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山に囲まれた田舎で手に入れたのは溺愛夫と素敵な家族でした  作者: 竹中八重


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02. レオン振り返る過去と満喫する学園生活

 チョムリー子爵家はしがない地方貴族の一つ。領地は持てどほぼ山かつ田舎。羨まれることのない単なる国の構成員という立場。

 そのおかげで国政を司どる上位貴族や社交界とのつながりを求める有力市民たちから関心を向けられることがなく、大事件だとかお家騒動だとかとは無縁で過ごしてきた。

 このためかかなりのんびりとした気質の者が多い。最たるは両親だな。次期子爵夫妻。じいさまが当代子爵だけど、ばあさまが脚を悪くしてから山暮らしはしんどいよなってことで王都――の隣町に居を移している。王都は地代も物価もえげつない。少し離れただけで2/3以下になるんだったら金の心配をするやつはそうするだろ。我が家には貴族として張る見栄はない。笑われることも呆れられることもあるだろうに「身の丈に合っているので」の一言でかわすじいさまばあさまはすごい。オレの人生の目標はここにある。

 それでいて積極的に人の集まりに参加して人脈を作ったり情報を収集してくれたりする。僻地とも言えるチョムリーの特産品が少量とはいえ王都にも並ぶのはこの二人の力が大きい。ほんわかした気のいい老夫婦であるのも事実だがやはり貴族当主夫婦。侮れまい一面も持っているのだろう。孫には絶対見せないけどな。見せる理由がないから。

 その夫婦の長男が父。母とは幼馴染だという。やはり万年新婚のおしどり夫婦でじいさまたちに輪をかけたような大らかな性格をしている。

 びっくりするぞ。

 実の娘とはいえまだ5、6歳の子どもの意見にしっかりと耳を貸し、領地の立て直し計画を容認したとか。大雨による土砂災害の現場で泥まみれになっていた身元不明の赤ん坊を我が子として迎え入れるとか。反対の声もなかったというところが恐い。子爵家に対する領民の信頼が大きすぎねえ?

 で、その赤ん坊がオレ。レオナルド・チョムリー。レオンと愛称で呼ばれる。

 引き取られた時点で両親の子どもは長女のティーしかいなかったからオレは長男となる。この4か月後に母上の妊娠が発覚し、最終的に4人の弟妹が生まれた。この状況なら養子であるオレは余所に移されたとしてもおかしくないというのに、それは起こらなかった。父上も母上も、そしてティーも『レオンが子どもたちを運んできてくれた』『レオンは我が家の幸せの種だったんだね』と言ってますますかわいがられることになった。おかげで自分が養子と知った後も卑屈になる暇がない。喜んでくれるからむしろ構われにいってやった。すごく…、すごく嬉しかった。

 この家に引き取ってもらえたことで一生分の運を使ったかもしれない。おそらく土砂災害に巻き込まれたであろう血のつながった身内にはチョムリー領で事故ってくれてありがとうと毎年花を捧げている。どんな感謝? 正直な気持ちだから仕方ない。もちろん元気でやっているとも伝えてもいる。優先順位がそうなるだけで。

 両親は優しいし、ティーは賢いし、弟妹は生意気だがかわいい。

 幼少期時点でオレは勝ち組を確信していた。


 そんな生活に小石が投げ込まれたのがオレ氏8歳のとき。

 1歳下の妹、リナに縁談がもたらされた。じいさまから始まり、ティーまでも首を傾げていた。ほぼ平民と変わらない生活をしている子爵家の子女だが政略結婚の相手に選ばれることはまあ、なくはない。だが相手がありえなかった。

