「副団長のお弁当」
騎士団の訓練場に、昼前の心地よい風が吹く。
団員たちが汗をぬぐいながら後片付けに入る中、ひとりの男が静かに歩いていた。
副団長・リュシアン・ロヴェル。
その手には、丁寧に包まれた昼食の包み。
目指す先は、中央で水を飲んでいた団長──リネア・グランゼール。
「団長」
声も姿勢も相変わらず礼儀正しく、まるで神殿で供物でも捧げるかのように、昼食を差し出す。
「ありがと」
リネアはそれを自然に受け取り、さらっと包みを開いた。
感謝の言葉も、照れも、特別な間もない。ただの“いつも通り”。
──しかし、まわりの若手騎士たちは違った。
「……え? 今の、もしかして副団長の手作り?」「いや、厨房にお願いしてるって聞いたけど……」
「でも、あの渡し方……なんかこう……」「え、あれ熟年夫婦の昼休みじゃん」
「やばい、さりげなさが一番破壊力あるタイプ……」「あれで付き合ってないとか嘘でしょ……」
ざわつく若手たちの視線を背に、もぐもぐと箸を進めるリネア。 だが不意に、ぴくりと眉が動いた。
「ちがうわ」
咀嚼を終えてから、真顔で否定。
「リュシアンは、ただの優秀な部下よ」
その言い方たるや、“水は透明”くらいのノリである。当然すぎて、冗談の余地すらない。
「……副団長……メンタル強すぎないっすか……」
ぽつりと誰かが呟く。
しかし当の本人は、淡く、そしてどこか幸せそうに微笑んだ。
「……団長に、必要とされているなら、それで充分です」
一瞬、訓練場の空気がぴたりと静まった。
リュシアンのその瞳は、清流のように澄んでいた。ただただ誠実で、尊いまでにまっすぐで──
──でも、そんな空気も全部スルーして、
「うん、今日の塩加減ちょうどいいわ。やっぱ鮭よね」
団長、マイペースに昼飯続行。
リュシアンの尊い恋心より、今日の鮭の焼き加減の方が重要らしい。
そんな二人を見ながら、団員たちはそっと手を合わせた。
(副団長……強く生きて……)
次回、『好きな人、いるんですか?(不発)』
任務明けの食堂で、飛び出したのはまさかの恋バナ。
「副団長って、好きな人いるんですか?」
スプーンが止まり、笑顔は曖昧。
でもその隣でパンをかじる団長は、まるで気づかない。
「私、自分より強い男は無理なのよね。騎士とか、特に」──副団長、心にダメージ直撃。
けれど彼は、ただ静かにスープを飲み干す。
「ところで、リュシアンの好きな人って騎士なの?」
…ねぇ団長、察して。
――次回もお楽しみに。