婚約者を惚れさす俺
貴族だからって全員が可愛いわけじゃない。公爵家の三男な俺の婚約者はかなり…だいぶ…残念な容姿の子だった。侯爵家の一人娘であるローズマリーは横幅がある。首周りキツそう、十歳でこの貫禄はヤバイな!
賢い俺ちゃんは閃いたわけ。恋をすると女は綺麗になるっていうじゃん?それなら俺を好きになれば絶世の美女になるってことじゃん…てね!
「ばぁや!女が好きになる男とはどんなものだ!?」
ばぁやは「個人の好みにもよりますが」と前置きをした上で答えた。
「見目は良いほうが嬉しいでしょうね。皆を引っ張っていけるリーダーも好まれますが、優しい人も同じくらい好かれますよ。複数の女性に声をかける男性はご法度です。バジル坊っちゃんのご家族を参考にされては如何ですか?」
「なるほど!わかった!」
上兄様みたいな見た目で、下兄様みたいにリーダーシップがあって、母様みたいに優しくて、父様みたいに他の女性を避ければいい!俺は家族の真似をすればいいんだな!頑張るぞい!
婚約者として初めてのお茶会。俺はばぁやの言葉を思い出していた。
「言葉にしてキチンと口にすることも大事ですよ。私はちゃんと伝えなかったあまりに愛想をつかれた方を何人も見てますからね!」
俺はちゃんとローズマリーに伝えることにした。
「貴女(を綺麗にするため)に好かれたいと思っています。そのために努力しますよ!」
「そんな、私なんかのために」
「ローズマリー嬢はきっと(俺に惚れて)素晴らしい淑女になる。だから俺も(俺に惚れさすために)頑張りたいんです。相手が素敵になっていくのに、自分だけ変わらないのはダメだってばぁやの言葉です」
せめて痩せてくれ。首周りの肉を削ぎ落としてくれ。俺はそんな願いを込めてローズマリーを見ていた。
あれから四年。俺は上兄様のもとで勉強して、下兄様のもとで体を鍛えた。母様とばぁやの指導もあってなかなか男前に育ってきたと思う!
ローズマリー嬢は俺に惚れている。何故ならタプタプだったボディがかなり細くなったからだ。芋虫みたいでカップを持つときは指が余ってたのに、今ではきっちり全ての指を揃えられる。
痩せて現れた顔は美女ってわけじゃなかったけど…最近はなかなか可愛い見た目になってる。化粧の力ってスゲー!
俺はばぁやの言葉を思い出す。
「女は好きな人に褒められるのが何よりも快感です。ちょっとした変化を褒めてもらえると凄く楽しくなります。でも嫌いな奴に褒められるのは大嫌いです。ビンタします」
最初の頃はビンタされるかもと怯え、あまり褒めたりはしなかった。だけど、きっと俺に惚れているんだと自信を持ってからは褒めまくった!綺麗になった!頭がいい!よっ、淑女ー!
「バジル様と結婚できる日が待ち遠しいですわ」
これは俺に惚れているよな!恋をすると女は綺麗になる実験はまずまず成功。ここまできたら、どこまで綺麗になれるか試してみたいぜ。
そのためにも自分磨き!ばぁやにも口を酸っぱくして言われている。俺がブサイクになったら、女の恋心は冷めるかもしれないってさ!やだー!俺の今までの苦労を無にしたくないー!
「ローズマリーはどんどん綺麗になるから、俺も待ち遠しいよ」
これからも、もっと美人になってくれー!
俺達が十五歳になったとき、学園に入学することになった。この国の貴族は皆通う学校だ。たまに平民の特待生もいたりする。
その中で、男爵家に引き取られた平民の子がいると噂になっていた。最近まで平民だったから暫くはマナーに目を瞑ってね…みたいな。俺には関係ないかな…て思ってたら誰かがドンって正面からぶつかってきた。なにこれ痛い…。
「キャッ!ごめんなさい私ったら!」
「いいよ怪我はないから…それじゃあ…」
ちらっと見えた顔は凄い美少女だったけど、ぶつかられた衝撃強くてそれどこじゃない…。みぞおち痛いもん…。あれじゃ淑女じゃなくて猪だよ…。
「あ、あの!」
「これからは気をつけてね…」
俺はそのまま消えようと思ったんだけど、美少女が俺の腕に引っ付いてきた。気持ち悪っ!!!初対面の男に抱きついてくるとか絶対に痴女じゃん!ていうか胸のあたりなんかゴワッってしててキモいー!
