1話
色々ありましたが1話です。
是非読んでください。
彼女は、僕の真横をすれ違い、そして倒れていった。
どさり、と鈍い音が辺りに響き渡る。
下を向くと、彼女は地面にうつ伏せになって倒れていた。
頭が真っ白になる。
そして、見てはいけないであろうものも見えた。
それは、彼女の....
2018年 6月15日 15:22
「ふわぁ....」
僕は一つ、大きなあくびをした。
一日の疲れ、頬杖をついたこの姿勢、エアコンの効いた教室の涼しさ、全てが眠さの原因だ。
今日のカリキュラムももう終わり、クラスの皆はつかの間の休み時間を楽しんでいる。
少しづつ立ち歩く人は少なくなっていく。
キンコンカンコン
聴きなれたチャイムが鳴るころにはみんな座り、先生が前にでてきた。
帰りの分のホームルームが始まる、先生はゆっくりと口を開いた。
あと少しで、帰れる。
「明日の時間割は.....」
「今日の掃除は....」
特に考えることもなかった、ちらりと窓の外を見てみる、すると6月だというのに強く照り付ける太陽、どこまでも澄み渡っていて雲一つない青空、下の方に広がる中学校らしい殺風景なグラウンドが目に入ってきた。
僕はぼーっと、それを見ていた。
しかし次に僕の耳に入ってきた言葉は、僕をはっと驚かせた。
「で、今日は花山にプリントを届けに行く日なんだが...いっつも行ってくれてる正吉がな、病気にかかったお母さんの看病をしなくちゃいけないらしくてな...石場、お前代わりに行ってきてくれ」
「は?え?」
突然のことで、僕は素っ頓狂な言葉を発してしまった。
は?僕が?花山に?
「え...や...なんで僕なんですか?僕以外にも誰かいると思うんですけど...」
「いやぁ...正吉がお前が適任って言っててな、あと聞いたけどお前と花山って小学校の時仲よかったんだろ?」
そうだ、確かに仲は良かった、けどそれは小5の途中までの話だ。
それにあいつは、一回も中学校に来たことがない。
今更行くのも気まずいし、何よりめんどくさいし、絶対に行きたくない。
どうにかして断ろう、そんな考えが一瞬頭をよぎった。けれど駄目だった。
少し目を動かして周りを見ると、クラスの皆、そして先生の少ししらけているような表情が見えたから。
「いや...はい...わかりました...」
僕は断りきれず結局行くことになってしまった、仕方ない。ていうかプリントだけならポストに入れればいいのか。
「あ、あと今日の授業でやったアンケートの事も説明しといてくれ」
えっ。
程なくして、花山の家にたどり着いた、正吉には逃げられた。
西からの強い日差しが、僕の体を火照らせる。
ピンポン、と僕は簡素なインターフォンを鳴らした。
「はぁ...」
あんまり会いたくないな。
そんな意味の込められたため息を吐き、僕は誰かが出てくるのを待っている、花山のお母さんでも出てきてくれたら楽なんだけど。
しばらくぼうっとドアを見つめていると、インターフォンから声が聞こえてきた。
懐かしい声だ、少し声が掠れているような気がする。
「....どちら様ですか?」
「花山....さん?プリントと....あと今日の授業でアンケートがあって....あっ」
ぷつり、と無機質な音が鳴る。
話の終わりを待たず、花山はインターフォンを切ってしまった。
気が付けば辺りは、不気味なほどに静まり返っていた。
立っているだけで汗ばむほど暑いというのに、寒気さえ覚えるような静けさだった。
しばらく経つと、ドアの向こうからかすかな音が聞こえてきた。それは小さな足音だった。
緊張しているのか、僕の心臓がばくばくと鳴っている。
がちゃりと、ドアが開いた。
「....はぁ、随分と懐かしい人だね」
中から出てきたのは、間違いなく花山だった、しかし子供の頃とは全然違う。
短く切りそろえられていたおかっぱ頭はすっかり長く、ぼさぼさに。
ぱっちりとしていた綺麗な目は澱み、その下は隈が濃く刻まれていた。
彼女は無表情で、じっとそこに佇んでいた。
数分、いや数秒かもしれない。
あまりの変わりように僕はただ、目の前の人物をまじまじと見つめることしかできなかった。
「.....ふぅ、で、用は何?」
花山のその言葉で、僕ははっと気が付いた。
危うく、用を忘れるところだった。
「っ....ああ、そうだ、えっと...プリントを渡すのと....あと今日の授業でやったアンケー....ト...っえ....?」
彼女は、僕の真横をすれ違い、そして倒れていった。
どさり、と鈍い音が辺りに響き渡る。
