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第11話「“青の中の無音”——速度と沈黙の境界」

 朝礼の板に青い線が一本、静かに引かれた。

 《青導線 無音試行 v0.1》——可視化器/境界標/無音合図/違反処理。

 歌に字幕が付いた昨日から、青の中だけ歌を変える約束が始まる。周回申請者は青、観覧は白、退避は黄。青の中では、鈴は無音にできる。ただし——見えることはやめない。


「可視化器、完成しました」

 ミナが抱えてきた箱には、“襟光えりびかり”と手書きのラベル。

 青導線の申請者に配る襟元用の小型反射器で、呼吸に合わせてごく弱く脈打つ。音を消しても、揺れが見える。

 レンが嬉しそうに首に付けて跳ねる。「ドク・ドクって感じ!」

「長音は出さない、短い生き物だけ見せる」俺は頷き、もう一つの箱を開ける。「境界標だ」

 境界標は青白格子の短柱。足元の青に垂直の**“見えの杭”**。三歩ごとに一本、視野に必ず入る位置で立てる。


 無音合図は手に入れた。

 “三指”——人差し指・中指・薬指を二拍立てる。“二歩、二歩”の置き換え。

 “円”——親指と人差し指で〇、呼吸三拍の合図。

 “切”——二本指を交差し**×**、退避。

 歌は縮んだが、拍は残った。**見える手話(仮)**だ。


「違反処理、どうします?」

「青の違反は青で止める。三段だ。

 I(Inform):三指→円で“戻れ”

