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山に囲まれた田舎で手に入れたのは溺愛夫と素敵な家族でした  作者: 竹中八重


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01. ティー語る自分のこととかわいい弟妹たち

 輪廻転生。生まれ変わり。

 生まれる前のことを覚えているってよくあることかしら? 

 例えば生まれる前は猫だったのだなんて口にしたら頭おかしいと思われるから誰も公言しないだけかもしれないけれど。

 それでも“よく”あることではないでしょう。

 だから「あらまあ」と声に出してしまったことは仕方ないと思うの。


 初めまして、シャンシャンティー・チョムリーと申します。

 アルカレルダ王国のしがない子爵家の長女です。家族や親しい方々はティーと呼びます。とても珍しい名前でしょうね。母方の祖母が外国人でそちらに縁のある名を付けたのですって。

 嫌な思いもしたことなければ、音が気に入っているのでわたしの宝物のひとつです。ただティーがまかり通っているので本名を知らない人が多いかも、だけれど。

 何の問題もないからいいか。


 そんなわたし、シャンシャンティーは冒頭で口にした通り生まれ変わりを経験していたりする。

 しかもこれで5回目の生。多すぎ? わたしもそう思う。

 世界も種族も様々で、転生を認識したとき「ああ今回は人間なのね」としか思わなかった。

 あ、ちなみに人間は3回目。2回目が剣と魔法の世界の男性で3回目が地球という惑星の日本人女性。どちらもいわゆる一般人。これといって何かがある人生ではなかった、と思う。1回目と4回目? いわゆる化け物とか魔物とかそういう類の生き物だった。こちらはたぶん生存競争に負けたと思われるわ。あまりね、詳しくは覚えていないの。時々ぼんやりとそんなこともあったなあと思い出すくらいで。終わったことだと割り切れているから引きずられることもない。薄情なのかもね。

 でもおかげでたいていのことには動じない強い精神力を携えているわ。かわいげがないともいう。とはいえこのメンタルってかなり重要だと思う。強く逞しく強かに生きていくために。


 そして今世。

 山に囲まれた領地を持つ貴族の娘として生まれた。

 まず第一に家族に恵まれたわ。わたしを筆頭に弟3人、妹2人。万年新婚夫婦な両親はわたしの後、第二子になかなか恵まれなかったことを除けば絵に描いたような幸せ夫婦。他人の家の家族計画に口を出してくる気ちがいってどこの世界にもいるのね。山岳地域に追いやられた決して裕福ではない地方貴族だというのに。他人を使っての憂さ晴らしとか本当に迷惑。

 貧乏ではないと思う。食べるに困ったことはないから。

 ただ素人目にも「もったいなくない?」と思うことがちらほらあったので口出しした。してしまった。

 そして受け入れてもらえた。…言い出した側が言うことではないけれど身内はじめみんなおおらか。普通10歳にも満たない子どもの言うことなんて聞き流すでしょう? 上手くいかずともこの方法はダメだという知見が得られたからよしと声高に言う人しかいない。――恐い。騙される未来が見える。盗られるものなんてないけれど。

 周囲がそんな感じなのであれこれやった。隅の方も忘れずにと思いながら手を出した。やらかしたかもしれないと思ったことも多々。多々というか毎日がそうかも。いいよいいよやってみなとにこにこする大人に囲まれて恵まれているわーとしみじみ感じた。


 そうなると成果を出さねばと一生懸命になる。元々各家庭で細々とやっていた畜産を主産業にまで確立できたのにはよくやったと胸を張る。他の領地や商人とのやりとりもほんと頑張った。お子さまなんてお呼びじゃないからね、普通。まあ、そこは両親はじめとした身内や交友関係の広い領民のお兄様お姉様方の力を借りて、ね。やりようなんていくらでもある。世知辛い話、そこに確かな商機があるのなら必ず食いついてくる人はいる。それを続けていって産業とまでなるまでになんとかつなげられた。大きなものにするつもりは全くないからできたことなのでしょうね。身の丈に合うってとっても大事。どんどん手を広げて富を得ていく貴族もいるにはいるんでしょうけど、うちはちょっと贅沢ができる程度でいいってみんな言うから。毎日食後に季節の果物が食べられるとか、冬は家にいれば暖が取れるとか。ささやか過ぎて涙が出るよね。でもそれが一番の幸せなのかもしれない。

