第4話「闇ギルドの“無音周回”と規約更新」
翌朝の朝礼は、看板の句読点から始まった。
小屋の前に新しい板を二枚。片方は規約更新1.1、もう片方は周回申請案内。字は大きく、行間は広く、比喩はゼロ。
規約1.1(抜粋)
・夜の観覧枠は観覧専用。戦闘・採取・追抜き禁止。
・周回行為は申請制。別導線で動線分離。
・無音靴(布巻き含む)使用時は鈴タグ装着義務。
・行動記録はログに公開(顔は隠す)。
・違反は無効札+72時間入場停止。
ミナが掲示板の下に、短い説明を足す。「——歌の時間は、歌のために」。
レンが隣の案内板を叩く。
周回申請:朝礼後の三分
・目的(訓練/採取/走破)
・装備(靴/武器/補助具)
・想定周回数(最大3)
・鈴タグと黄バンドを受領、別導線へ
「鈴、ってほんとに鳴るんですか?」レンが二つを指に掛けて振る。
軽い金属音が二度、ちりん、ちりん。
「鳴るよ。音は邪魔だ。でも、情報は味方だ」
朝礼の最後、俺は声を張る。
「規約は敵を倒すためじゃない。味方を減らさないためにある。今日、行動記録の公開を始める。顔は隠す、タイムスタンプと動線だけ出す。良い動きは褒める、悪い動きは直す」
案の定、反発は来た。
広場の端で、黒い布の男——昨日の影——が腕を組む。後ろに二人、同じ布の若者。
「管理人。ログの公開は、嗅ぎつけを呼ぶ」
「隠れて走る者より、見える手順のほうが速い」
「お前の速さは町の速さ。俺たちの速さは影の速さだ」
「その二つを分けるのが導線だ」
沈黙。やがて影は片手を上げる。降参ではなく、申請の合図。
「申請、受ける。訓練一周。道具は無音靴と短棒。人は三。鈴は付ける」
「鈴は黄。観覧者は白。——走るのは別導線だ」
申請は三分で終わる。俺は三人に黄バンドと鈴タグを渡し、地図に別導線を青で引いた。
「すり抜けちゃ駄目ですか?」と若い二人の一人が訊く。
「青は交差禁止。交差は事故の母だ」
影が口角をわずかに上げる。「母、か。覚えた」
午前、ログ公開の準備を進める。
小屋の壁に鏡板三枚。監視穴から反射させた動きを、板上の動線図に重ねる。タイムスタンプは砂時計の印。
ミナが記号を整える。
「観覧は白丸、周回は黄三角、スタッフは黒四角。——赤は?」
「退避だ。今日も出さないで済むのが一番いい」
レンは板書係。小さな手で矢印を引きながら、時々振り返る。「カイさん、顔は隠すんですよね」
「隠すものは常に少なく、見せるものは役に立つ範囲で大きく」
昼、最初のログ公開。
昨日の夜回の図を貼り出すと、広場がざわついた。
白丸のゆるやかな往復の中を、細い灰色の線が二度、通路を横切っている。灰色はスタッフの未分類。
「これ、闇ギルド?」と誰かが囁く。
「腕試しだ」と俺はだけ答える。名指しはしない。詮索は燃える。燃えると、走りに火が移る。
その時、町の治安係がふらりと現れた。帽子のつばを上げ、板を眺めている。
「記録が整ってるな。学の匂いがする」
「匂いは実務で消せます」
「いや、匂いは残していい。学は愚直さの香料だ」
彼は板の隅に目を留める。「72時間の停止、甘いかもしれん。次がある連中だ」
「次をこちらの線上に引くのが目的です。外でやられるより、ログの中で直す」
午後一、影たちの訓練周回。
鈴の音がちりりと揺れ、黄三角が青の導線に沿って滑る。
速い。だが、見える。
第二層の角、黄三角が白丸に近づく場面で、影が肩で合図を出す。白丸が二歩退る。講習の三歩からの応用だ。
俺は板に星を一つ描き、「良:合図+二歩」と書いた。
観覧者たちがざわめきながらも笑う。「鈴、便利なんだな」
「耳が目になる」とミナ。
周回は遅延なく終わり、影たちは申請どおり一周で切った。
影がログ板の前で立ち止まり、目を細める。「見えるのは落ち着かねえが、約束は守られた」
