第13話「“祭と災”の境目——年一行事の安全設計」
年に一度の風灯祭が近い。
広場には紙灯籠の骨が積まれ、屋台は二倍に膨らみ、楽隊は胸を鳴らしている。
朝礼の板に、新しい見出しが三つ並んだ。
《祭り導線 v0.9》/《臨時青の封印》/《火器F→S→V(Vent)》。
「今日から祭モード。回すのは拍、増えるのは流量」
俺は粉で地面に二重環状の矢印を描く。内側が観覧回、外側が屋台回。二つは四つの橋(渡り口)でだけ交わる。
「混ぜずに渡す。渡る場所が橋、渡らない場所は壁だ」
矢印屋の老夫婦が、壁用に帯旗を刷る。白は進行、黄は退避、赤は“今は通さない”、そして新色藍は**『祭限りの一方通行』**。
レンが旗の端に小さく「祭」の印を入れた。「日常と混ざらないように」
「臨時青の封印を宣言」
青導線は封印、周回申請は停止。代わりに**“青の見学”を窓にする。
影が腕を組み、「骨は休める」
「祭は骨で支える。走りは明日に残す」
「鈴は?」
「-10dBで橋上のみ**。広場は襟光で呼吸を見せる」
火器手順は一段伸ばした。
F→S→V。
F(Fire):発生源の特定/蓋の扱い
S(Space):退避窓の拡張/人流の切替
V(Vent):風抜き路の確保/湯気・煙の逃げ
薬草茶の婆さんが笑う。「湯気の歌口を増やしゃいいんだね」
「歌口、いい言葉だ」
祭り導線の鍵は**“待ち”の変換だ。
俺は渡り口の手前に“間の台”を置く。低い台に絵地図**、点検ラリースタンプ、そして短い手話ポスター。
三指→円→切。
「二歩、二歩、三呼吸」を〇と指で通す。
ミナが板に**《三分講習:祭版》**を貼る。
① 〇——橋の前で一つ
② 二歩——灯籠の列は一歩広め
③ 三呼吸——歌が終わるまで待つ
午前、屋台検査。
揚げ餅屋、焼き穀、薄スープ、乾果、薬草茶に加え、今日から火口が増える屋台が八つ。
俺は温度札に加えて風札を渡し、火の向きと湯気の抜けをVで示す。
「青=上げ/白=維持/灰=角度変更。灰は風に従う」
親父たちは口で文句を言いながら、札を嬉々としてひっくり返す。
古参のハンマー男が**ぬくみ棒(油温計)**を覗き、「緑は気分がいいな」と笑った。
昼前、最初の膨張。
灯籠行列が広場を横切り、外側の屋台回がふくらむ。
俺は渡り口で〇を掲げ、楽隊に三呼吸の太鼓を落としてもらう。
一、二、三。
速い人が遅い人に拍を合わせ、列が薄く伸びる。
薄い列は速い。
影が隅で腕を組んで頷く。「曲に連れていく感じ」
「煽ると押し、歌うと運ぶ」
誤差は屋台から来た。
新参の炙り串屋が、香りを出そうと炭を近づけ過ぎ、赤札がちらつく。
ミナがF、俺がSで退避窓を開き、レンがVで帆布の隙間を上へ作る。
湯気の歌口が開くと、煙は上へ抜け、下の白がよく見える。
客の子が〇を作ってくれる。「三呼吸したら、煙いの消えた!」
婆さんが胸を張る。「歌口の勝利だよ」
午後、外部から祭り荒らしが来た。
紙灯籠の炎に手を突っ込む真似をして笑いを取る連中。
暴れ語も紙に貼る。「スリルが正義」「鈴いらね」
俺は無音化箱を橋から借り、薄表示へ送り込む。
同時に公開回答テンプレを祭版に差し替え。
事実:灯籠は火気、接触禁止(基準6-8)。
手順:〇→二歩→三呼吸で列を通し、火器F→S→Vで煙を逃がす。
改善:写真枠を設置(火と人の距離=二歩の印入り)。
お願い:灯籠の“風”を見てください。火は風の楽器です。
煽りは薄く、事実は濃く。
荒らしの笑いは風の中で薄まり、灯の音が戻ってくる。
祭の核心は夜だ。
光苔ルートは観覧のみ、襟光は俺とミナに。
灯籠行列が広場の外側、光苔が内側。
四つの渡り口で〇を置き、渡りを三呼吸で繋げる。
鈴は橋上だけ**-10dB**、広場は無音。手話と襟光と太鼓が拍を織る。
——事故の前兆は匂いで来た。
薬草茶の壺が鳴いた。
暑気と人いきれで、Vの風口が布に塞がれた。
湯気が撥ねる。
俺はF→S→Vを半拍で回す。
