正義のスーパーハッカー俺、今日も各地のコンピュータトラブルに立ち向かう
俺は若きスーパーハッカーだ。
言っておくけど、悪いことは一切してないぜ。
ハッカーってのはコンピュータで悪いことする奴のことじゃなくて“コンピュータに精通してる奴”のことだからな。
そこんとこ、きちんと理解しておいてくれよ。
朝、自宅を出た俺は、さっそくある企業に向かう。
とある大手の製薬会社。社員の一人がうかつに怪しいメールを開いたら、社内のコンピュータにウイルスが蔓延してしまったらしく、パソコンが全く使えなくなったとのこと。
製薬会社がウイルスにやられるなんて、笑い話にもならないよな。
さっそく俺は企業の担当者と会って、状況を確認する。
パソコンを立ち上げても、真っ黒な画面になってしまい、全く動かない。
話を聞くと、全社員のパソコンがこんな有様になってるらしい。
これじゃ業務にならないわな。
「どうでしょうか……?」
担当者が心配そうに聞いてくる。
どことなくあなたでも無理でしょ、というニュアンスが漂う。
ふん、心配するな。俺は一瞬でこのウイルスの対処法を思いついちまったよ。
「任せて下さい」
「大丈夫なんですか!?」
「5分で終わらせます」
「5分で!?」
俺は適当なパソコンを起動させ、それをいじり始める。
ウイルスによって全く動かないように見えるが、1%程度は機能が残ってる。これだけあれば俺にとっては十分だ。
キーボードを叩く俺に、担当者が尋ねてくる。
「何をなさってるんです?」
「ああ、ワクチン作ってるんです」
「えええええ!?」
まもなく作業が終わる。
エンターキーを叩く時は「ッターン」と音を響かせるのを忘れない。
さっそく急造ワクチンを社内のネットワークに蔓延させていく。
まるで夜が明けるかのように、どのパソコンの機能も蘇っていく。
ウイルスは完全に駆逐した。
この程度のウイルスなら、赤ちゃんの手をひねるより容易く滅ぼせる。
なんたって俺は、こないだ近所の赤ちゃんの手を優しく握ろうとしたら、嫌がられて叩かれて、ちょっと泣いちゃったもんな。
「終わりました」
「……も、もう!?」
「ついでにセキュリティも強化しておきました。10年ぐらいはどんなウイルスも弾き返せるぐらいにね」
担当者は絶句している。
「ああ、それと嘘ついてすみません」
「何をです……?」
「5分って言ったのに、3分で終わっちゃいました」
唖然とする担当者から報酬を受け取ると、俺はこの製薬会社を立ち去った。
次に訪れたのはスポーツジムを経営しているとある企業。
会員の情報をうっかり流出させてしまい、どうしていいか途方に暮れているとのこと。
普通、こんな具合に流出してしまった情報はもう諦めるしかない。
だが、それは並みのハッカーだった場合だ。
「流出した情報を可能な限り、消してもらえるとありがたいのですが……」
「分かりました」
俺はパソコンを借りて作業を開始する。
キーボードを叩いて、もちろんエンターキーの「ッターン」は忘れない。
「終わりました」
「ええっ、もう!? それで……どのぐらいの情報が消えましたか?」
「全部です」
「全部!? で、でもすでに保存とかされてしまったら、どうしようもないんじゃ……」
「そういうのも含めて、消えるようにしておきましたから大丈夫です。もし後でまだ流出情報が残ってると確認されたら、今回の報酬を10倍にして返しますよ」
俺は言い切った。
この程度の流出でなんでこんなに大騒ぎするのか俺には理解に苦しむね。
カップ焼きそばに入れたお湯を麺ごと流出させた時の方がよっぽど焦るってもんさ。
まさに朝飯前。あ、いやもう朝は食べたか。
その後、担当者に流出した情報はまだないか確認してもらったけど、ないことを確認できた。
俺は報酬と、向こうの好意でジム優待券をもらって、この企業を出た。
たまにはジムで汗を流出するのもいいか。
昼食を済ませ、午後に訪れたのはとあるゲームメーカー。
この企業はいわゆる悪いハッカー集団に脅迫を受けてるとのこと。
『新作ゲームのデータは頂いた。返して欲しければ金をよこせ』
こんな感じの内容だ。
ゲームのデータを拡散されたら、大損じゃ済まないだろうな。
仕方ない、悪いハッカーと一勝負といくか。
パソコンを借りて、その脅迫ハッカーとコンタクトを試みる。
うん、うん……うん。
結論から言うと、勝負にもならなかった。
「終わりました」
「終わった……というのは?」
「ゲームのデータは取り戻しましたし、ハッカーどもの居場所は分かりましたので、通報しておきました。きっと動いてくれるでしょう」
「えええええ!?」
まったく歯ごたえのない連中だった。ド素人だ。エンターキーを「ッターン」するまでもなかった。
この程度の連中がハッキング世界に入り込んでくるんじゃないっての。バットとグローブ買ってもらったばかりの子供がプロ野球の試合に出るようなもんだ。
どうでもいいけど、ハッキングの王様がいるとしたら、“ハッキングキング”?
語呂悪っ……。
次の顧客は小さな町工場。
紙の資料で事務部屋の棚が満杯になっちゃったらしく、IT化したいって頼まれた。
まあ、これは結構大変だね。
だけど、どうにか全部の資料をパソコン内に収納することに成功した。
ついでにどんなにパソコン音痴の人でも扱いやすいようにシステムを構築しておいた。
いやー、やりがいある仕事だったわ。
エンターキー「ッターン」も10回ぐらいやっちゃったもんね。
「ありがとうございました……!」
工場長のお礼に、俺も思わず「楽しかったです」と返してしまう。
ちなみにこれは後日談になるけど、このおかげか知らないけどこの工場の売上、一気にグーンと伸びることになる。
資料を探しやすくしたことで、なくなりかけてたノウハウなんかも見つかって、作業効率がアップしたのかもしれないな。
よかった、よかった。
これで今日受けてた仕事は全て終わり。俺は家路につく。
こんな俺だけど、時々こんなことを聞かれる。
「なんであなたはそんなに凄いハッカーになれたんです?」
なんでだろうねえ……。
俺はこういう時決まって「勉強したからですよ」と答えることにしている。
だってその通りなんだからな。
「ただいまー」
自宅に戻り自分の部屋に入ると、俺は愕然とした。
俺のパソコンの厳重なセキュリティがあっさり突破されて、デスクトップ画面になってる。
俺はすぐに台所に飛んだ。
「おい母ちゃん!!!」
黒髪のパーマ頭で、エプロン姿の俺の母ちゃんが、ニヤニヤしている。
「あんた、また新しい画像フォルダ作ったね。今はアニメの……金髪ギャルの女の子が好きなのかい? ムチムチしてて、なにより胸が大きいもんねえ」
俺の顔がみるみる耳まで熱を持つ。
「母ちゃん、人のパソコン勝手に開くのやめろよな! 何度も言ってるだろ!」
「簡単に開けるようにしとくあんたが悪いのさ。いつも言ってるだろ?」
「うぐぐぐぐ……!」
悔しいけど何も言い返せない。
俺のハッカーとしてのテクはまだまだ母ちゃんの足元にも及ばない。
ちくしょう、こんな母ちゃんが身近にいたら、誰だってスーパーハッカーになるしかないに決まってるだろ。
完
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