 まさかの公爵家。

 家格が全く釣り合っていない。裏があると考えるのはおかしなことではないだろう。だがその裏が全くわからなかった。

 ぶっちゃけうちとつながったところで政の中枢に近いお貴族様にうまみはない。領地や事業も改革は進んでいるとはいえ成果も実績もまだない。


「こうなるとあちらさまに事情があるということでしょうけど」


 14歳になっていたティーも思案顔。

 雲の上の話を探るには情報が少なくもやもやとした気持ちでその日を迎えることになる。

 しかしながら一家全員どうとでもなるだろうと楽観的だった。最終的に家格を理由に拒否できそうだったから。子爵家の娘が公爵家に嫁いだところで不幸にしかならない。リナが王族さえも手玉に取ってやるというような野心家ならともかく国で一番美味しいチーズを作ることを夢としているのだ。無理だろう。


 そしてやって来たその日。

 わざわざ公爵夫婦とその息子がうちまで足を運んできた。今ならわかるその非常識さ。追い詰められていたのだろう。はるか下の子爵家に下手に出るという行動を取るくらいに。

 その原因はすぐにわかった。わからざるをえなかった。縁談相手でもある一人息子のアレクサンダー・イザート――アレックスを見た瞬間に。

 はっきり言おう。初めて見たとき巨大なボールかと思った。

 後に本人にこの感想を告げたところ『かわいらしいたとえだな』と真顔で返された。しかもボールは投げたり蹴ったりと役目が与えられている有用な存在だから自分には相応しいものではないとまで言ってのけた。

 …この頃のことを思い出すととてもつらい。我が家の一致した意見である。

 アレックスは超がつくほどの肥満児だった。巨漢という言葉でも足りない。リナと同じ年齢のわりに身長は高い方だった。しかしそれ以上に肉が付き過ぎていた。ここまで太れるのかと驚くほどに。顔も垂れてくる肉のせいで潰れているし、腕も脚も大人が両手で掴めないほどの太さがある。呼吸は荒く、決して暑くはない季節だったというのに汗がひどい。母親譲りなのであろう紅茶色の髪はぺたりと頭にくっついていた。

 要するに好かれない容姿。

 なるほど。この体型のせいでことごとく縁談がなくなり子爵家にまで話が回ってくるまでになったのだろう。いくら未来の公爵夫人の座が約束されているとはいえ醜い夫の横には立てないと。美しいものに囲まれて大切に育てられているお嬢さん方なら耐えられないにちがいない。悲鳴を上げて卒倒されたり、心無い言葉を投げつけられたこともあったとか。

 仕方ない。仕方ないことかもしれないが、聞いてられない。双方の心の傷が大きくなるだけだろ。大人がなんとかすべきじゃないのか。


「建前と慣習を重要視しなければならないところが貴族社会の面倒なところね」

「それ、大人だけでやればいいんでないの?」

「無理でしょう。身分の高いおうちじゃ特に子どもは生まれたと同時に大人扱いだもの」


 繰り返す。オレ、本当にここの子でよかった。

 だがちょっと待てよ。


「倒れるでもなく泣き出すでもないリナってもしかして逃げられない感じ?」

「そうねぇ…。レオン的には嫌?」

「くだらない理由で離したくない。リナの意思もないし」

「相変わらず仲良しねぇ。そうよね。話の持っていき方でどうにかなるかな。あれはちょっと、ひどい」


 負の感情をあまり見せることのないティーが珍しく顔を顰めていた。“優しい虐待”は見るに堪えないと。優しい虐待の意味はよくわからなかったがまるで我が事のように痛ましい表情を浮かべている。

 そしてそのままティーは見合い現場に乱入した。


「初めまして公爵家の皆さま。小娘の話を聞いてくださいます?」


 これはこれで非常識なのだろうが全く不安がない。それくらいオレたちにとってティーへの信頼は絶大だった。

 結果、ティーとアレックスの縁が結ばれた。

 意味がわからない? オレもわからなかった。このときは、な。






 さて時は流れ。


 学園生活残り半年。リナとアレックス、そしてオレは国内貴族に課されている学園に通うために王都に来ていた。学園は特別の事情がない限り寮生活になる。通う年齢に決まりはないがおおよそ14から18歳までの間の3年間を学園で過ごす子女が多い。

