『団長、婚活に敗北する。』 恋の戦場は今日も団長優勢(無自覚)!
訓練が終わり、夕食も一段落ついた騎士団の宿舎。
静かな夜に、書類の山と格闘していたリュシアンの元へ──
「ただいま」
バサッ────
彼の視界に、突然ふわりと上着が飛来した。思いっきり顔に直撃。
「……帰ってくるなり、それですか」
「文句ある?」
「いえ。団長らしくて、非常にパワフルで、いいと思います」
皮肉交じりの返答に、リネアは鼻を鳴らして、隣の椅子にドカッと腰を下ろす。
リュシアンは顔から上着を外し、苦笑しながらそれを椅子の背に掛けた。
「お見合い、どうでした?」
「最悪」
即答。
「……また即答ですね」
「だってさ、“騎士団、辞めるんですよね?”って、初対面で聞かれたのよ。会って五秒。せめてお茶ぐらい飲ませて?」
「ひどいですね」
「しかも、“剣を振る女性って、ちょっと怖いです”だって。いや、じゃあ書類で落として?」
突っ伏すリネアの背中からは、怒りというより“全身疲労”がにじみ出ていた。
「……結婚って、めんどくさい」
「やっとお気づきに」
「“家に入れ”って言われても無理よね?守られるとか、そういう属性ないし。剣は自分で振りたいの」
「知ってます。大体、今日も3人投げてきたの、見てますし」
「だって投げられそうだったから投げ返しただけよ」
どちらかと言えば“先に投げた”のだが、リュシアンはそれを指摘するだけの元気がなかった。
「……そういう相手、いないかしら。“守ってあげたい”って思えて、一緒に飯食べられて、背中も預けられる人」
「どうでしょうね」
彼がぽつりと呟くと、リネアは「ん?」と小さく首を傾げるが、すぐに湯呑みに目を戻した。気づいてない。うん、いつも通りだ。
「はぁ……しばらく婚活休む。王様には“敵に囲まれてる暇がない”って言っといてくれる?」
「団長、それ完全に開戦前のセリフです」
「だって事実じゃない?婚活も戦だもの。しかも泥沼の」
その言葉に、リュシアンはペンを持つ手を止め、そっと彼女を見た。
──どうすれば、この人の視界に入れるんだろう。
──でも、何も言わなければ、今のまま隣にはいられる。
──それなら、それで……いいのかもしれない。
「……俺は、どこにも行きませんからね」
「ん?今なんか言った?」
「いえ、なんでも」
そう言ってペンを走らせるリュシアンの横で、リネアはふわあっと大きな欠伸をしたあと、ぽりぽり背中をかきながら立ち上がる。
「明日は剣の研修よ。新人、しごいてやるんだから」
「団長が“しごく”というと、だいたい後日病院送りが出ますよ」
「えっ。そんなことないわよ?」
「“そんなことしか”ないですね」
リネアは知らぬふりで「へー」と言いながら、ぼやき始めた。
「それにしてもドレスって不便ね。コルセットで肺がつぶれるかと思ったし、裾が長すぎて階段でつまずいたのよ。戦闘不能ってこういう状態を言うのね」
そのまま、もそもそと部屋を出ていく団長の背を見送りながら、リュシアンはそっと呟く。
「……明日、新人のフォロー入れておかないと」
書類の山と、団長の自由奔放さ。
どちらが重たいかは、今日も判別がつかなかった。
今回のお見合い相手は“宮廷魔術師ゼフィール”。
見目麗しく完璧そうに見えて、初手でリネアの地雷を踏み抜いた男。本人は「好印象だった」と満足げだが、地獄の入り口に立っていることに気づいていない。
──悪い人ではありません。ただ、恋愛マニュアルが化石です。温かく見守りましょう、振られ続けるその背中を。
次回、副団長の本性、ついにバレる──新人騎士たちに。「……副団長、団長のこと好きですよね?」
静かに動揺するリュシアンと、全然気づかない団長。年長騎士達にとってはいつもの事だと────。