 まだまだ甘いところはあるけれどある程度形になったのでわたしもほっとしているところ。これを維持していくのもまた大変なのでしょけど、未来を憂い過ぎるのもよくない。なるようになると構えていればよし。

 毎日のんびり時々慌ただしく過ごしております。え? わたしののんびりは只人の感覚でいうと多忙に入る? そう?





「姉さま、お届け物」


 茶の間で編み物をしていると弟のカデルがひょこりと顔を出した。山を駆け回ることもあって肌は焼けてそばかすもあるけど弾ける笑顔がとってもかわいい。かわいいかわいいわたしの弟。もうずっとわたしや両親が言い続けているので弟たちは照れもせず怒りもせず、受け止めてくれる。反抗期が来ても言い続ける所存です。

 カデルは右手の指の間に挟んだお届け物をひらひらと揺らしながらわたしの前までやって来た。


「今月何通目? って言いたくなるアレク兄から。だんだん分厚くもなってるし怖くね? 大丈夫? ちゃんと中身あること書いてる?」

「要約すると逢いたい、帰りたい、寂しいの3点ね」

「あー、アレク兄だ」


 ソファに座っていたわたしの隣にぽすりと腰を下ろすとカデルは「だよなぁ」と呟きながら頷く。

 わたしも一緒に頷く。思うことは同じ。

 しかしお届け物を受け取る様子のないわたしにカデルが首を傾げた。


「読まないの?」

「キリのいいところまで止めたくなくて。読んでくれる?」

「ヤだよ。人のラブレターとか見たくない」

「って思うでしょ? でも最近ちょっと面白いことになってる」

「? 逢いたい帰りたい寂しいじゃないの?」

「結論はね。でもそれだけだと毎度同じ中身になるからか学校生活のことも教えてくれるの」


 カデルがアレク兄と呼ぶ彼もわたしたちの家族だ。

 現在国内の貴族に入学が義務として課されている学園で生活中。あいにくと学園は王都にあるので通えない。この国の交通事情はそれほどよくなく馬車で1か月ほどかかるから。…“今世”での生活に不満はないけれどこの移動手段に関しては早急なる発展を希望します。


「学ぶことってなくね? こっちで領主教育まで終わらせたとか聞いてるけど」


 あらよくご存じで。真似することはないからね。あれはあの子の地頭の良さと執念で成し遂げたこと。わたしはじめ親たちもみんなそこまでやらなくてもとちゃんと止めました。虐待とは言わせません。やり切ってしまったことには素直に称賛を送るけれど。


「人間関係の構築は唯一無二よ」

「今の世代王族いないからアレク兄、カーストトップじゃん。困ることなくない?」

「好き勝手するのと人間関係を構築することはイコールじゃないから」


 貴賤を問わず人間関係は大切です。大人に混じってあれこれやってきたお姉ちゃんが言うから間違いなしよ。おかげで直接会うことは少ないけれど交友関係は広がり、伝手やコネも広がった。いいことが多かったと素直に思える。だから積極的に他人と関わるようにしましょうね。

 カデルたちは来年から学園に通う。


「姉さま姉さま姉さまーーっ! あ、カデル兄じゃん、サボり? ベル姉! カデル兄、ここー!」

「ちょっと休んでるだけでサボりって言うのやめね?」

「ありがとう、スカイ。一緒にいたんだ。ね、カデル。アレク兄から手紙来てるって?」


 元気に駆けてきたのは末弟のスカイ。呼ばれて追いかけてきたのはカデルの双子の姉のティアラベル――愛称ベル。双子の上にもレオンとティティリアナ――愛称リナという弟妹が一人ずついて、二人は今学園在学中。二人欠けても静かになる暇なんて存在しないにぎやか仲良し姉弟です。かわいいかわいい弟妹たちです。自慢でしかない!


