4話
すいませんでした、4話です。
花山が目を見開いて僕を見ている、僕もきっと同じような顔で花山を見ている。お互いがお互いを、じっと見つめてる。
ぼんやりとした僕の視界の中で、この蒸し暑い季節に似合わない紺色のブレザーを着た花山だけが、鮮明に映っていた。
「...痛っ!?」
僕はつい前のめりになったら、体のバランスが崩れた。そのせいで三角巾につり下がった足が動き、痛みが走る。
足に響いたズキリという感覚に、つい手で足を抑えてしまう、そのせいで今まで僕の中に渦巻いていた色んな疑問はすっかり吹っ飛んでしまった。でもなんだか、頭がすっきりしたような気もする。
「あ~...大丈夫かい?」
花山は足を抑えている僕の前に頭をかきながら、少し困ったような、心配しているような表情をして立っていた。
「ん、大丈夫...」
痛みが治まってきたところで、僕は起こしていた上半身を重力に引っ張られるままに倒し、ごろんとベッドに体を預ける。辺りに散った見えないくらいに小さな埃が鼻をくすぐったので、指で少し鼻をこすると、かゆみがすっと消えていった。
「にしてもさ、足大丈夫?」
花山はベッドの横に立ち、僕を見下ろす形で声をかけてきたので、少しだけ首を起こす。
僕が上を見上げると、逆光によって影が差している花山の顔と、それの下に付いたかなり主張の激しい二つの山が見えて、つい目が後者の方へ行ってしまいそうになったから、僕はすぐに顔を背けてそっけなく返事をする。
「うん、大丈夫」
「ん、そっか」
花山はどこからか椅子を引っ張ってきて座った。今の僕らの状態はまるで、入院患者とお見舞いに来てる人みたいだ、なんてことを心の中で思ってみる。
「そういえばさ、その足どうしたの?」
「え?ああ...ちょっとバスケでジャンプしたら着地ミスって...」
そう答えると彼女は「そうなんだ」と言って、僕から目を離して、天井からつり下がっているカーテンに目をやった。
僕は首の力を抜いてだらんと寝転がり、天井をまじまじと見てみる。天井は真っ白で何もなく、どこまでも無機質だった。
じっとそれを見ていたら、頭の中にとある疑問が湧いてきた。僕は体を半分起こし、特に深く考えずに、それを口に出す。
「そういえばさ、花山はなんで今日学校に来たの?」
「え?あー...」
花山は少し困ったような微妙な表情をして、人差し指でぽりぽりと眉毛の少し上を掻いた。
あ、もしかして聞いたらまずいやつだったかな。どうしよう。
「あ...ごめん...」
「え?いや、何が?」
「えっ?いや聞いたら駄目な質問だったかなって...」
「いや、別にいいけど...」
「ああ...なら...」
『別にいいけど』、その言葉を聞いて、少し安心した、よかった、と思った。
いや、でももしかしたら僕に気を遣ってるだけじゃないのか。
そんな心配をよそに、花山は学校に来た理由を話し出した。花山の表情は見えなかった。
「あー...それで来た理由はね、まぁお母さんに言われたからだよ、なんかそろそろ保健室登校でいいから行ってみたら?って言われてさ」
「あぁ、そうなんだ...」
「うん」
なんか気まずくて、申し訳なくて、僕は黙りこくってしまう。喋った方がいいのかすらわからない。
もしここが教室なら、そのまま席に戻って次の授業の準備でもするところだけど、この状態ではそれができない。逃げ場所がない。どうしよう。
...いや違う。それじゃあ、また同じだ。
「...」
「...」
心の中では同じだ、と分かっていても、喋れない、喋る勇気が出ない。ただ時間だけが流れている。
チクタクチクタクと部屋の中に響く、無感情な時計の針の音が、僕の呼吸を浅く、速くさせる。
