第5話「レビュー荒らし対策:公開ログの力」
朝、板に数字を書こうとした瞬間、ミナが駆け込んできた。
「カイさん、星が落ちてます!」
小屋の脇に立てた集計板——レビュー平均が4.82→4.21に沈んでいた。
レンが顔を青くする。「事故、出ました?」
「出てない。言葉で殴られてるだけだ」
広場の端、見慣れない文体の短文が並ぶ。
★☆☆☆☆ 笛がうるさい/最悪
★☆☆☆☆ 苔くらい持ち帰らせろ/自由がない
★☆☆☆☆ 管理人が横柄/説教癖
★☆☆☆☆ 屋台が高い/管理人のマージン?
★☆☆☆☆ 星五を強要された/恐喝
「連投です」ミナが唇を噛む。「時刻は夜半から早朝に集中、同じ誤字が多い」
「荒らしは群れで来る。ログで返す」
俺は板の横に新しい紙を貼った。《公開回答テンプレ v1.0》。
事実(ログ/時刻/導線)
手順(規約/理由/代替)
感謝(指摘の価値を承認)
改善(即時/予告)
お願い(次に困らないための一文)
反論は殴り返しじゃない。順番が武器になる。
ミナが深呼吸し、一本目の回答を書く。
ご指摘ありがとうございます。笛がうるさい件、昨日22:10〜22:35のログを確認しました(白丸・黄三角・黒四角)。観覧枠では注意喚起の一本、救護の二本のみ運用です。該当時間、救護二本がありました(湿り蜘蛛の接近・退避成功)。鳴らした理由が救護であるため、現状は規約どおりです。
改善:夜の回は蓄光矢印を増設し、笛の本数を減らせるようにします(二日内に実施)。
お願い:一本=注意、二本=救護の運用にご理解ください。
レンが二本目を書く。
苔の持ち帰りについて。観覧は観覧専用、採取は周回導線で申請制です。昨日19:40、光苔前で短剣による採取試行をログで確認(指導→是正済)。理由:苔の“端”が十人で穴を作ります。代替として、苔模様の紙札を今週末から配布します。見えたものを持ち帰れる形で。
三本目は俺が取る。
管理人が横柄の指摘。言葉の強さは反省します。夜回は隊列維持が安全の核であり、短文指示が増えました。改善:夜回の合図を歌の二小節で統一し、言葉数を減らします。
四本目、屋台。屋台の親父が腕を組み、耳を赤くしている。
屋台価格について。管理人のマージンはゼロです。条件(蓋/穂先保護/袋)を満たす屋台のみ広場内で営業可。高値の指摘は真摯に受け、混雑料金の撤廃をお願いしました(屋台側了承)。改善:夜回の前後10分は割引を導入。
五本目、星五強要。
星五の強要はしていません。レビュー導線は“楽しい直後に書ける道”として設計しましたが、星数の指定はしていません。お願い:良い点と改善点を一行ずつ、記録として残していただけると助かります。
回答を貼ると、ざわつきが静に変わる。
だが——荒らしは次の手を持っている。昼前、外部掲示板写しの紙が貼られた。
「鈴、うるせえ」「観光地かよ」「暗殺者泣かせ」
文の端に、**「対岸ダンジョンの名」が匂う。隣町のBダンジョンだ。あそこは“スリルで稼ぐ”**方針だと聞く。
対岸からの冷たい風を感じつつ、俺はログ板の下に比較図を追加した。
公開ログ:迷洞グレイン(昨日)
・観覧:白丸 6枠 → 遅延ゼロ
・周回:黄三角 2枠 → 交差ゼロ
・救護:赤点 0
推定ログ:Bダンジョン(公開資料なし)
・事故:噂ベース(週2〜3件)
・救護:不明
・導線:未公開
「喧嘩を売るんですか」ミナが眉を寄せる。
「売らない。比較する。公開している側だけが殴られる構造を、可視化する」
比較は論破じゃない。透明度の差を、静かに見せるだけだ。
午後、第三の波。今度は星五連投が増えた。
★★★★★ 最高! 管理人神!