「来てるけど姉さま宛て」

「姉さま、すぐ中見て。リナ姉から届いた手紙見たんだけどすっごく面白いことになってるっぽい」

「レオン兄からのコメントも“ウケる”“無知って幸せだな”“腹捩って笑いてぇ”で爆笑しかしてない」

「え、まじ? レオン兄の爆笑ってめずらし…。姉さま、やっぱ開けるな」

「どうぞ」


 ちゃっかり自分たちの分のミルクを入れてソファの前のラグに座るベルとスカイ。本日のミルクはヤギのもの。牧畜やっててよかったのはミルクを選べるところよね。一番美味しいものを一番美味しいときに口にできる。ミルクに違いがあるなんて都会の方々は知らないのでしょう。もったいない。

 ガサガサとカデルが封を切ると清涼感のある香りが鼻腔をくすぐった。

 いつからだったかしら。こんな気の利いたことをするようになったのは。いや、学園に行ってわりとすぐだったか。3通目が届くころには香水が振られていたと記憶している。なぜ覚えているかって? 実のところダメな匂いだったから。なので止めてほしいと返事をしたところ“この世の終わりのように打ちひしがれてた”とリナが教えてくれた。3人仲良くしているようでなにより。

 うんうんと一人頷きながら手を止め、目が飛んでないか確認する。慣れてはいるけど流れ作業的に手を動かしていると時々間違えちゃう。よし、今日はちゃんとできてる。パチリと糸を切った。

 模様がシンプルだから単調になってしまうかもと懸念していたけれど、逆に無地場を楽しめてこれはこれでいい感じ。冬場の内職用のサンプルとしては合格点。手作りの織物や編み物製品は通年そこそこに需要があるのよねぇ。新作ができるかも。購入したものを自分がやったと詐称して誰かに渡している? いいんじゃない? その後にどう転ぶかまでは知ったことではないし。


「カデル兄、アレク兄なんて?」

「めっちゃ簡単に言うと学園で局所的にそれはそれは見事なお花畑が誕生してるってさ」

「詳しく」


 でも最近マンネリ化してきたなと思う。こだわってるのは手作り部分だけとはいえできることは限られているからいきなり突拍子もない新しい何かを作り出すのが難しい。アイデアばかりを突き詰めてもすぐに飽きられてしまう可能性が高い。結局堅実に今まで通り続けていくのが一番いいと落ち着くのよねぇ。領民の皆さんも趣味でいろいろやってるからそっちを見せてもらおうかしら。


「家庭の事情で入学が遅れていた自称令嬢が愛嬌とは名ばかりの色目使って特定男子を骨抜きにして全校女子を敵に回した」

「でもそれでレオン兄が爆笑してるってなんで? リナ姉も笑ってんだろうけど」

「スカイ、ここは少し想像力がいる。が、難しくはない。御伽噺と女児向けの絵本ぐらいの知識でいい」

「学園に通う年ごろの貴族女性が狙うものってな~んだ?」

「よりよい就職先」

「やだ。我が家的に満点の答え。あたしたちもいいとこ見つけようね」


 ベルとカデル、スカイは来年――次の春から学園生。今通っている3人が入れ代わりで卒業。3人とも戻ってきそうなのよね。王都やスカウト受けたところで働くのもよしと言っていたにも関わらず。外の世界を見ることもまたいい学びだと思うのだけど、家とその周りのために働くのが一番いいと言い切ってくれた。…ねえ、わたしの弟妹ほんとかわいいでしょう!