息苦しい、逃げてしまいたい。そんな事を思って僕は体を半分起こした体制を変えてベッドに寝転がり、首を少しだけ、花山がいるところとは逆の方向に傾けて、そして聞こえない様に小さく、ゆっくり息を吸って、吐いた。
人って、なかなか変われない。いや、僕が変わろうとしていないだけなのかも。現に花山はちゃんと変わって、学校にも来ている。じゃあ僕が変わってないだけか。なんで僕は変われないんだろう、勇気がないからか。もう、こんなことなら、カーテンなんか開けなかったら。
その時、何か刃物みたいなので体を切ってしまったような感触が胸の奥の方でして、心の中の嫌な物がうやむやになって、楽になった気がした。だけど少しだけ、僕は僕が嫌になった。
しん、と静寂が訪れる、ひどく居心地が悪かった。誰かなんとかしてほしい、なんて自分勝手な願いを心の中で念じる。それはすぐに叶ってしまった。
「はいちょっと失礼、テーピングです」
白衣を着て、ファンデーションやアイシャドウを濃く塗った顔をした養護教諭の先生が、開かれたしわのあるカーテンの間から入ってきた、右手にはテーピング用のテープを持っている。
先生は三角巾に置かれた僕の足を持ち上げ、包帯で固定されたタオルに巻かれている保冷剤を外すとそのままテーピングを足に巻く。結構くすぐったくて、足が動いてしまいそうになるのをぐっとこらえる。
処置自体はすぐに済んだ。先生は最後にテープを切り取って剥がれない様にピタッとテープをくっつけ、「これで杖使えば歩けるようになったから、チャイム鳴ったら教室に帰ってね」なんて言ってベッドの傍らに松葉杖を2本置いた。どうやら早退はできないらしい。
ふと時間が気になって、ちらっと壁に掛けられた時計を見ると9時24分、30分に授業は終わるから、もう少しだ。
時計を見た勢いのまま、きょろきょろと目を動かしてみると、色んなものが見える。垂れ下がっている青いカーテン、その向こう側に少し見える白い壁、さっき見た時計、三角巾、僕の足、そしてまだ椅子に座っていた花山。
僕が花山を見た瞬間、花山も僕を見ていたことに気が付いた、目が合った。
やっぱり気まずくて、ふいっと顔を横に背けてカーテンを見る。
「ねぇ石場くん」
声がした方に振り向く。振り向きたくなかったけれど。
「な...何?」
「今日さ、一緒に帰らない?」
「え?いいけど...」
花山からの突然の提案を、断る間もなくつい呑んでしまう。
「ありがと、それじゃあさ、放課後になったら正門前で待っといて」
「え、あ、わかった」
そんな風に相槌を打っていると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。僕はゆっくりと三角巾に吊り下げられた足を降ろし、痛みを感じない様にそっと、松葉杖を頼りにしてベッドから立ち上がり、慣れない足取りでふらふらと保健室から出ていく。
ガラガラと扉をスライドさせると、教室の中の皆の視線が一気に僕に集まった。
「おお、石場大丈夫か?」「うわ、松葉杖じゃん大丈夫?」「痛そー」
教室では男子が着替えていた、皆僕を見てあれこれ言う。僕は教室でのいつもの調子で「大丈夫大丈夫」とへらへら笑いながら席に着き、バッグから水筒を取り出してお茶を飲む。冷たいお茶が体中に染み渡って、少し落ち着く。
「てかお前なんで足挫いたんだよ」
慣れない松葉杖を使って歩いたせいで疲れ、席に座って一息ついていた僕に向かって、聞いただけで半笑いだとわかるような声が投げかけられる。この声はいつものあいつ、正吉だ。
「いやぁ、なんかリバウンドしようとしたら着地ミスってさぁ、足めっちゃくじいたんだよ」
「いやドジかよ」
「うるせ、黙れ」
僕らは二人してヘラヘラ笑っている。
なんか、楽だ。
「てかさぁ、お前いいの?」
正吉は何の脈絡もなく、そう言った。
「え?何が?」
「いや、もう女子来るけど」
「へえっ?」
