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第2話「タイムチケット導入。行列は“資源”だ」

 翌朝、町の鐘が二度鳴るころ、俺は受付小屋の前に白い板を立てた。手掘りの字ではなく、ミナが夜通し清書してくれた時刻表だ。

 九時、九時二十分、九時四十分……二十分刻みの枠。枠ごとに入場人数の上限と、滞在推奨時間四十〜六十分。通路は昨日の再設計で一方通行になった。回遊式にすれば、帰る人と入る人が同じ場所で詰まらない。


「チケット、紙で足りますか?」ミナが束を持ってくる。色違いの厚紙に、時刻と入場口の記号、そして連番。

「紙は今日の分で十分。重要なのは目印だ。遠目でも時間が分かること」


 俺はレンにハサミを渡し、厚紙に切り欠きを入れさせる。九時台は三角、十時台は丸、十一時台は四角。形と色の二重表現。読み書きが得意じゃない客でも、手首のリストバンドを見ればスタッフが対応できる。


「今日から行列は立ち止まる場所じゃない。育てる場所だ」

「育てる?」

「待つ人が退屈で怒ると、怒りは中に持ち込まれる。逆に、待ちながら準備できれば、中の事故が減る。行列の価値を上げれば、入場の価値が上がる」


 広場の隅では、昨日声をかけた屋台が準備をしている。焼き穀の香り、薄いスープ、果物の剥き売り。俺は条件を一つ付けた——熱い汁物は紙蓋を義務、串は穂先保護、砂糖菓子は袋入りのみ。

 屋台の親父が笑いながら渋い顔をする。「面倒だな、管理人さん」

「熱い汁は足に落ちる。足は歩く。歩く足が止まれば、行列が止まる。止まれば罠が混む」

「理屈っぽいな」

「理屈は怪我の反対側にある」


 九時。初回の客が集まってくる。夫婦、少年、旅人三人組、そして昨日の古参のハンマー男。彼は右肩を布で固定し、無言で九時四十分の青丸バンドを受け取った。目が合う。彼は短く頷いた。

 ミナが声を張る。


「本日のご案内です! 九時の赤三角のみなさん、こちらへ。二十分枠で順にご案内します。講習は任意ですが、講習済の方は中での滞在が短くなります!」


 行列が滑り出す。赤三角が入口へ、青丸が準備レーンへ。準備レーンでは、レンが昨日の三つの約束を読み上げ、笛の位置を確認して回る。

 俺は入口上の見張り台で、時計と板を見る。今日のKPIは三つ——待ち時間十五分以内/講習参加率75%/事故ゼロ。

 赤三角の最後尾が飲み込まれると同時に、準備レーンの先頭が入場。無理がない。呼吸が合うと、ダンジョンは静かに速い。


 十時を回るころ、予想外の問題が出た。転売だ。

 若い二人組が、十一時の黄色四角を十枚束で持っている。

「おい、兄さん。余ったら売ってやるよ。二倍な」

 並んでいた若い冒険者が苛立つ。「ルール違反じゃないのか?」

 俺は降りる。

「一人二枚まで。転売は無効。……その十枚、どこで手に入れた」

 男が舌打ちする。「早起きの勝ちだろ?」

「勝ち負けは中でやれ。こちらの勝負は安全と公平だ。——返してもらう」

「やだね。金を——」


 笛が短く二度、パトロール合図。レンだ。俺は軽く顎を上げ、ミナに合図する。

「記録、撮影、無効穴」

 ミナは手元の刻印札に二人組の顔と時刻を写し、穴のついた無効刻印をバンドに押す。穴が二つ空けば入場ゲートの針に引っかかり、通れない仕掛けだ。

「返金は?」と男が唸る。

「購入は無効、返金なし。屋台の割引に換える。——腹は満たせる」


 ざわめきが波打って消える。俺は男たちを広場の端に隔離導線で誘導し、短く言う。

「次は買える。一人二枚まで。朝礼から来い」

 彼らの背中が遠ざかるのを見送り、レンが胸に手を当てる。

「怖かった……でも、うまく穴が刺さりました」

「仕組みで止められる問題は、人が怒る前に止める」


 十一時半。広場の空気が変わった。楽隊が来たのだ。焼き穀屋の親父が呼んだ、太鼓と笛の若い連中。彼らは準備レーンの脇、退避線から外で短い曲を鳴らし、聴衆が自然に左右へ広がる。