F:蓋の開度を半にし、火を一段落とす。
温度札は白のまま。
S:渡り口の黄を二歩分広げ、隊列を薄くする。
V:帆布の上縁を二箇所外して風抜き、吊り旗を斜めにして煙の向きを目で見えるようにする。
三呼吸で収束。
古参のハンマー男が肩を叩く。「Vが利いたな」
「湯気が歌う穴が増えた」
次の波は人の波。
灯籠の写真枠が当たり、外側の屋台回が立ち止まる人で重くなる。
止まるは罪じゃない。ただ、止まり方に拍が要る。
俺は止まり方の板を出す。
《止まり方の歌》
一歩外へ(外側に寄せる)
二指で〇(周りに呼吸を見せる)
三呼吸で交代(後方に場所を返す)
レンが写真枠の横で模範を演じ、ミナが〇を空に描く。
人は止まり、息を見せ、返す。
“返す”が入ると、祭は育つ。
橋上では、薄衣が十をやめさせ〇を振っている。
共同管理の初日としては上出来だ。
狭衣主任の書記が控えめに親指を立てた。
——不意の**“災”が来た。
灯籠の一列が子どもの手で傾き**、火が紙の下へ舐めた。
燃えは小さい、だが紙は速い。
俺はF→S→Vに**“K(Kill)”を一拍だけ噛ませる。
K=“刹”——炎の首を摘む行為。水ではなく、濡れ布で。
刹→F→S→V。
刹:濡れ布で下から****押す**(上から仰ぐと燃えが走る)。
F:蓋の角度をさらに落とす。
S:黄を広げ、〇を二つ並べて視線を外す。
V:風を上へ逃がす。
二呼吸半で消火。
子どもは泣かず、母親が〇を作る。
俺はひざまずいて二文だけ言う。「よく離した。よく見た」
母親は頷き、ありがとうも言わずに呼吸を見せた。〇はそれを言う。
終盤、影が静かに近づく。
「封印、効いた。青が祭に勝手に混ざらない」
「混ざらず並ぶ、が橋でも広場でも通った」
影は襟光の緑を指で弾き、「緑三つ、取ったやつがいる」と顎で示す。
青を休める日は、安定が星になる。
閉場。
灯籠は水でなく**“風”で消す。歌の最後に〇を一つ、太鼓は一打**。
屋台の火はF→S→Vで静かに降ろす。
終わりの儀式は平日と同じにする。
笛を一本——いや、今日は太鼓一打がいい。
音が厚く短く、よく通る。
終礼。
板には祭の数字が並ぶ。
流量×2の中、滞留最大 4呼吸/平均待ち 10分→11分(写真枠前+1)/講習参加率 88%(祭版)/回転率 150%/屋台・火器インシデント 0(刹1→負傷ゼロ)/レビュー平均 4.92。
青封印:違反0/橋上十カウント 0(〇で代替)。
止まり方の板:使用 63回→列の返却率 91%。
手順書は1.20へ。
祭り導線(二重環状+四橋)/臨時青封印/火器F→S→V+刹(K)/止まり方の歌/写真枠(距離二歩印)/祭旗“藍”を追記。
字幕表 v1.3に「刹=濡れ布で下から押す」を追加。
合言葉はミナが決めた。「火は風の楽器」。講習で言えた客には藍の小旗を一本。
古参のハンマー男のレビューは星五にぎりぎり触れない。
★★★★☆+ 止まり方が歌になった。返すが効く。飯はうまい。
「半は?」
「来年の分だ。祭は続くからな」
影は去り際に〇を作り、襟光を一度だけ緑に光らせた。
狭衣主任からは短い書状。「祭手順:仮承認——Vと刹、記述良好」
薄衣は橋の向こうから太鼓一打で返した。
終わりの音は、いつも通り短く、祭の夜に長く残った。
本日のKPI(結果)
流量×2(祭仕様)
平均待ち時間 11分(写真枠前+1)
三分講習(祭版)参加率 88%
回転率 150%
屋台・火器インシデント 0(刹1→負傷ゼロ、F→S→V即応)
青導線:臨時封印/違反0
橋上十カウント 0 → 〇で代替
止まり方板 使用63 → 列返却率91%
レビュー平均 4.92
手順書 1.20(祭り導線/青封印/F→S→V+刹/止まり方歌/写真枠/祭旗“藍”)
次回予告
第14話「“記憶の棚卸し”——祭の翌日に残すもの」
——祭は消える、記録は残る。点線譜の総括、事故未満の芽の刈り取り、“返す”文化の定着。そして、青を解く明日、骨はどう鳴るか。