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あなたのひとみにスプーンを。

作者: 通りすがりの物書き

初めてかれを、見たのはいつだったか?


いつも、白い浴衣をきて、

川を見つめていた。

綺麗な横顔だった。


時々、同じ歳くらいの女の子が、

一緒にいるのを見かけたけれど、

女の子の言葉に、

気だるそうに頷きながらも、

いつものように川を見ていた。


ある日、同じ場所で、かれをみつけた。

今日は1人だった。


ふと、かれが、わたしをみた。


かれは、美しい顔を、くしゃっとして、


「いつも、僕のこと見てたでしょ?」


くしゃっとしたかれの笑顔は、

いつもの大人びた横顔とは違って、

少し、幼なげに見えた。


突然、話しかけられたわたしは、


「いつも、川をみてるなって。

 綺麗な川ならわかるけど、

 濁ってて、魚もいないのに、

 何を見てるのかなって」


かれに、動揺を悟られないように、

ゆっくりと、言葉を選んだ。


「魚いるよ。ほらっ、あそこ」


かれが、指さすところを見ると、

確かに、何匹かの小さい魚がいた。


「本当だ」


わたしの言葉に満足したかれは、


「この川は、確かに汚いね。

 ゴミも捨てられてるし、泥だらけ。

 でも、魚もしっかり生きてるんだ」


再び、こちらを向いたかれは、

さっきと違って、少し大人びた

それでいて、何かを悟ったような

不思議な表情だった。


わたしは、無性にかれと話しがしたくなった。


「今日は暑いから、何か飲まない?」


後先考えず、声をかけてしまったことを

後悔をしていたわたしに、かれは、

さっきと同じように、顔をくしゃっとさせて


「カレーが食べたい」


「カレー?」


「うん、お腹空いた」


かれに連れられて入ったお店は、

なんの変哲もない商店街のカレー屋さんだった。


「へぇ、中はこんな感じなんだね。

 引っ越してきたばかりだから、

 まだ、この辺わからなくて」


突然誘ったことを後悔しつつも、

心から湧き出る高揚に少し動揺していた。


かれは、そんなわたしを見ながら

さして興味も無さそうに、

カレーのスプーンをくるくると

回していた。


「この店はよく来るの?」


言葉を続けるわたしに、かれは、


「うん。ぼく、カレーが大好きなんだ」


また、あのくしゃっとした笑顔を

見せたかれは、

やっぱり、無邪気な子供のようだ。


「お待たせしました」


カレーを運んできたのは、

時折、かれと一緒に見かける女の子だった。


かのじょは、わたしのことを

少し見つめると、キッチンに消えていった。


「あの川で、かのじょとよく一緒にいるよね?」


かれは、カレーを食べている手を休めずに


「あぁ、ねこ」


「えっ?」


「ねこなの」


「あの子が?」


「そう」


「なんで、ねこなの?」


矢継ぎ早なわたしの質問に、

カレーを食べるのを邪魔されたのが、

気に障ったのか、

少し、拗ねたような顔で


「ねこって、きまぐれじゃん。

 あの子、自分が戯れたい時にしか、

 僕のところにこないの。

 でもね、、、可愛がるとね。ふふっ」


最後は、大人の男がみせるような、

艶っぽい、引き込まれるような表情になった。


一体、かれは、

いくつの表情をもっているんだろうか。


「食べてないね。美味しくない?」


かれの一言で、わたしは、

カレーを一口しか食べていない事に気づいた。


「あっ、そんなこと無いよ。美味しいよ」


わたしは、慌てて、カレーをほうばった。


「ほらっ、こぼしてるよ。子供みたいだね」


かれは、また、くしゃっとした笑顔で、

そして、クックっと声をだしながら笑った。


慌てた私は、大胆にカレーを服に

こぼしてしまっていた。


「おしぼり下さい。

 あっ、コーラ飲んでもいい?」

 

「いいよ」


「ありがとう。

 コーラも下さい。ダイエットコーラね」


おしぼりを準備していたかのじょの顔が

少し歪んだように見えたのは、気のせいか。


「あっ、起きた」


ぼーっとする頭を、

横に張って意識をはっきりさせる。


わたしがいるのは、カレー屋さんではなく、

いつも、かれが見つめている川の近くにある

小さな橋の下だった。


もう、夜も深くなっていて、

元々人気のない川は、

静かでなんの音も聞こえない。


自分を見ると、手も足も縛られていた。


「どうして?」


「どうして?

 あぁ、お姉さんいつも違う人連れてたでしょ」


「えっ」


「お姉さんが、いつも僕をみてたように、

 僕も、お姉さんを見てたんだ。

 綺麗な目をしてるなって。

 話しかけてくれないかなって。

 でも、いつも、違う人連れてた。

 僕、やきもち妬いちゃったよ」


わたしの仕事は、キャバ嬢だ。

最近、この辺りの店で働くようになった。

かれが、言ってるのは、お客さんのことだろう。


「それは、、、」


「しっ、だからね。

 お姉さんを、僕だけのものに

 することにしたんだ」


かれは、あの艶やかな表情をみせた。


「この川には、色んな物が捨てられる。

 でもね、そんな中でも魚は生きてる。

 命あるものと、命なきものが、

 混在してるのが、この川なんだ。

 お姉さんは、どっちかな」


わたしのことを、じっと見るかれの表情に

恐怖も忘れて、見入ってしまった。


「お姉さんの目、ほんとに綺麗だね。

 僕に頂戴」


かれの手には、

さっき見たカレー屋さんのスプーンが

にぎられていた。


「いいよ」


私は、そう答えていた。

キャバ嬢という仕事のなかで、

いくつもの見たくないものを、見てきた。


見た目だけで、判断される事にも、

その見た目を維持するために

努力する事にも疲れていた。


この街に来たのも、

そんな世界から逃げてきた。

でも、結局は、また、同じ仕事をしている。


一瞬、彼の目が見開き、輝いた気がした。


「でもね、その代わり、お願いがあるの」


「なに?」


「そこにいる女の子の代わりに、

 わたしを猫にして」


「えっ」


彼のそばには、

さっきのカレー屋さんの女の子がいた。


「私は、猫になって、

 いつもあなたのそばにいる。

 あなた以外の人を見ないように、

 あなたに、この目をあげる」


そこまで言うと、わたしは、

過度な緊張と恐怖から気を失った。


今、わたしはいつもの川にいる。

でも、わたしには川は見えない。

でも、心の中には、あの時のままの

白い浴衣姿のかれがいる。


「つかさ、危ないよ」

道からはみ出そうになったわたしを

かれがささえる。


わたしは、太陽という光の代わりに

あなたという光を手に入れた。

「ありがとう、優士」












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