 人が集まっても、通路は詰まらない。音は、秩序の壁にもなる。


 昼過ぎ、初の本格トラブル。

 青丸の枠で入った旅人三人組の一人が、地図を無視して逆走を始めた。

 監視穴からの反射鏡に映る。無音、早歩き、単独。闇ギルドの“周回屋”の手口に似ている。

「ミナ、逆流手順。レン、講習済の客へ退避合図」

 俺は通路の途中にある落差段へ走る。逆走が来れば、ここで止められる。

 ほどなく灰色の上着が見えた。男は俺を見ると口角を上げ、身を沈める。すり抜ける気だ。

 俺は段の縁に、昨日仕込んだ案内灯を点ける。白→黄→赤。

「赤は退避。あなたは黄だ」

「道は空いてる」

「あなたの後ろが詰まる。詰まりは事故の母だ」


 言葉は届かない——ように見えた。だが、後ろから笛が二度。講習済の夫婦だ。男は舌打ちし、白の矢印へ素直に乗った。

 俺は段で彼の袖を軽くつまむ。

「周回は申請制。明日の朝礼で、別導線を渡す。今は客が多い」

 彼は肩をすくめ、去り際に囁く。「手際がいいな、管理人。儲ける匂いがする」

「儲けの匂いは、無事故の上にしか立たない」


 午後、行列の価値が数字に変わり始めた。屋台の売上は想定の一・二倍、講習参加率は七八%。待ち時間は最大でも十二分で安定した。

 俺は板にレビュー導線を描き足す。入場後に小屋へ戻る導線と、そこから屋台通りへ抜ける**“二度目の快”。

 人は楽しい記憶の直後に、評価の言葉を出しやすい。言葉が集まれば、明日の客が今日より準備**して来る。


 夕方近く、昨日の古参のハンマー男が小屋の段にどっかり座った。

「よぉ、管理人。今日は砂、撒いたぜ」

「肩は?」

「まだ痛ぇが、手順は覚えた。……それと、少年を見た」

 レンがぴくりと顔を上げる。

「首から笛をぶら下げて、親の前で吹いた。親父が顔をしかめやがったが、母親が笑ってた。**“生きて帰る音”**だってな」

 男は懐から紙を出して俺に渡す。今日のレビューだ。


★★★★★ 砂は撒け。笛は吹け。手順は守れ。飯はうまい。

「星を増やすのは簡単じゃないがな。退屈じゃなかった」

「それが一番むずかしい」


 日が山の向こうに落ちるころ、俺は数字を集計する。

 事故ゼロ。待ち時間、平均十一本。講習参加率七九%。回転率百四十七%。レビュー平均四・七八。

 ミナが小さくガッツポーズをする。レンは手帳に、今日覚えた言葉を書きつけている。

「明日は?」とミナ。

「予約の前払いを試す。無断キャンセルが出る。——あと、夜の回を一枠だけ開ける」

「夜の……危なくないですか」

「危険は増える。でも、導線は見える。夜にしか見えない苔の光がある。観光資源だ。——もちろん、基準が先だ」


 広場に灯りがともる。屋台が片づけ、楽隊が最後の一曲を鳴らす。

 俺は見張り台に登り、空に短く笛を吹いた。呼ぶためではない。終わりを知らせるためだ。

 終わりの音がある場所は、明日が始めやすい。


本日のKPI(結果)


事故ゼロ(連続2日)


平均待ち時間 11分(目標:≤15分)


講習参加率 79%(目標:75%)


回転率 147%(目標:140%)


レビュー平均 4.78(目標:4.6↑)


次回予告


第3話「初心者講習と“逃げる導線”」

——講習を“十五分の儀式”から“三分の習慣”へ。夜回の光苔ルート、そして最初の救護手順書公開。

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