「約束は速度を上げる。次に来るとき、あなたの速度はここに残る」
影は肩を竦めて去った。鈴の音が遠ざかる。
問題は別ルートから来た。
昼過ぎの観覧回で、若い冒険者がスマートに規約を破ったのだ。
白丸の列の一人が、光苔の前で短剣をそっと抜き、苔の端を削り取る。
ミナがすぐに笛を二度。俺が前に、レンがしんがり。
「観覧専用。採取は周回導線で」
「苔、ちょっとくらい……」
「ちょっとが十人で穴になる。穴は崩れる。崩れは人を連れてくる」
男は肩をすくめ、短剣を収める。
「ログに残る?」
「残る。顔は出ない。行為と時間が出る。——次に恥をかかないための、自分への手紙だ」
彼は黙って頷いた。
俺は板に『悪:採取→即指導(停止なし)』と追記する。悪は書いて薄める。
このやり取りが広場で可視化されたことの効果は早かった。
夕方の回から、苔前で自発的に二歩下がる客が増えた。ログは教育にもなる。
夕方、屋台の親父が小声で呼ぶ。「管理人さん、こいつ、偽装笛だ」
見ると、屋台の陰で笛を売る若者がいる。形は同じだが、穴の位置が逆。吹くと、狼笛のような嫌な音色だ。
「回収。穴を正規に開け直す」
「金は?」
「屋台割に換える。——笛は言葉だ。方言は混乱になる」
若者は肩を落として笛を渡した。ミナがその場で穴を補正し、刻印を押す。レンは横で手順書0.92の草稿に『笛の正規寸法』を描き足した。
夜回。
観覧枠十、周回申請ゼロ。
昨日より静かで、昨日より安心。
終盤、通路の膨らみで、白丸の老夫婦が道を譲り合って止まった。
譲り合いすぎると詰まる。
俺は小声で歌を一小節。二歩、二歩、三呼吸。
歌は合図になる。合図は、秩序の匂いになる。
老夫婦は笑って二歩ずつ下がり、列が流れ直した。
終礼後、古参のハンマー男が板の前に立つ。
「ログ、面白ぇな。俺、昨日ここで砂を撒かなかったのが、一目で分かる」
「次は撒く」
「撒く。——それと、黄三角の連中、速いがぶつからねぇ。鈴、効くな」
「効く。うるさいものは嫌われるが、うるさくない音は世界を整える」
男は紙を置く。レビューだ。
★★★★★ 鈴は鳴れ。苔は見るだけ。ログは恥ずかしいが効く。飯はうまい。
「星、今日は五だ」
「ありがとう。飯の情報は過剰でも嬉しい」
数字をまとめる。
事故ゼロ。周回申請3名→遅延ゼロ/交差ゼロ。採取違反1件→即是正。偽装笛回収12本→正規化12本。平均待ち時間9分。レビュー平均4.82。
救護手順書は0.92へ。『見る→冷やす→固定→知らせる』の矢印を二重線に。混乱時は太い線が助けになる。
ミナが掲示板に規約1.2への予告を小さく貼る。「周回の定量枠、明日から1時間あたり2組に」
「減らす?」とレン。
「夜回の安心が育つまでは、速さは少ないほうが速い」
レンは不満そうに唇を尖らせ、でも頷いた。
「じゃあ、明日は歌を増やします」
「歌は規約に書けないが、規約の外を支える」
見張り台で、短く笛を一本。終わりを知らせる音は、今日も良く響いた。
終わりの音がある場所は、違反も、改善も、区切りが付く。
本日のKPI(結果)
事故ゼロ(連続4日)
周回申請 3名/1周(遅延ゼロ・交差ゼロ)
観覧中の採取違反 1件 → 即是正/停止なし
偽装笛 12本回収 → 正規化12本
平均待ち時間 9分(目標:≤15分)
レビュー平均 4.82(目標:4.6↑)
救護手順書 0.92 へ更新
規約 1.1 公開/1.2(周回定量枠)予告
次回予告
第5話「レビュー荒らし対策:公開ログの力」
——“星”は気まぐれ、ログは実直。評価合戦の火に水を差すのは、記録の具体か、それとも新たな炎上か。公開回答テンプレ、反論の順番、荒らしの“無音化”。