★★★★★ ここしか勝たん!
★★★★★ 星五以外ありえん!
「擁護爆撃……これも歪みますね」
「味方にも、順番で返す」
俺は**《公開回答テンプレ v1.0》を“擁護用”**に反転した。
感謝
事実
改善(浮つかない約束)
お願い(星の内訳)
応援ありがとうございます。昨日のログは事故ゼロ/遅延ゼロでした。改善は続けます。お願い:良い点を一行、改善点を一行でお願いします。満点の山は、足場になりません。
星五の熱が少し落ち着き、コメントに具体が戻る。
その隙に、俺たちは手順書を0.93へ上げた。「見る→冷やす→固定→知らせる」の前に「離す」を追加。見物人の善意の手が、負傷部位を悪化させるのを避けるためだ。
レンが図に**“指の絵”を描き、斜線で消す。「触らない、が絵**だと伝わる」
「良い。絵は翻訳だ」
夕方、影が現れた。鈴は外している。
「管理人。外、荒れてるぞ。『鈴がうるさいから、鈴を盗れ』って書いてる」
「盗る手は無音で来る。——音で返す」
俺は受付台から小箱を取り出す。《無音化箱》。
レビューの紙を透明な封筒に入れ、箱の中に一定時間入れると、掲示板上では薄く表示される。読めるが目立たない。
「検閲か?」影が目を細める。
「可視性調整だ。根拠のない断定/個人攻撃/誘導は薄く、事実/体験/提案は濃く。手順は人を守るが、言葉の手順も人を守る」
影はしばらく黙ってから、短く笑った。
「鈴より賢い鈴だな。——俺の連中に、『文は具体に、走りは青で』って伝える」
「助かる。青は別導線。交差は事故の母だ」
夜回の前、公開回答テンプレ v1.1を掲示した。“お願い”の文末に「次に困らないあなたへ」を加える。
荒らしは今の誰かを攻撃する。だが、未来のあなたに語りかければ、火は燃え移りにくい。
夜回。
隊列は静か、光苔は薄青。曲がり角で、少年が小声で歌う。「二歩、二歩、三呼吸」。
戻ると、板の前に古参のハンマー男が腕を組んで立っていた。
「管理人、星は揺れるな」
「水面だ。風が吹けば揺れる。でも、底が見えてりゃ船は出せる」
男は紙を置く。
★★★★☆ 荒らしは風。ログは底。飯はうまい。
「一個減らした」
「余白は信頼だ」
終礼。数字を並べる。
平均4.21→4.56まで回復。星一連投 23件→“無音化”22件/要対応1件。擁護連投 19件→テンプレ誘導で具体コメント化 14件。事故ゼロ、遅延ゼロ。
ミナが肩で息を吐く。「燃えましたが、広場は温かいです」
「炎上は暖房に変えられる。空気を回せば」
板の隅に小さく書く。《公開回答テンプレ v1.2 予告》
見出しを“質問形”に(読む人の脳が整理される)
次の来訪で使える“合言葉”(回答を読んだ人だけ、講習で小さな特典)
レンが手を挙げる。「合言葉、何にします?」
「『二歩で助け合う』。短く、行動に結びつくやつだ」
笛を一本。終わりの音が、今日も揺れを沈めた。
本日のKPI(結果)
事故ゼロ(連続5日)/遅延ゼロ
レビュー平均 4.56(荒らし波後に回復)
星1連投 23件 → 無音化22/要対応1
星5連投 19件 → 具体コメント14
回転率 145%/講習参加率 81%
救護手順書 0.93(「離す」を追加)
公開回答テンプレ v1.1 運用開始
次回予告
第6話「屋台通り計画——ダンジョン前は市場になる」
——待ち時間を“浪費”から“投資”へ。一時預かり台、矢印屋台、安全演目。匂いと音と光で導線を編み、町の経済を回す。