 オレたち3人は同時に入学した。3人一緒ならホームシックにかかることもないだろうと一斉に放り出されたのだ。年が近いから仕方ない。リナとアレックスがオレの一つ下な。

 ちなみにだが、ティーは通わなかった。

 入学免除、というか卒業要件をとっとと満たしてさっさか卒業したらしい。オレには未だに理解できない人間行動学とか社会心理学とか幼児教育学とかで論文を書いて合格点をもぎ取ったようだ。すごくね? そんなことしてる素振りを一切見せなかったんだぞ。毎日同じように領地巡って誰かと話し合いして家族と戯れて忙しそうにしていたどこにそんな時間が?

 オレたちの姉が超優秀。知ってた。

 まあ学園に行きたくなかった理由は明白。

 領地改革や事業に関して手が離せなかったんだよなぁ。ティーに頼り切っていることはわかっていたが同じように動ける人間が育たなかったから仕方ない。たぶんティーと同じレベルの人間ができるまでには50年くらいかかると思うよ。それをティーもわかっていてかなり早い段階で必ず抜け道があるはずと法律や校則を調べ、論文を書き上げたそうだが普通できないから。なんかそれを読んだお偉いさんから是非とも詳しくと招へいを受けるほどだったらしい。それどころじゃないんでとぶった切ったティーは勇者。

 ティー最高!

 ティーと離れたくがないゆえにアレックスも同じ手段を取ったのだが及第点に至らず、というか論文3本も書けなかった。アレックスも文字通り血反吐を吐く努力をして講師たちに太鼓判を押されるほどの聡明さを見せていたがティーには全然及ばなかった。

 オレたちの姉は不可能を可能にできると本気で信じている。

 入学が確定したときのアレックスの様子は見物だったな。3年も離れ離れになる無情さとティーの優秀さを改めて思い知らされたのとティーが全く動じていないことへのちょっとした不満とで顔が大変なことになっていた。リナとオレの間では時々話題に出て一緒に笑っている鉄板ネタだ。


「レオン、おはよう」


 寮を出て構内につながる道を歩いているとリナと合流した。

 当然ながら寮は男女別。校舎を挟んで反対側に位置しているので間違いなど犯させまいという大人たちの執念を感じる。まあ妥当な処置だ。物理的に離れているとはいえ同じ敷地内にいるのだから満足しとかないとな。

 うん、今日もリナはかわいい。髪を束ねているリボンが空に映えていてよく似合っている。


「ありがとう。レオンは今日もかっこいい。笑顔が眩しくてとっても素敵」


 顔を近づけてにっこり笑い合う。もはや周囲のヤジすら飛ばないルーティン。

 入学したての頃は本当にうるさかった。マナーがだの、場所を考えろだのやかましいったらありゃしない。

 言葉の裏に意味を持たせて遠回しに伝えることや歴史を重んじる礼儀作法が社交界では必要かもしれないが、オレたちには不要なんで。卒業後、どちらかが手に職をつけて安定した収入が確定したら一緒になると約束してる。兄妹として育ったが血のつながりはないことは周知の事実。平民になるので手続きはとても簡単。高位貴族じゃなくて本当によかった。

 婿に来ない? 養子にならない? オレとつながっただけでアレックス――つまり公爵家と懇意になれるなんてことありませんから。てめぇらの薄汚ねぇ腹の内に付き合ういわれはないっての。

 つーかリナ、いい匂いしない?


「目ざとい。あ、違うか。鼻ざとい? 香りがダメな人でもこれはいける人が多いからって勧めてもらった。どう?」

「――いける。めっちゃうまそう」

「欲求不満は自己対応でどうぞ」

「ティーティーティーティーうるさいあれの相手させられてるオレを慰めてくれねえの?」

「あたしも運命共同体」

「見限らないオレたちってほんと優しいよな」


 戯れながら朝食の席に着く。それぞれの寮にももちろん食堂はあるが校舎の方を利用することが多い。特に頻繁に利用しているこの食堂は好きな皿を自分で取る形式なので低位貴族や平民が多く気やすい空気が流れている。味も良いのでこっそり上流階級の方々も来ているらしい。堂々とすればいいのにな。恥ずかしいことでもないし。


「で、そのうるさい“あれ”はどうしたの? ついにガチ切れして教員に突撃した?」


 焼き魚の身とサラダをパンに挟みながらリナが聞いてくる。それいいな。真似ていい? ――お、一口くれる?