 S(Separate):境界標の間に白旗を差し入れ、窓を作って流れを分ける

L(Log):襟光の点滅回数をログに記録(無音でも跡が残る)」

 ミナが板に書き込み、レンが手話の絵を描く。


 朝礼後、青導線の初申請は五名。

 先頭は、例の影。鈴は持っているが、今日は襟光だけが静かに脈打っている。

「無音、借りる」

「歌は変わるが、拍は同じだ」

「拍は骨だな」

「骨は折らない」


 試行一枠目。

 青は二層の外周回廊を回る。白と交差なし、黄の退避窓は二箇所。境界標が三歩ごとに立ち、襟光がドクと点で呼吸する。

 無音は、たしかに速い。だが、怖くない。

 見える呼吸が、見えない音の代わりに秩序を鳴らしている。

 影が二度、三指→円を出して曲がり角を抜けた。

 拍が合う。青の中の無音は、骨伝導みたいに静かに響く。


 ——二枠目で、最初の境界違反が来た。

 青の若い連中が速度に酔い、白の見学層に踏み込む。

 音がないぶん、勢いが減速を忘れさせる。

 俺はI→S→Lを一拍で展開。

 I:三指→円、戻れ。

 S:境界標の間に白旗を差す。白と青の間に窓が生まれ、青の流れがすべり戻る。

L:ミナが襟光カウントを点線でログ板に描く。“・・—・・”(戻り遅延0.6秒)。

 影が無言で二人の肩に手を置き、三指を再掲。

 若者の肩が息を思い出す。円が返ってきて、青はまた無音に戻った。


 三枠目、“目のない速度”が牙を見せる。

 退避窓の黄に、観覧の白が少し滞留。

 その隙間を狙って青の一人がスリット走法——肩幅ギリギリで抜けようとして、境界標に肩を擦った。

 音がないぶん、痛みの声が遅れて届く。

 俺はC→A→Bの前に**“視”を入れる。視→C→A→B。

 視:襟光の点滅頻度を確認(過換気兆候)。

 C:知らせる(白旗で窓を広げる**)。

 A:冷やす(布)、B:固定(肩テープ)。

 タグは黄。

 若者が息を整えながら手話で円を作る。

「呼吸三拍、覚えてるな」

「声がないから、手がよく覚える」

 無音は身体に近い言語を目覚めさせる。

 だからこそ、境界が要る。


 昼、ログ板の下に新しい欄を作る。

 《無音ログ》。

 音号の代わりに、襟光の**“点線譜”を貼る。

 ・・—・・=速度変化/・—・—・=退避合図/・・・・・・=過換気注意。

 古参のハンマー男が目を細める。「譜面だな。歌が点になってる」

「点でも、拍は逃げない」

「音がない歌は、骨が歌う」

「骨は折らない**」

「二回言ったぞ。縁起だな」


 午後、対岸が嗅ぎつけた。

 橋の向こうで笛が鳴らず、笑い声だけが風に乗る。

 無音の速度を誤解する声だ。「音がない=野放し」と解釈している。

 影が短く舌打ち。「無音は放埒じゃない。節だ」

「節を外にも見せる」

 俺は境界標の上に小さな旗を足す。青〇。“〇=呼吸三拍が聞こえている”の記号。

 外からも、青が呼吸しているのが見える。

 薄衣が来る前に、言葉を置く。


 三時、外部からの無音流入が起きた。

 申請なしの二人組が、青導線の入り口へ音もなく滑り込む。

 鈴も襟光もなし。

 影が三指、俺はSで白旗窓、ミナが笛二(救護ではなく入場停止の合図に変更した条文字幕付き)。

 I→S→LのLで、入場記録照合を即時に貼る。

 「申請なし=青不可。白に降りる/次回朝礼で申請」

 二人組の片方が肩をすくめ、白へ下がる。

 もう片方は笑って走り出す。

 影が無音のまま、二歩で前に出る。三指→切。

 手だけの短劇。

 走った男は、影の拍に負けて止まった。

 速度より拍が強い——“無音の秩序”は拍の力だ。


 夕刻、襟光の副作用が出た。

 呼吸の見栄だ。

 青の若い連中が点滅を速く見せたがる。速い=強い、と勘違いする。

 俺は襟光に**“安定域”の緑リングを足す。三拍±10%が緑、それを外れると黄。

 「緑が強い」と定義する。

 レンが襟光の緑に星を描き、“緑が映ってる自分を褒める日”を提案した。

「星集めは事故か?」と影。

「星の集め方次第だ。安定に星を置く」

「乱舞に星を置くと骨が折れる」

「骨は折らない」

「三回目だ。結界だな」

 俺たちは笑って、緑の星を三つだけ始めた。“緑三つで緑札”**。

 速いことではなく、安定に報酬。


 夜回——無音観覧を一枠だけ試す。

 白の列に襟光を一つだけ、先頭の俺に付ける。

 歌はさらに薄い。手話が前に出る。

 角で三指、広場へ戻る手前で円。

 光苔の青と襟光の緑が干渉せず、呼吸だけが浮く。

 老夫婦が手をつなぎ、〇を一緒に作った。

 音なしの拍が、優しい。


 終礼。

 板に**“青の中の無音”の数字が並ぶ。

 青申請 5枠/違反 I→S→L 対応 2件(戻り遅延0.6s/0.4s)/境界擦過 1(黄→固定)/外部流入 1(白降格)/無音観覧 1枠成功。

 平均待ち時間 9分、講習参加率 86%、回転率 148%、レビュー 4.90。

 無音ログに点線譜が残る。

 手順書は1.12へ。

 襟光(呼吸可視化)/境界標(三歩)/手話三式(三指・円・切)/ISL(Inform-Separate-Log)/緑リング安定域/無音観覧ガイドを追記。

 字幕表 v1.1に、“〇=呼吸三拍”を追加。

 ミナは合言葉を「骨は折らない」にした。講習で言えた客には襟光の緑シール**を一枚。


 古参のハンマー男は星を四つ半にして紙を置く。


★★★★☆+ 音なしの歌は、手が歌う。緑がうまい。飯はうまい。

「半は?」

「対岸の分。あっちが青を覚えたら、満になる」

「混ざらず並ぶなら、橋は渡れる」


 影は帰り際、襟光を指で二度弾いて言った。

「青の中の無音、骨が気に入った」

「骨は音がなくても鳴る」

「また明日、青で」

 笛は吹かない。

 代わりに、襟光の緑が一度だけ脈打つ。

 終わりの合図は、静かでよく響いた。


本日のKPI(結果)


平均待ち時間 9分(目標≤15分)


三分講習参加率 86%


回転率 148%


レビュー平均 4.90


青導線 無音試行:申請5枠/違反対応 I→S→L 2件(戻り遅延 0.6s/0.4s)


境界擦過 1件(黄→固定/再発ゼロ)


外部流入 1件(白降格/次回申請へ誘導)


無音観覧 1枠成功


手順書 1.12(襟光/境界標/手話三式/ISL/緑リング安定域/無音観覧)


次回予告


第12話「“橋の合議”——混ざらず並ぶための条文」

——対岸との公開協議。比較の言葉、共通“拍”プロトコル、橋上の退避窓。青は海を渡れるか、それとも影がもう一つの骨を持ってくるか。

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