緒に頑張ろうねと笑ってくれるに違いない。

 よし、少し元気出てきたな。卒業まであと半年。明るい未来に目を向けようじゃないか。


「アレックス様、今お助けします。あなたはその女に惑わされているのです」

「―――」


 ティーへ。

 そっちに帰るのを指折り数えて楽しみにしているこの頃。俺は神か運に見離されているのだろうか。超絶的に面倒臭い事態に引きずり込まれている。山での生活で培われた忍耐もとうに限界を超えていてバカの相手をすることこそバカらしいとないものとして扱っていたんだが。

 普通それだけでいろいろ察することができるはずなんだけどな。

 ああ、相手はバカだった。本当に、もう、な――。


「あなた様はお優しいから見捨てられずにいるだけですよね。大丈夫、あたしにはわかります」


 よほどのことがない限りたいてい一緒につるんでいるリナとレオンが噴き出した。

 他に友人がいないわけじゃないと主張はしておく。ただ実家が公爵家なんで遠巻きにされやすいんだよな。この世代王族だけはなく、公爵家の者も少ない。まあ二人がいるんで不便も不愉快もなかった。気の置けない仲の人間がそばにいるのは悪くない。

 それはさておき。ニマニマ顔の幼馴染を叩いていいだろうか。

 講義が午前で終わる今日、堅苦しさから解放されるうきうきの放課後をどうして気ちがい共に潰されなならんのだ。

 無自覚に無表情になっていたらしく、リナがレオンの背を叩きながら爆笑している。


「やばい。うける。レオン! 姉さまに手紙書かなきゃ。めっちゃ面白いことになってるって」

「最近は演劇も学ぶのねぇって返ってくるに一票」

「わかる! やばい! うける!!」


 やばいのはお前の語彙力だろ。呆れているとまた雑音が飛んできた。


「無視しないでください。ティティリアナ・チョムリーさん。その方はあなたがもてあそんでいい相手ではありません」

「無理! お腹痛い! 息しんどい」

「呼吸はしろ。酸欠で倒れるぞ。ほら、深呼吸」

「そうやって人をバカにして! 無視しないでください! アレックス様! 聞いてください、その女…――」

「あ゛?」


 ひっくい声が出た。

 ああ、もう…。怒りが抑えらんねえ。いないものとするのも限界。


「いつ誰がお前に名を呼んでいいと言った? 呼ぶんじゃねえよ、吐き気がする」


 一瞬にして正体不明のバカ女とそいつを取り囲む金魚のフン共、タイミングを逃して野次馬になった生徒たちからの顔から血の気が引く。

 繰り返すが現在学園に高位貴族家は少ない。実家が公爵家の俺が実質トップだ。そんな俺に喧嘩を売るとか貴族社会なめてんのか。


「あ、アレック――」

「耳腐ってんのか貴様。呼ぶなっつってんだよ。口を開くな。人語が理解できないなら幼児教育からやり直せ。学園の品位にも関わる」


 言葉が悪い? 何を言ってる。階級社会の意味を理解していないのか? それが許されるんだよ、身分が高いって言うのは。

 学園の謳う平等っていうのは教育機会に関することであって身分はそのままに適応されるに決まってるだろ。卒業したら社交界に放り込まれるんだぞ。

 もちろんそれに応じた義務と責任も背負う。何万という民の命を預かっているんだ。舐められるような手には絶対に出るまい。手を出していないだけ俺は優しい方だ。潰そうと思えばいつでも潰せる。

 今さら震えている取り巻き共に目をやった。


「お前らも目に余る。不愉快だ。学園を通してだけでなく直接家から抗議をした。家に籍が残ってるといいな」


 公爵家からの抗議も含まれている。無視されるわけがない。なのにこいつらはのうのうと学園で自由にしているということは家からの呼び出しを無視しているのだろう。貴族人生終了のお知らせ。どこのどいつだか知らないし知りたくもないが取り巻き共の顔が蒼を通り越して白くなった。なぜ今さらそんな状態になるのか意味がわからん。

 すると何を思ったのか気ちがい女が一歩前に出た。両手を胸の前で組み、涙を流しながら戯言をほざく。なんでも男心をくすぐる仕草らしいがますます心が冷めていくだけ。


「バカなの?」


 リナとレオンがまた噴いた。俺もそっち側に行きてぇ。なんで俺がバカ共の相手をしなきゃならねえんだよ。誰か変われ。俺しか無理? 学園長呼んで来い。あの人王族筋だ。今ここで一番身分高ぇよ。


「ティティリアナさんはあなたの婚約者として相応しくありません。あなた様という素晴らしい方がいるというのに! 別の見目麗しい男子生徒と常に行動を共にしているのです! あなた様はもちろん公爵家や学園にも泥を塗る行為です!」

「黙れ」


 聞くに堪えない。

 妄想に付き合うなどまっぴらだ。


「生徒会、いるか」


 俺は固唾を飲んで成り行きを見守っていた周囲に問いかける。間を空けず一人の男子生徒が前に進み出た。


「はい。副会長です。会長不在の場合の権限の使用を許可されています」

「よし。各クラス代表は? その代理でもいい」


 男女5名が前に出て頭を下げる。各学年20クラスあるがこの場に5名もいたのは嬉しい誤算だ。頷き返した後さらに視線を巡らす。


「教員もいてもらえるとありがたいんだが」

「ああ、ここにいるよ。見届け人になろう」


 特に生徒が集まっていた場所から歴史学の教員が顔を出した。だいぶ小柄な方だったので埋もれていたようだ。決して見逃していたわけじゃない。…いや、とっとと終わらせたくてよく見ていなかったことは認めるが決してこの先生の存在感が薄いと言っているわけではない。


「同席している無関係の生徒もこれだけいれば問題ないな。学園法第21条及び規則第27条第2項の規定により学園不適格者への処置対応を申請する。逃げるなよバカ共。今この瞬間から監視対象だ。足掻くと社会的に抹殺される。おとなしくしていろ」


 絡んでこなければ放置してやったが、正面切って喧嘩売られたのなら容赦しない。繰り返すが舐められたら終わりなんだよ、この世界は。

 チッと舌打ちをしながらバカ共に背を向ける。歴史の教員と前に出てもらった生徒たちに頭を下げることも忘れない。それが仕事の一つとはいえ特大の面倒事を押し付けるのだ。礼節は重んじなければ。

 あー…。うざ。

 本当に帰りたい。人より動物が多いあの山に癒されたい。

 ……ティーに会いてぇ。俺めっちゃ頑張ったから褒めてほしい。手を出さないように必死に抑えてたんだぞ。あれだけの暴言、特にリナを侮辱したんだ。5発くらいは殴ってよかったはずだ。


『まずは殴られなさいね。先に手を出した方が負けだから』


 ティーの声が聞こえる。

 …もっと煽ればよかった。




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