「手紙と剣と、プロポーズ未遂」 ━━宮廷の使者、再び
騎士団本部に届いた一通の書状。それは、あの宮廷魔術師・ゼフィールからのものだった。
「……まさか、また来るとは思ってなかったわ」
リネアは眉間に皺を寄せつつ、書簡をべしっと机に叩きつけた。その勢いに、となりの書類の山がぷるぷる震える。
内容は、形式的な謝罪に続き、まさかの──いや、やっぱりなという再縁談の申し出だった。
──先日の席では無礼があったこと、深くお詫び申し上げます。
──あの場では誤解を招く発言があったが、あなたとの未来を真剣に考えている。
その末尾には、極めつけの一言。
「やはり貴女には、騎士団という過酷な環境は似つかわしくない。
剣を手放してこそ、本当の幸せが待っていると、私は信じています」
「……ああ、やっぱりそう来たか」
深々とした溜息を吐くと、リネアはくしゃくしゃに丸めた手紙を、見事なフォームでゴミ箱へシュート。
「“剣を手放せ”? 誰に向かって言ってるのよ……。この剣と一緒にここまで来たんだけど?」
ぼそりと呟くその声に、リュシアンの手がピタリと止まった。
「また例の魔術師ですか?」
「ええ。今度は“正式な”政略結婚の申し出よ。私を嫁にしたいらしいわ。しぶといにもほどがあるわね」
「……で、騎士団を辞めろと?」
「そう。“騎士という立場は、あなたの魅力を曇らせる”んですって」
ふん、と鼻で笑うリネアの目には、薄っすら火が灯っていた。
「魅力とか曇りとか言う前に、鏡で自分の人間性チェックしてきてほしいわよね」
「団長がそういう人で良かったです」
「ふふ、ありがとう。でも……どうしたものかしらね。これ、宮廷からの正式ルートで来た話よ。無碍にすると、また面倒そう」
「では、仮の婚約者でも立てますか?……例えば俺とか」
リュシアンが何気なく言ったその一言に、リネアの眉がぴくりと動いた。
「……冗談は顔だけにしておきなさい?」
「それは俺の顔が冗談だと……?」
「そこはあえて触れないでおいてあげる優しさよ」
そう返して、リネアはくすくすと笑った。けれど、その冗談が、まさか後に本気になるとは──
今の彼女は、当然、気づく由もなかった。