もう一つの船
無数の星々が煌めく空間を一隻の宇宙船が静かに進んでいた。厳しい選抜試験に合格したエリートたちが乗船していた。彼らは予定されたルートを順調に進んでいた。
「レーダーに宇宙船らしき反応があります」
船の安全を守るため、常に監視の目を光らせているレーダーシステム担当のミサキの声が響いた。乗組員たちは皆、その声に驚いた。こんなところに船? いったいどういうことだろうと彼らは考えた。
「スクリーンに出します」
ミサキが言った。乗組員たちはスクリーンに注目した。そこには自分たちが乗っている宇宙船とそっくりの船が映っていた。まるで鏡に映し出されたようにサイズも形状もそっくりだった。同型艦ということであれば、地球の船に違いなかった。その点で一同は安心していた。見ず知らずの異星人の宇宙船に出くわしていたら、いったいどのような振る舞いをして良いのか、誰にもわからなかった。
「応答はあるか?」
船長のタチバナの指示に基づき、通信担当のキシモトが回線を開いて目の前に映っている船と連絡を取ろうとしたが、応答はなかった。何か異常があって漂流しているのかもしれなかった。
「見捨てて行く訳にもいかない」
タチバナはそう言って、その船を調べる決断を下した。彼らの乗った宇宙船は、少しずつその船に近付いた。船体に損傷はなく、正常に運用されているように見えた。しばらくしてドッキングが完了し、タチバナとナカハラとアマミヤの三名がその船に乗り込んだ。船内は静寂に包まれていた。そこで作業している者は一人もいなかった。その船の乗組員たちは全員、銀色をした楕円形のカプセルで眠りについていた。
<冷凍睡眠中に船が自動航行を止めてしまったのだろうか?>
カプセルの窓から眠っている人たちの様子を確認しながら、タチバナは思った。次の瞬間、タチバナはそこで眠っている男性がナカハラそっくりであることに気付いた。その隣で眠っている女性はミサキそっくりだった。やがてそこで眠っている人たちが全員、自分たちの船のクルーの誰かに似ていることがわかった。もちろんタチバナ自身と瓜二つの男性もいた。しばらくして、船のデータにアクセスしていたアマミヤが、彼らの識別番号が自分たちの各々の識別番号と一致していると知らせて来た。もちろん名前も同じだった。
「つまり、この船で眠っている人たちは、俺たちということか?」
タチバナは混乱していた。この船はもしかしたら自分たちの未来の姿なのだろうか? あるいは過去の姿なのだろうか? 私たちは次元のループに迷い込んで、この宇宙を彷徨っているのだろうか? いや、そんなはずはない。その時、タチバナはある可能性にたどり着いた。もしかしたら自分たちの知らないところでクローンが製造されていたのかもしれない。選りすぐりのクルーなので組織がそのコピーを作る可能性は十分高かった。クローンは他にもいるかもしれない。そして銀河中を私たちのクローンが飛び回っているのかもしれない。タチバナはそれがこの状況を説明するもっともらしい理由ではないだろうかと考えていた。
「もしかしたら私の方がクローンかもしれない」
タチバナは考えた。自分がオリジナルだと証明する手段はなさそうだった。彼は深い悲しみに暮れていた。人類の発展のために生涯を捧げようと思って旅立ったが、その志はすでに跡形もなく消え去っていた。