教室の扉についた窓から廊下を見ると、トートバッグとかナップザックとかを持った何人もの女子が立っていた。みんな口々に「まだー?」とか「もう入っていいー?」なんて言っている。
そうだ、僕まだ体操服のまんまだ、やばいどうしよう。
「えっちょ...待って待って待って」
「えー?もう女子入れて良いって?」
「いやちょっ、待ってって言って!」
「えー?はいよ」
正吉達に女子を抑えてもらっている間、僕は教室に響く笑い声と廊下から聞こえるざわざわとした声をよそに、急いで制服を取り出してこそこそと着替える。なんかもう、今日は散々な日だ。
それでも着替えの途中に入られるという最悪の事態にはならなかった、着替え終わると同時に女子は教室になだれ込んできたのを見て、なんとか間に合ったと思い、ほっと胸をなでおろす。声の大きい陽キャな女子に少し「遅いんだけど~」と文句を言われたりしたけど、まぁ仕方ない。
体操服を片付けてお茶を一口飲むと、もう休み時間の終わりのチャイムが鳴った。僕はいそいそと黒色のリュックサックから理科の教科書とノートを取り出す。
授業は色々あった疲れでほとんど頭に入ってこなかった、ノートに書いた文字はくしゃくしゃで汚い。それにやっぱり理科は好きじゃない、語句とかいまいちピンとこないし、計算も公式を暗記したところで当たるかどうかは五割くらい。この様子じゃあ期末テストも期待できなさそうだ。
特に僕の所には誰も来なかったし、わざわざ松葉杖をついてまで友達の元へ行くのもなんか違うな、って思った僕は、休み時間は朝の読書時間用の本を開いて時間が過ぎるのを静かに待つことにした。
その後の社会、国語の授業とその間の休み時間も、そんな感じだった。なんか適当に大事そうなところを写してマーカーで線を引いて、授業が終わったら本を開いて、授業が始まったら適当にノートを取って、線を引いて...
そんな何にもならないことをしていたらいつの間にか4時間目は終わっていて、昼食の時間だった。決められた班で机を四角の形に合わせ、持ってきた弁当やら給食やらを机の上に置き、クラス全員で合掌をする。日直の『いただきます』の声を皮切りに、皆ワイワイ喋り出す。でも僕は黙っていた。僕のいる班には男子が僕以外いないのも喋らない理由だが、何より足を捻挫してから、なんか誰かに話しかけづらい気がする。
僕は弁当の中に入っていた冷凍食品の小さいハンバーグを食べて、ご飯を頬張る。お茶で流し込んで、またおかずを食べる。ワイワイ喋ってる皆を見ながらじっと黙って食べるご飯というのはなんだか新鮮で、いまいち味がしない。僕はまたお茶でご飯を流し込んだ。
「ふぅ...」
色んな意味を込めたため息をついたら、僕はまた食べ始める。別に空いてる時間を何に使おうかなんて考えてないけれど、何もしていない時間がなんか嫌で。
気が付くと弁当箱は空っぽになっていた。弁当箱を片すと、本を取り出して読み始める。
1ページほど読んだところでチャイムが鳴ったので、本を机に置く。そしてクラスで合掌をして机を元の形に戻すと、皆は思い思いに昼休みを満喫し始める。
僕は机の本を手に取って読もうかと考えた、けれどやっぱりやめた。このまま一日中本を読んでいるのはなんか浮いてるみたいで恥ずかしい気がするし、それにこのまま一人でいるのは、なんというか、嫌だった。
きょろきょろと周りを見てみると教室にはおとなしめの男子と、何人かでかたまっている女子しかいなくなっていて、僕がよく喋る人は皆どこかに行っていた。
多分、校庭でサッカーでもしてるんだろう。
そう思った僕は席に座ったまま窓の外を見てみると、やっぱりみんなは校庭でワイワイサッカーをしていた。
しばらく、それをじっと見ていた、なんだか目が離せなかった。
