「気づいたのは新人たち、気づかないのは団長」━━副団長って、団長のこと…… シッ!それ以上言ったら副団長が消える!!
騎士団の朝は早い。そして、地獄のように厳しい。
「そこ!剣の角度が甘い。それじゃ敵に鼻で笑われるわよ!」
「は、はいっ!!!」
鬼団長・リネアの怒号が飛び交う中、新人たちは必死の形相で木剣を振るう。理も技術も確かであることは分かっている、分かってはいるのだが──
(助けて副団長……!)
まるで心の声が届いたかのように、訓練場の端から副団長・リュシアンが現れる。穏やかな声で場の空気が一瞬和らぐ。
「団長、ちょっと休憩を入れましょう。皆、限界です」
「うーん……そうね、少しだけ」
剣を収めた団長に、新人たちは安堵の息を吐く。
「副団長、ありがとうございます……命の恩人です……」
水を飲みつつ感謝の声を上げる新人たち。だが──このあと、彼らは知ることになる。
団長の訓練が“優しさ”だったという事実を。
「次は基礎体幹と反応速度の強化。腕立て百、腹筋二百、跳躍三百。それが終わったら、対人訓練です」
「……え?」
背後にいた副団長が静かに読み上げた。
「えっ、副団長、それって──」
「数が多すぎます?……では、五十ずつ増やしましょう」
(怖ッッ!?)
笑顔なのに目が全然優しくない。雷鳴型の団長に対し、副団長は無言の圧で追い詰めてくる地獄の番人。
(団長の方がまだ人間味あるじゃないか……!)
数分後、跳躍の反動でふらついた新人の一人が、つい口を滑らせた。
「……そういやさ、副団長って、団長のこと好き──」「ちょ、待て、お前それ死ぬぞ!?」
遮るように先輩の騎士が言う。
「え、なにが、!?オレ、そんなにヤバいこと言いました!?」
「ヤバいどころか、“核心”を撃ち抜いたわよ!ど真ん中で!」
背後から、くぐもった笑い声がした。
「──やれやれ、もう気付いたか」
そこにいたのはベテラン騎士・バルド。恋バナ好きの団内ゴシップ屋だ。
「バ、バルド先輩……知ってたんですか?」
「知ってるもなにも、副団長が団長を好きなのは団員全員の周知の事実だ。副団長は団長を追ってここまで来たって噂もあってな────」
「でもな、剣には敏感、感情には鈍感。それが団長・リネア様。副団長がどんな目をしてようが、優しくしてようが気付かねぇ。“体調悪い?”とか聞く始末だ」
「え……切ない……」
「え、めちゃくちゃ報われてない……」
「なんか、応援したくなってきた……!」
副団長の恋路に思いを馳せる新人たち。バルドがにやりと笑う。
「賭けるか?副団長が告白するのが先か、団長が気付くのが先か」
「絶対前者でしょ!」
「前者に一票!もし自力で気付いたらオレ、一ヶ月皿洗いやってもいい!」
「──うるさいわよ、あんたたち」
全員の背筋が伸びる。剣を担ぎ、髪を束ね直しながらリネアが現れた。
「休憩はもう終わり。さっさと再開するわよ。……ん? なに、その顔」
「いえっ!?なんでもありません団長!!」
「自主的に皿洗い一ヶ月でもいいかなって思ってました!」
「……?意味不明なこと言ってないで、さっさと列に戻りなさい」
首を傾げつつ気にした様子もなく、リネアはくるりと背を向けた。
──やっぱり、まったく気付いていない。
ため息をつく一同。
「……副団長、すげぇな……心、折れないのかな」
「折れたらもうどこか行ってるよ。あの人、真面目で一途だからな」
「……報われてほしいっすね」「同感」
誰かのつぶやきに、皆が小さく頷いた。
(鈍感団長の装甲を打ち破るには、どれだけの努力と時間がいるのか)
団長・リネアは、今日も元気に鈍感であった。
【次回予告】
お見合い爆散のその後に届いたのは、まさかの“再アタック書簡”??「剣を手放せば幸せになれる」って誰が言った……怒れる団長、笑う副団長、そして始まる──