どんなに美人でも初対面でスキンシップするのは嫌な俺。実はさっきまで変なもの触ってたかも…という不安が拭えないからね。握手が限界。ぶっちゃけ握手もしたくない。手汗でぬちょっとしたら悲しいから。
「離れてくれ」
「私…その…」
「離れてくれ!!!」
怒鳴る俺から女を引っ剥がす影!ローズマリーが女を睨みつけながら俺の腕を取った。おおう…心地よい柔らかな感触…。
「驚きました。嫌がる殿方に触れるなど、夜の花でもしませんのに。雌豚のほうが上品でしてよ」
ローズマリーさん、なんかガチギレしてない?こんなにキレてるの初めて見たんだが…。
「一度であれば子豚一匹くらい見逃してあげます。二度目はありません。国境沿いにいらっしゃる兵士の皆様は肉に飢えてますもの…豚をご馳走するのも、やぶさかではありませんわ」
その女は噛みつこうとしたが、ローズマリーが彼女の本名を一字一句間違わずに口にしたところで逃げていった。
「バジル様、お怪我はございませんか?」
「え、あ、うん。大丈夫。ありがとう」
ローズマリーは顔を赤くして、申し訳無さそうに俯いた。
「醜い姿を見せて申し訳ございません」
「俺を助けてくれたんだよね。わかってるよ」
そう言うと、ローズマリーは嬉しそうにウフフと笑った。アバタもエクボって言うけど、やっぱり好きな子って可愛くない?可愛いよね?
それにしても腕にとても柔らかな感触。幸せ。
学園でローズマリーは淑女の憧れとして君臨した。見目好し、成績良し、性格良しってね。俺が育てた(ドヤァ…)
そんなローズマリーに声をかける勘違い野郎が生まれないよう、俺も努力する必要があったよね。そもそも婿入りだからさ、別に良い人がいると切り捨てられる可能性あるんだよ。怖い。公爵家でも三男だから、調子乗ったらあっさり首を切られるぜ。オレ、カシコイ!
学園生活も一年経とうとする頃、いつものお茶会で…本当に気が緩んでたとしか思えないんだが、ポロッと零しちゃったんだよね。
「恋をしたら女は綺麗になるっていうから、好きになるしかない男になったらローズマリーはどんどん美人になるよね…て考えてたんだ」
バラしちゃったよ。内心で冷や汗をかいていたんだけど、ローズマリーは嬉しそうに「あらあら」と笑うばかりだった。せ、セーフか!?セーフなのか!?
「それならば私は世界で一番の美女になってしまいますわ。バジル様は世界で一番素敵ですもの」
「えー?えへへー?そうかもー?」
我ながら努力しているからね。勉学も護身術もね。頑張りすぎて第一王子(2学年上)が側近にならないかって誘ってくださいましたしー!まあ、侯爵家に婿入するから無理じゃないかな…て言っておいた。
ローズマリーはなにかを考えるような仕草をしていた。
それから更に数年、学園を卒業することになりました。卒業パーティーにローズマリーをエスコートする。あとは結婚か…としみじみ思っていたら突然ざわって騒ぎが起こった。
「マグノリアよ!俺は貴様との婚約を破棄する!」
おいおい第二王子殿下がアホなこと言い出したじゃねーの。しかもエスコートしてるの見知らぬ女だし。いいのか?第二王子、本当にいいのか?
マグノリア様が前に出てくる。公爵家の華、この国では王族の次に高貴な淑女だ。歩いてるだけで眩しくて俺の目はシパシパ…同じ公爵家だって?バカ言うな。俺は三男だから、公爵家の長女であるマグノリア様ほどの価値はないんだよ。
本当に第二王子は婚約破棄していいのか?