「――さっぱりしてていけるな。このチーズ、うちのじゃね?」

「あたしもそう思う。たまに食堂で出るようになった気がする。販路確保できたんだ」

「どこぞの公爵夫人と令嬢が毎日でも食べたいと気に入ったから愛妻と愛娘のために頑張ったんだとさ」

「へー。母親と妹のために巻き込まれたと。優秀で有能なのも大変ね」

「無能よりよくね? ティーに相手にもされなかっただろし」


 睡眠時間削ってまで奔走していた悪友兼義兄の背中を思い出す。オレは無茶を止める係。時々ストッパーが外れて人間生活止めそうになるからな、あいつは。チョムリー領は国の端の方になるから王都までの販路を確立にするにはなかなかの労力がいったことだろう。


「じゃあ今話題のお花畑には無関心?」

「いや、それはそれ。昨日だったかその前だったか明らかなストーカー被害受けて不審者から犯罪者かつ危険人物に格上げしてた」


 野菜をハムで巻いたものをリナの口に入れてやりながら言う。


「こわっ。公爵子息敵に回すとかバカじゃないの」

「バカなんだよ。夢の中のお花畑に住んでるからしゃあない。あまりにおもろ…、常識知らず…、現実離れしてたから思わずティーに手紙書いたし」

「あたしはベルに書いた。そのままカデルにも伝わるだろうからウツクシイ物語が爆誕するんじゃない?」

「弟妹の才能がおっそろしいわ。びっみょうに私怨が混じってる気がするのは気のせい?」

「いや、現実。我慢して我慢して我慢しているところに人の目気にせず公衆面前できわどいことする奴らに付きまとわれるんだぞ」

「うわ、公然わいせつ罪まであんの。社会生活捨ててんのかしら」

「さあな。関わり合う気ないから知らん」


 ああ、リナのすぐ下の双子――ベルとカデルな、どうも文才があるらしい。気まぐれでどこぞの出版社の賞に応募したらほぼすべて入賞してくる。ただ本人たちの狙いは文字を綴ることではなく副賞であるため作家や文学に携わる職には興味ないらしい。こないだは高級ジャムをもらってたわ。

 世間話しつつも同時に食事を終えたオレたちは手を合わせて同時に立ち上がった。今日は朝からデザートにプリンとか食べたが美味い。シェアしたリナも身もだえてた。これ、材料がいいんだろうか。やっぱり料理人の腕?

 ああそうそう。誤解されることがあるから言っとくけどオレたちが食事のとき食べさせ合いしてるのは恋人だからという理由ではない。誰がどう見ても恋人かそれに値する関係性の人間がやることだろと反論が聞こえるが主張させてほしい。

 そういう意味があるって知らなかったんだ。

 あのな、うちでは家族全員でやってるから。ティーの目にはオレたち弟妹はいつまでも幼児に見えるらしく愛情表現がいつまでも変わらない。そんなティーを見て育ったため弟妹たちももちろん真似する。オレもベルやカデル、スカイにやる。アレックスともやることあるな。このとき絵面を気にしてはならない。弟妹に言わせれば一定層に需要はあると聞くが深くは問うまい。

 そういうもんだと思ってるから照れもないし躊躇いもない。まさかここでこんなに騒がれるなんて思わなんだ。羨ましいならやればいいのにな。なんだかんだ理由をつけてるのはなんでだ、ほんと。

 そうやって日常生活の中で否応なくティーを思い出すからアレックスも限界なんだろう。

 まあ3年は長い。同情はする。




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