それから少し経つと、校庭にいる人はだんだんと少なくなっていき、誰もいなくなったところで、授業開始の5分前に鳴るチャイムが辺りに響き渡った。校庭で遊んでいた皆が息を切らし、顔を赤くさせて教室になだれこんでくる。
結局、昼休みは一人で過ごしてた。
次の休み時間こそは、誰かに話しかけようかな、僕はそう考えると5時間目の用意をして、チャイムが鳴るのを待つ。教室の中はクラスの皆のおしゃべりで未だワイワイと賑わっていた。
5時間目の授業は技術だったけど、昼食後の眠気のせいで記憶がない。なんか今日の授業は身に入らないことばっかだ。
ぐいっと大きな伸びをすると、松葉杖を持って立ち上がり教室の真ん中らへんにかたまっている正吉達の所へ向かう。あいつらは輪になって何か喋っていた。僕はその輪の外側に立って正吉たちの会話を聞く。
「...なぁ正吉ぃ、そういえばお前いつになったらカバンに入ってる飲むゼリーのごみ捨てるんだよ」
「捨てない捨てない、これ俺のアイデンティティだし」
「捨てろよ、先月からずっと入ってるじゃん」
「いやいや、これ捨てるのはナンセンスだから」
「いや先生の物まねやめろ」
会話がひと段落着いた、そう思ったので僕は正吉に話しかける。話を何もわかっていないようなふりをして。
「何の話してんの?」
正吉は僕の方を振り向いて答える。にこやかな笑顔だった。
「いやぁ、こいつが俺の大事な物を奪おうとしてくるんだよ」
「いや石場、俺は1か月カバンに入ってるゼリーのごみを捨てろって言っただけなんだよ」
「お前...正吉の大事なもんを奪うなんてそんなの駄目だろ...」
「えっもしかしてこの世界俺がおかしい?」
僕と正吉は二人して笑った。少し遅れてあいつも笑った。なんだか急に心が軽くなった気がした。
僕らはひとしきり笑った後、またくだらない話をして、チャイムが鳴りそうな時間になると少し次の授業の話をして解散した。どうしてだか、今日過ごした休み時間の中で一番短いように感じた。
六時間目も流しながら授業を聞いていたらいつの間にか終わっていた、帰り支度をして、終礼を聞く、それが終わると僕は松葉杖をつきながらのんびりと教室から出たところで、花山との約束を思い出す。
そうだ、今日一緒に帰るのか。
部活動に行く生徒やら、そのまま帰る生徒やらで賑わっている階段をゆっくりと降りて行って、結構な人で賑わっている薄暗い昇降口の近くの靴箱で靴を履き替える。痛くならない様に壁にもたれかかったりしながら、慎重に。
無事に靴を履き終えて正門に向かう。移動やら靴の履き替えやらに時間を食ってたせいか、正門にはもう人影はまばらだった。
少し目を動かして、撫でるように周りを見る。そして僕はその中でたった一人だけ、紺色のブレザーを着ていた人の元へ行って、たまたま見つけたかのような素振りをして、その人の名前を口にする。
「おっ、花山」
花山は柔らかく笑い、そして一言だけ言った。
「石場くん」
僕らはそれだけ言って、一緒に学校を出る。
空はまだ真っ青で、僕らをじっと見下ろしている。
ふと生ぬるい風が吹いて、蝉の声とわずかばかりの涼しさを運んできたものだから、僕は少し目を細めた。
はい、Twitterでは告知してましたが遅くなりました、非常に。
凄いですよ、5週間くらい投稿してませんでしたからね、はい。
いやさぼってたわけじゃないんですよ、さぼってたわけじゃ...
リアルの事情があれなんですよ、はい。
~裏設定コーナー~
正吉の好きな食べ物はピザ
石場は幼稚園生のころ2日くらい将来の夢が「ターザンロープ」だったことがある
花山はスキップができない
次回は花山と石場が一緒に帰るところからですね、できるだけ早く投稿するようにするので私の事を忘れないでおいてください。
追記:なぜかこの話だけ『4』が漢数字になってましたね(どうでもいい)




