『婚約者は俺です!……って言ったら○○された件について』 __ご飯の味がしないのは、恋の副作用です
執務室のドアが、爆発でもしたかのような勢いで開かれた。
「リネアさんッ!!」
息巻いて入ってきたのは、宮廷魔術師・ゼフィール卿。その紺色マントが無駄に威圧感を出している。
「……ノックぐらいしなさいよ、貴族でしょ、あなた」
書類に目を落としたまま、リネアは涼しい顔で言い放った。
「手紙、どういうことですか、婚約者ができたって!? まさかとは思いますが──」
「そのままの意味よ。婚約者ができたから、あなたとの縁談はなかったことにしたいの」
「なかったことって……あまりに突然じゃありませんか!? どうせ偽装婚約なんでしょう!? 相手は誰なんですか!?」
ゼフィールの声はどんどん高くなる。もはや貴族の品位とは。
「相手の名前を明かす必要がないわ」
「あります! 私は納得するまで帰りません! リネアさんはやはり、私と婚約すべきなんです!」
「……は?」
ぴし、とリネアのこめかみが軽く跳ねた。場の空気が、ちりちりと静電気を帯び始める。
そんな中、リュシアンは──
(……団長、すみません。俺、限界です)
カツ、と一歩前に出る。
「婚約者は、俺です」
室内が一瞬、静まり返った。ゼフィールの目が大きく見開かれた
が──
「──じゃあ証明してくださいよ! ここでキスでもできるんですか!? できないでしょう? どうせ“偽装”なんですから!」
(……は?)
あまりの発言に、リュシアンは一瞬脳がバグった。
リネアもまた、目を丸くしていたが、数秒後には「ふぅん……そう来るのね」と悪い笑みを浮かべ──
「できるわよ?」
ずかずかとリュシアンの方へ歩いてくる。そして、
「待っ──まさか、本当に!?」
ゼフィールの叫びも間に合わず、リネアはぐいっとリュシアンの襟を掴み──
キス、した。
キス、された。
(あ……ああああああ……)
脳が止まる。リュシアンの思考が砂糖にまみれてフリーズする。完全に意識が飛んでる。
だが、リネアは涼しい顔でゼフィールに振り返り──
「ほら。これで満足?」
ゼフィールは口をパクパクさせたあと、赤面して怒鳴った。
「不純です! 騎士団の本部で、しかも昼間から!」
「いや、先に言い出したのはあんたでしょうが」
リネアが一蹴。ゼフィール、沈黙。
そのまま部屋を出ていくゼフィの背中を見送りながら、リュシアンはまだぽーっとしていた。
(……あれ、俺、死んだ? もしかして天国?)
その横で、リネアがぽつりと呟いた。
「……リュシアン、顔真っ赤よ。キス慣れしてないの?」
「べ、別にいいでしょう、!」
「演技なんだから、もうちょっと堂々としてちょうだい」
(演技って……ああ、そうだ、これは“演技”……だった……)
リュシアンは天を仰ぎながら、心の中で叫んだ。
──これが地獄か天国かは、まだわからない。だが一つだけ確かなことがある。
今日の晩飯、たぶん味がしない。