「胃に優しくない昼休み」― 恋は不意打ち、返答は即答。
ある日、王城から届いた一通の手紙。
豪奢な封蝋を開けた団長室で、リネアは眉間に皺を寄せていた。
「……は?」
文面はあまりにも簡潔、そして全力で無遠慮だった。
《そろそろ身を固めろ》
ため息とともに、リネアは机に手紙を投げ出す。
「いや、国家命令で婚活ってなに?武装で?素手で?」
結局、上からの命令には逆らえず、彼女は“婚活”という名の地獄の面談に身を投じることになる。
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登場するのは、“守ってあげたくなる”系の男性陣。
ふわふわした物腰、控えめな笑顔、誠実そうな目……。
でも。
(うん、よわすぎる)
「腕立て伏せ、できる?」
「……一回だけなら」
「帰っていいわ」
リネアの評価はいつも斜め上から。
何人目かの候補が「押し入れの影からそっと見守るのが好きです」と言った瞬間、リネアは本気で帰ろうとした。
そんなある日の昼休み。
食堂の一角で、団長たちはくつろいでいた。…まあ、リネアの鋭い視線のせいで、周囲はちょっとだけ緊張していたが。
冗談半分で、若手騎士のカイルが口を開く。
「団長、婚活ってやっぱ大変なんですね。……いっそ、副団長とかどうです? 見た目いいし、仕事も完璧だし、長年の付き合いですし」
リネアは水を一口飲んだあと、あっさりと返した。
「絶対ないわ」
その言葉が放たれた瞬間、食堂の空気が静止した。
誰もが、あっ……という顔でカイルを見る。
その視線の中、肝心のリュシアン――副団長はというと、隣の席で微妙に箸を止めていた。
……あ、言っちゃったな。
あれは、なかなか刺さるな。うん。なかなか。いや、かなり。
口元に無理矢理笑みを貼りつけたまま、リュシアンは心の中で冷静に(過剰に)ダメージ報告をしていた。
(絶対ない……?絶対って……え?その“絶”って必要だった?)
恋愛対象外ということは薄々感じていた。
いや、だいぶ前から察していた。
しかし改めて“絶対”と明言されると、こう、胸のあたりがズーンと。
(これが噂の胃痛ってやつか……)
そんなことを思いながらも、彼は微笑んだ。いつも通りの、業務用の笑顔で。
「それより、次の訓練計画。見直したいところがあるので、あとで時間をもらえますか」
「うん、後で団長室に来て」
「了解です、団長」
冷静、完璧、副団長。
……その中に“傷心”の二文字が加わっているとは、リネアは夢にも思わなかった。
次回、『団長、婚活に敗北する。』
「“剣を振る女性は怖い”って、初対面で言われたのよ。どう思う?」愚痴りながら、疲れ切った団長が帰還。
副団長の想いは、今日も見事にスルーされる。
「俺は、どこにも行きませんから」
「ん? 今なんか言った?」
聞こえないその一言に、書類の山が泣いている──。