第12話「“橋の合議”——混ざらず並ぶための条文」
朝礼の板に、橋が一本、白墨で引かれた。
《橋上合議 v0.9》——比較の言葉/共通拍プロトコル/橋上退避窓。
今日は対岸のBダンジョンと公開協議だ。王都標準局からは昨日の狭衣主任、対岸連合からは薄衣、町からは治安係、屋台の親父、楽隊、矢印屋の老夫婦、そして古参のハンマー男。橋上に仮設の机を置き、旗矢印を短く並べる。
「比較の言葉は先に決める」
俺は板に太字で三つ書く。
同(互いに同じ)/異(違いを認める)/補(片方をもう片方が補完)
「喧嘩は“優劣”で起きる。今日は同・異・補の三択で話す」
橋の中央に拍を置く。
楽隊が二歩、二歩、三呼吸の三小節を低く鳴らす。
字幕も並べた。退避距離0.8×2/群集密度≤0.9/整呼吸3拍。
歌と数値を同時に置けば、どちらの言語でも話せる。
薄衣が黒衣を揺らして現れた。「橋で会うのは嫌いじゃない」
狭衣主任は巻物を開き、短く告げる。「合議開始。まず観覧枠について」
1. 観覧の同:視ることの速度
対岸は“スリル観覧”で稼ぐ。こちらは“見える安心”。
俺は公開整備の視覚資料(落とし戸の荷重、影矢印、弱音笛)を並べ、遅延数値を貼る。
「同:視るは速度を落とさない。平均待ちは十→九分へ改善。遅延ゼロを見学二段化で維持」
薄衣は肩をすくめ、「同、視るのは速い」と認めた。
狭衣主任が「記録納付」と鉛筆を入れる。
2. 周回の異:音と沈黙の訓練
薄衣が“音を殺す訓練”の必要性を説く。
「異:我々は鈴で可聴可視化するが、そちらは無音で闇に慣れる」
俺は青導線無音試行のログを点線譜で見せる。
「補:襟光で呼吸を可視、手話三式で拍を残す。無音は放埒ではなく節」
薄衣は襟光を二度弾き、うなずく。「補、骨に合う」
3. 橋上退避窓:混ざらず並ぶ
橋は双方の群衆が出会う場所だ。交差は事故の母。
俺は橋上退避窓の設計図を広げる。
・窓幅=二歩×2、間隔=旗三本ごと
・白旗=通行、黄旗=退避、青〇=無音通過
・風札で角度調整(青=上げ/白=維持/灰=角度変更)
・ISL:窓での違反はInform→Separate→Log固定
楽隊が三呼吸の間を叩き、矢印屋が橋専用影矢印(反射率8%、長さ比0.6)をサンプルで刷る。
狭衣主任は「条件付承認。橋は共同管理で」と書いた。
薄衣が笑う。「共同は嫌いだが、橋は一つだ」
4. 共通“拍”プロトコル
歌の翻訳を共有規格に落とす。
狭衣主任と俺で、拍の相互運用表を作る。
白(観覧):一本=注意/二本=救護 ⇄ 手旗白×1/黄×2(対岸)
青(周回):三指→円→切 ⇄ 手刀→掌→十(対岸)
無音観覧:襟光緑=安定域 ⇄ 胸灯白=無事故
橋上:窓前で“〇”を必ず一度 ⇄ 十数秒カウント停止
薄衣が口に出して復唱する。「窓前で〇、十を数えない」
「十は見世物の拍、〇は呼吸の拍だ」
薄衣は笑い、「同、呼吸が勝つ」と言った。
5. 比較の言葉:暴れ語を捨てる
屋台の親父が手を挙げる。「掲示板に貼られる煽り文、どうすんだ」
俺は無音化箱と公開回答テンプレを橋上でも運用する提案を出す。
暴(断定・誘導)=薄表示、証(事実・提案)=濃表示
回答は事実→手順→改善→お願い、見出しは質問形
狭衣主任が「同:文の手順は安全」と記す。
薄衣は肩を竦め、「異、吠えるのも商売」とぼやくが、橋上だけは暴→薄に合意した。
合議は順調に見えた——が、橋の中程で風がねじれた。
時限見世物の連中が橋の袂で十を叫び、白の列が半歩早まる。
退避窓の黄に人が溜まる。
俺は共通拍の試験に移る。
白は一本、黄は二本。橋上は〇。
