5話
ギリギリ今日中に投稿できました、5話です。
僕らは二人で住宅街を歩いていた。車通りもなく、ただ蝉の鳴き声と二人の足音と松葉杖の音だけが、群青色の空に吸い込まれていく。
すでに出発してからまぁまぁ歩いた、けれども僕の家にはまだ着きそうもない。この調子だとあと5分ほどかかるだろう。
5分、たった5分間慣れた道を歩くだけなのに、途方もなくつらいことに思えてしかたがない。それほどに今日は蒸し暑いし、体中に張り付いたシャツがうっとうしくて仕方がない。でもいくら心の中で愚痴を言っても何にもならないことなんてわかってる。だから僕はおとなしく歩くことにしている。
僕は手に持っていた水筒を開けて、口をつける。ひんやりとしたお茶が口の中を冷やしてきて、少しだけ元気が湧いてきた。
二口ほど飲んだあたりでお茶はなくなった、ここから先は水分なしで歩く羽目になりそうだ。
あれ、そういえば花山は。
暑くてもしかしたらまた死にかけてるかもしれない、と思って横を見てみると、花山はやっぱりいなくて、そのまま後ろを見てみると、いた。彼女は僕の5メートルくらい後ろをふらふらになりながら歩いていた。
僕は花山のもとに駆け寄って、「大丈夫?」と声をかける。
「大丈夫...」
「...ほんとに?」
「うん...でもちょっと待って...」
花山は立ち止まってカバンから小さな水筒を取り出し、中身を勢いよく飲み始めた、彼女の喉がこくこくと動いている。
「ふぅ...」
花山は水筒から口を離して、カバンの中に水筒をしまった。心なしか、さっきまで瀕死だった彼女の顔に少しだけ張りというか、生気が戻ったような感じがする。
「いこっか」
「あ、うん」
僕らはまた歩き始めた。さっきまでとは違って、今度は横並びに。
また汗をかいて喉が渇いてきて、気を紛らわすために少し遠くを見てみると、前に来た公園があった。花山と一緒に休憩して、雨に降られたあの公園に。
平日の真昼間で暑い事もあってか、公園には誰も人はいなくて、ただブランコと滑り台、ベンチと水道がてんてんと立っているだけで、なんだか寂し気な感じがする。
僕が公園をじぃっと見つめていると、花山がこっちを向いて「どうしたの?」って声をかけてきた。「なんでもない」と答えると、彼女は優しい声で「そっか」とだけ言ってまた前を向いた。
また僕らは少し歩く。公園を過ぎて、前に雨宿りをしたシャッターの閉まっている建物の前を通ったら、花山の家が見えた。
「じゃ」
「ん、バイバイ」
別れの挨拶をすると、花山は手を振って家へと戻っていった。僕は手を振り返すと、また歩き始める。
後ろで、がちゃんという音がした。振り返ってみると、花山はもういなかった。
そういえば、花山は明日も学校に来るのかな、親に行かせられたって言ってたし、まぁ多分来るか、明日、ちょっと保健室を覗いてみようか、でも変な風に見られるかもしれないし、どうしようか。
そうこう考えてたら、家に着いた。僕はいつも通りポケットから鍵を取り出そうとしたけど、松葉杖のせいで少しやりにくい。でも、なんとか鍵を取り出して家のドアを開く。
家の中は薄暗くて、しんとしていた。
僕は部屋に荷物を置き着替えを持って洗面所に行って、手洗いうがいをした後に汗だくになった制服から私服に着替えた。
喉が渇いていたのでリビングに行くと、テーブルの上に1000円札がぽんと置いてあった。それを横目にお茶を飲んで、部屋に戻る。
僕は回転椅子にどっかりと座り、松葉杖を近くに立てかけておくと、今日一日の疲れがどっと出てきて、瞼が重くなってきて、何にも考えられなくなってくる、体がだんだん重くなる。
僕はそのまま、目を閉じた、頭がぼうっとしてきて、体が沈んでいくような感じがする。
「ん...」
変な夢を見た。
どこかふわふわとした浮遊感を感じながら目を覚ます。暑かった中寝てたからか、喉がからからで水が欲しい。僕は杖も持たずそのまま立ってしまい、鈍い痛みが右足に走って少しよろめき、また椅子に座り込んでしまう。僕は今度はちゃんと立ち上がるまいとして、近くに立ててあった杖を使って立ち上がって、そのままそっとリビングへと向かう。
リビングへと向かう最中、僕は頭の中でさっき見た夢をずっと反すうしている。とにかく変な夢だった。
僕はなぜか小学校の教室で沢山の人と遊んでた、誰ひとり顔は覚えてないし、何をしてたのかは忘れたけど、すごく楽しかったのは覚えている。そしてそいつらと一緒に教室を出ようとした瞬間、僕はなぜか後ろを向いて、教室を見た。教室の中には花山が一人でぽつんと座っていて、そこで目が覚めた。
他の内容はもうほとんど覚えてないのに、一人で座っていた花山と小学校の教室が、なぜかやけに頭に残っている。
リビングに降りて、お茶をごくごくと飲み、コップを洗い場に置いて、時計を見る。時間はもう7時前だった。
そろそろ夕飯でも買いに行こう。テーブルに置いてあった千円札を手に取って、ゆっくりと玄関へ向かいドアを開けた。生暖かい風が頬を撫でて、ふんわりとした夏の夕暮れの匂いに全身が包まれる。
僕は公園のある方を一瞥すると真逆の、コンビニがある方向へ向かって歩き始めた。