「ただ一般的にはそれじゃないんだよなぁ。特に夢見る夢子さんの場合は」

「あ、わかった。より身分の高い、あるいは金持ちの旦那だ。自分のステータス丸無視して高望みするからすぐに破綻するあれだ。ああいう人って自分に自信しかないとこがふっしぎ~」

「他力本願の時点でクレバー谷に落ちればいいのにね」


 クレバー谷はうちの領地でそこそこ知名度が高い渓谷のこと。規模はそこまで大きくないけれど傾斜が60度を越え、深さが10メートルほど。下はもちろん川が流れており足場はよくない。自力での脱出はほぼ不可能なため落ちたらニアリイコール死。谷やその周囲に目ぼしいものが自生しているわけでもないので領民は絶対に近寄らない場所の一つ。野生動物も避けて通る場所。妹の嫌味の切れ味が素晴らしいわ。


「てことはつまりアレク兄も巻き込まれ?」

「外面取り繕ってなくても王族に次ぐ身分に見た目王子様、成績も上位もキープして教員の覚えもめでたい。ハイエナが群がる理由しかない」

「うーわー。めっちゃ機嫌悪いアレク兄が見える。でもレオン兄は? レオン兄も見た目王子様」

「聞いたこともない子爵家ってだけで落選」

「あとリナ姉と一緒だから付け入る隙がないでしょ」

「…なるほど。レオン兄が爆笑するわけだ」


 実際見たわけではないけれどそんな感じなのでしょうねぇ。なかなかない学園生活を送っているようでなによりだわ。

 山と緑と動物、時々人に囲まれたここは個人的には気に入っているけれど他者との関わりがどうしても少なくなってしまうのはよくないかもと思ってるから。繁忙期に入ると2週間ずっと羊の毛刈りとか、1か月ずっと乳製品加工工場に缶詰だとか珍しくない。想定外に事業が波に乗って慢性的な人手不足になりがち…。領民の皆さんの負担にならないようにしなくちゃね。

 やっぱり流通に制限をかけとくのが一番かしら。僻地の人間が何を偉そうにと言われそうだけど実害なければ問題なしね。よし、その方向で調整していきましょう。


「―――ん? なあに?」


 弟妹の仲良し談義をBGMに今後の方針を見直していたらじっと見つめられていた。なでなでかしら? おいでおいで。


「ちがっ…、わなくはないけど。お願いします」

「ずるっ! 姉さま、次あたし。――じゃなくて。姉さま、気になんないの?」

「毛織物は伝統工芸として残していきたいから事業の拡大化は考えてないわ」

「ちがうちがうちがう。仕事の話じゃない」


 3人が口を揃える。ほら仲良し。


「アレク兄の横を狙ってる世間知らずさんがいるみたいだけど、気になんないの?」


 ああ、その話。問われてほぼ反射的に答えた。


「登場するのが10年遅い」


 それ以外言うことがない。

 先にあの子を手放したのは世間でしょうに。今さら何を言っているのだか。

 その当時は子どもだったというのは言い訳でしかない。子どもだから何をしても許されるなんてことはないのだから。むしろ同世代の子どもたちにもあの子はひどく傷つけられた。心の傷はよほどのことがない限り一生背負っていかなければならない。

 きっぱりすっぱり言い切るとベルたちがきらきらした目でこちらを見つめてくる。


「奥様の威厳が素晴らしい…」

「まあ、姉さまと比べられる相手の方が気の毒だな」

「それにあの子はその他大勢は見えてないから。認識すらされてないでしょうね」


 どんな人間にもその人の物語がある。幸せも不幸も比べることなんてできない。

 けれど客観的に見てもあの子の幼少期はいろいろと問題が積み重なっていた。重なるだけでなく絡まりあっていた。問題の折詰ってできるんだと気が遠くなったことを覚えている。その状態から世間に出ても恥ずかしくないほど立派になったのはひとえに本人の努力と強い意思に他ならない。

 彼の隣を望むのであればそのときに傍にいなければならなかった。少なくとも手の届く範囲に。


「絵に描いたお姫様のような人もそれなりにいるからちょっとよそ見するかなーって思ってたけど」

「なかったな。びっくりするくらい姉さましか見てないもんな。知ってた」

「今さら出てきたところで、ねえ…。姉さまに勝てるところなんて一つもないのに」


 それは買い被り。

 本当に。どうしてこうなったのだか。

 今世は家族と動物に囲まれて経済的に少し裕福な暮らしをするつもりだったのに。いや、おおまかに言えばその通りに生きてはいるのだけれど。

 そこにいくつも年下の旦那様がいる予定はなかった。




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