薄衣が手刀→掌→十を対岸に投げ、狭衣主任が黄旗を立てる。
拍が橋を渡り、十が消えた。
十は今の外にいる。〇は今の中にある。
滞留は三呼吸で解けた。
——が、もう一波。
対岸の若い周回者が青の無音に惹かれて、申請なしで橋の青へ滑り込む。
襟光なし、鈴なし。
俺は白旗窓を強制で開き、ISLを回す。
Inform:三指→切(戻れ)。
Separate:窓で青→白へ降格。
Log:橋上ログに**「無申請→降格」を即時掲示。
若者は笑って走り切ろうとする——
薄衣が無音で一歩出た。手刀→十。
対岸の手話が、こちらの窓で効いた**。
若者が止まり、〇を作る。呼吸が戻る。
薄衣が肩で笑う。「青は歌の内側。橋では混ぜない」
「混ざらず並ぶ」
狭衣主任の赤鉛筆が**「橋上ISL:運用良」**と走った。
合議は夕刻にまとまった。
《橋上合意書 v1.0(試行14日)》
1) 橋上退避窓:幅二歩×2、間隔旗三本、共同管理
2) 共通拍プロトコル:〇合図義務、十カウント禁止
3) 青導線:無音可は各陣営内部のみ。橋上は有音化(鈴-10dB)
4) 比較掲示:同・異・補で記述、優劣語禁止
5) 言葉の整流:暴→薄/証→濃、公開回答テンプレ併用
6) 違反処理:ISL共通・即時掲示・次回朝礼で申請誘導
薄衣が巻物に**“影印”を押す。
「影は夜に、鈴は青に。橋は〇**だ」
狭衣主任は「標準局追認:仮承認」と記し、短く笑う。「字幕は両岸に貼ること」
「歌に字幕」俺は頷く。
帰り道、橋の上で小さな事故が起きた。
屋台の荷車が窓に半分かかったのだ。
I→S→Lを回し、荷を軽くして押し戻す。
荷車の若者が額の汗を拭き、「すまん」と〇。
古参のハンマー男が肩をすくめ、「〇は便利だな。喧嘩の前に息が入る」
「息が入れば、言葉が選べる」
広場に戻ると、橋上ログが板に映る。
黄窓運用 7回(平均解消 3拍)/無申請流入 1→白降格/十カウント中止 3/比較掲示 更新2。
屋台の親父は薄塩水を持ってきて、「〇で飲むと旨い」と笑った。
終礼。
数字は橋越えでも崩れなかった。
平均待ち時間 9分/講習参加率 87%/回転率 149%/橋上滞留 最大3拍/レビュー平均 4.91。
合議項目 6→合意6(うち条件付2)。
手順書は1.16へ。
橋上退避窓設計/共通拍プロトコル(〇/十禁止)/橋上ISL/比較の言葉“同・異・補”/有音化閾値-10dB/橋上字幕掲示を追記。
字幕表 v1.2に**「〇=呼吸三拍(橋上義務)」を追加。
合言葉はミナが決めた。「混ざらず並ぶ」。講習で言えた客には橋上白札**を一枚。
薄衣は橋の向こうで襟光を指で二度弾き、〇を作って消えた。
狭衣主任は巻物を閉じ、「同・異・補、上出来」と残した。
古参のハンマー男は星を五つの寸前で止め、四つ半の紙を置く。
★★★★☆+ 橋で息が合った。〇は喧嘩の前口上。飯はうまい。
「半は?」
「対岸の明日ぶんだ」
笛を一本。
橋を渡る音は短く、息は長く。
終わりの合図が、両岸にきちんと響いた。
本日のKPI(結果)
平均待ち時間 9分/回転率 149%
三分講習参加率 87%
レビュー平均 4.91
橋上滞留:発生7 → 平均解消 3呼吸
無申請青流入 1→白降格/掲示即時
十カウント中止 3(共通拍プロトコル適用)
手順書 1.16(橋上退避窓/共通拍/橋上ISL/同・異・補/-10dB閾値/橋上字幕)
次回予告
第13話「“祭と災”の境目——年一行事の安全設計」
——年一祭が近い。流量二倍で拍は保てるか。祭り導線、臨時青の封印、屋台火器の拡張F→S。そして、歌は騒ぎに飲まれず、祭は歌に合わせられるのか。