目が覚めると、キーンといった耳鳴りと、耳に何かが詰まっているような感覚に少し顔をしかめた。きっと今日は雨が降ってる。僕は少し怠い体をベッドから起こして部屋を出た。足の痛みはもうほとんど引いていて、歩いても全然問題はなさそうだった。
廊下はまとわりつくような湿気と熱気であふれていて、朝早くから嫌な汗をかきそうだ。ゆっくりと進んで階段を下りるとリビングからは蛇口から出てくる水の音や、テーブルに何かを置くような音が、僕のこの詰まった耳の中に届く。一旦洗面所へ行って顔を洗い、リビングへ向かった。そこでは見慣れた後ろ姿が今日も見えた。
「おはよう」
「ん」
僕はその音を立てている張本人、お母さんへとあいさつをしたけど、帰ってきたのはそっけない返事。でも別にどうとも思わない。
テーブルには白いご飯とみそ汁、目玉焼きといった料理とコップ、箸とお茶が置いてあった。僕は誰に言われるでもなく椅子に座り、黙ってそれらを食べ始める。
僕が料理を食べていると、洗い物を終えたのかお母さんは蛇口を締めそのままどこかへ行ってしまった。リビングには僕一人だけが残される。
朝ごはんを完食すると、空になった食器を流しに置き、蛇口を開いて水を出す。まだ泡の立つスポンジを手に取り、お皿を一つ一つ洗う。それさえも終えると洗面所に行って、歯を磨いた。もう特にすることはないので部屋に戻った。
僕は部屋に戻って制服に着替え、少しだけ余った時間をスマホを眺めて過ごすとちょうどいい時間になったので、リュックを背負って部屋を出て、玄関に置いてある傘を手に持ち、ドアを開ける。外はやっぱり雨が降っていた。
教室に入ると、やけにテンションの高い正吉がこっちに近づいてきたので、僕はもしかしたら昨日花山と一緒に帰ったことがバレたのかと思ったが、そうではなかった。
「なぁ石場ぁ、今日あいつの家で遊ぼうぜ」
正吉はにやにやした顔を崩さず、共通の友達の名前を言った。そいつの家は基本的に放任主義でアポさえとれば行っても何も言われないため、僕らがたまり場にしているのだ。
「おぉいいよ、誰来る?」
「え、知らん」
「えぇ...」
「ま、来るだろ?」
「まぁ、うん」
僕が適当に返事を返すと、正吉は「じゃ、今日学校終わったら直で行こうぜ」と言い残して自分の席に帰っていった。
そういえば、正吉達と遊ぶのはなんか久しぶりだ。まぁそもそも部活が違うから予定が合わないし当然っちゃ当然か。
僕は席で今日の授業に使う教科書をカバンから取り出し、机の中に入れる。まだ走ったりすると足が痛いから体育は休むことにした。
授業は特に滞りもなく進んだ。2時間目の休み時間に家に置きっぱなしの松葉杖を保健室から借りたものだったと思い出した(というより正吉に言われて気づいた)けれどまぁ、特に何もなく進んだ。一応保健室の先生に言ったら「明日でいいよ」って言われたし。
放課後、僕と正吉含め4人はだらだらと喋りながらあいつの家へ向かった。学校が終わるころにはもう雨はあがっていて、皆たたまれている傘を片手に持っていた。
「お邪魔しま~」
「うぃーす」
「どもー」
「ただいまー」
みんなそれぞれ適当に挨拶をして家に上がり、テレビのあるリビングへと向かう。やっぱりこの家は広いしテレビもでかい。僕らは特に許可も取らずソファにどっかりと腰掛ける。反発もなくふかふかで、吸い込まれるような座り心地だ。
「ゲームしようぜ」
そういって家の主である友達はゲームの電源をつけ、僕らにコントローラーを渡してきた。テレビがついて、聞きなれたゲームの音が響く。
結局僕らは6時くらいまで某スマッシュな格闘ゲームで遊んでいた。途中で正吉が負けまくって叫んだり電源を切断したりしてたけどなんだかんだ平和に終わった。
「お邪魔しま~」
「ばいばー」
「んじゃー」
「帰れ帰れ、また明日」
皆がそれぞれ適当な挨拶をしてドアを開けると、クーラーのよく効いた部屋の温度に慣れた肌には少し厳しい暑さの空気が体を包み込み、日の光が僕の目を刺すように入り込んできたので、目を細める。
それから僕らは少し歩くと、小さなマンションや家が立ち並んでいる、どこかさびれた雰囲気のある住宅街の中のT字路にたどり着いた。ここで僕らは二手に別れる、正吉達が左で、僕が右に。
「バイバイ」
「おーう」
「んじゃー」
僕は二人に別れを告げて、T字路を右に曲がった。後ろは振り向かず、ただ真っすぐに家に帰る。一人の帰り道っていうのはなんだか、周りに人がいたとしても独りぼっちなような感じがして、今ここにいない知り合いだとか友達だとかの顔を思い浮かべてしまう。
あっ。
そういえば、今日花山は学校に来ていたのか。今日もまた、保健室にいたのかな。彼女もこうやって、一人で帰っていたのかな。
僕は一歩、家へ向かって足を踏み出す。じゃりっとしたアスファルトの感触がやけに鮮明だ。
そうだ。明日、もし時間があったら花山に会いに保健室に寄ってみようかな。
そう心の中で呟いてみた。やるかどうかはわからないけど。
残り五分で明日なので今回は手短に。
~裏設定コーナー~
石場の好きな季節は秋、花山は冬、正吉も冬。
正吉は実はスギアレルギー持ち、だから春が嫌い。