「恐れながら申し上げます。殿下、婚約は既に解消されておりますわ」
「は?何故だ?俺は聞いていないぞ?」
「陛下がその御心を殿下に告げていない理由など、一臣下である私には解りかねますわ」
そう言ってるけど、会場にいる俺達は理解しちゃったよね。愛想が尽きちゃったんだなって。
「第二王子殿下ってたしか婿入りだったよな?婚約が無くなったらこれからどうなるんだろう?臣籍降下も難しくなりそうだけどな?」
思わず呟いた俺の言葉は、思ったよりも大きかったらしい。ホールに響いてしまった。やっちゃった。
だって俺だったら絶対にそんなことできない。婿入りする身なんだから、全力でローズマリーに媚びを売らなきゃいけないんだ。だからこそ、ローズマリーを綺麗にしなきゃなって思って頑張ってきたんだ。浮気とかして家から放り出されるのはどう考えても俺だから。
第二王子が顔を青くする。えっ!?本当に気が付いてなかったの!?
俺達が驚いている間に兵士らしき人達が現れて、第二王子と隣の女を連れて出ていった。俺達はなんの茶番を見せられていたんだろうな。わからんなあ…。
学園卒業後、結婚式の準備をしながら俺とローズマリーはお茶をしていた。
「噂によると、バジル様と私の活躍により多くの生徒が救われたようです」
「なにそれ知らん…身に覚えがない…」
「第二王子殿下の隣にいた女性、覚えてますか?入学してすぐにバジル様を襲った痴女です」
俺はその時になって「あれ同一人物か!」と思い出した。そもそも痴女とは一回しか会ってないから見た目とか覚えてないのよ。卒業パーティーの時は気合をいれたメイクをしていたしね。言われてみれば、同じ気がする。
「あの痴女に襲われた男子生徒は、他にも数人いらっしゃったのです」
「ひょえー!本物じゃん!」
「ですが皆様、バジル様と私の姿に励まされたそうですわ」
どゆこと…と困惑する俺。ローズマリーは笑いながら答えてくれた。
なんでも俺の「俺に惚れさせてローズマリーを綺麗にしよう」大作戦を、男女問わずに幅広く話していたそうだ。そしてローズマリーもまた、俺に見合う女になりたくて努力をしたことを明かした。
子供の頃のローズマリーはそれなりに有名で、あの体型だったのにここまで美人になったという事実は、それなりに衝撃だったらしい。俺達という成功例を知って「婚約者を惚れさす」という方向に舵を切った人達のみが上手くいっている…そうだ。
「市場価値が上がったのですもの。いらない者を切り捨てても次がある、という方が続出したそうです」
「つまりそれって、婚約者との仲を深めたカップルはそのまま、婚約者を見限った人は別の相手を捕まえたってこと…だよねえ…?」
「ええ。何をしても政略結婚をするのだろうと思い、恋人を作った方は男女問わずに相手がいなくなりました。努力って、大事ですね?」
怖い話を聞いている気分だ。でも、正直いってお茶が美味しくなる話だね。だって俺には関係ない話だし…。外で愛人作るなんてリスキーだしコスパ悪いのになあ。婿入りする身の俺には解らん世界だにゃあ。
「私はバジル様のためならば、なんでもしますわ」
俺のやったことは正しかったのかもしれないけれど、結果的にローズマリーに頭が上がらなくなったのかもしれない。そもそも婿入りだから尻に敷かれるのは前提なんだけどさ…。
~登場人物~
バジル:いい意味で馬鹿。素敵な妻に溺愛されるルートに入った。
ローズマリー:ややヤンデレ。太った時代に培った胸部に勝てる者なし。
第二王子:悪い意味で馬鹿。処理されて平民へ。
痴女:胸部に沢山の布を詰めていることをリークされている。
マグノリア:実はローズマリーの親友。長年の恋を実らせて普通に幸せになった。