下を向くと、彼女は地面にうつ伏せになって倒れていた。
頭が真っ白になる。
その時、見てはいけないであろうものが見えた。
それは、彼女の....花山の両の手首に刻まれた、無数の切り傷。
紛れもなく自分で切った物だった。刃物や、爪で削ったようなものもあった。
それにはもう治りかけ、痕しか残っていないようなものや、ついさっき切ったような新しい傷もあった。
ゾクゾクと、背中から虫が這い出てくるような、すごく不快な感覚がする。
僕はただ、呆然とその傷を見つめていた。
....どれくらい経っただろうか。
頬を伝う一筋の汗が、時間が経っていると僕に知らせてくる。
ぴくりと、花山が動いた。僕はふと我に返る。
彼女はゆっくりと立ち上がり、よれよれのシャツについた土埃を掃い、僕を見る。
「....どうやら倒れたみたいだね」
彼女は冷静に、落ち着いた口調でそう話す。
「あー...ごめんね急に倒れちゃって、それで用は何だっけ?」
彼女はあっけらかんとした態度で僕に話しかける。
けれど僕には届かなかった。
ただ彼女が怖い、気味が悪い、そんなことで頭が埋め尽くされていたから。
「なんで....そんな....」
絞り出すように、僕は答えになっていない返事をした。
花山はそんな僕の顔をまじまじと見つめ、そして納得したかのようにふっと息を吐きだし、手首を指さし、口を開いた。
「ああ、これのこと.....」
僕はゆっくりと頷く。
「ま、入ってよ、外で見せるのも何だしさ」
さっきから開きっぱなしのドアから玄関に通される。
キィ....バタン
後ろからそんな音がする。すると玄関は薄暗くなり、ドアの隙間から漏れ出る光だけが、この場所を鈍く照らす。
振り向くと、花山が佇んでいた。目が合う。
彼女は手首を僕の方に向け、傷口を見せつける。
「これの話だったよね....まぁ大体察しはつくと思うけどね、自分でつけたんだよ」
そう口に出す彼女は、どこか寂しそうな、悲しそうな表情を浮かべていた気がする。
「どうしてそんなこと....」
考えるよりも先に口が動いていた。
数十秒ほど、この場は凍り付いたように静かになり、そして花山は口を開く。
「....わかんないんだ」
「えっ?」
「なんでこんなことをするのか私もわからないんだ、気づいたらやってたり....衝動的にやってたり....とにかくなんでやってるのか、私にもわかんないんだ」
は?どういうことだ、理由がわからない?
花山は話を続ける。
「多分、何か原因や理由はあるとは思う、でもわからないんだ」
話を終えた花山は僕の目を見ることもなく、下を向いていた。
おそらくこれは本当の事だ。何故かそれだけはわかる。
でも、僕には理解ができなかった。
理由がわからないのに、自分を傷つける?
どうしてだ、わからない、理解ができない、気持ち悪い。
息が苦しくなって、背中から冷や汗が出てくる。
お互いに俯き、黙り合い、時間だけが過ぎていく。
「....そんなの、間違ってる」
とにかく息苦しかった、解放されたかった。でも勇気がなかった。
このまま黙り続ける勇気も、全部放り出して帰る勇気も、何も。
ただ、その場しのぎの言葉を投げかけて、苦しさを薄める事しかできなかった。
「....どこが間違ってるんだい?」
花山は多分、顔を上げて僕を見ている。歪んだ顔をしているであろう僕を。
僕は俯いていたけど、そのことだけは分かった。
「だって....自分の体を傷つけるなんて....そんなことをする意味なんて....」
「....ねぇ」
花山が急に話に割り込んできて、僕はびくりと体を震わせる。
「君はさ、私にどうして欲しいの?」
あまりに唐突な質問だった。
答えはもう出ているはずなのに、僕はなぜかまごついてしまう。
息苦しい中ゆっくりと呼吸をし、口を開く。
「僕は....」
そこで言葉は終わってしまった。
何かが喉の奥で引っかかるような感じがして。
これを言ったら、泣いてしまうような気がして。
「ごめん、なんでも....」
「....」
「いや、僕は....」
「もう君に、そんなことはやめて欲しい」
もっと息苦しくなる、心臓がどくどくと脈打っている。
「ごめん、もう帰るよ」
震える声を抑えながらそう言って、僕は花山の横をすれ違い、靴を履き、ドアノブに手をかける。
後ろから、声が聞こえた。
「今度の土曜日10時ごろ....空いてたら私の家の前に来て欲しい」
振り向くと、花山は後ろを向いていた。
「....わかった」
それだけ言って、僕はドアを開けて外に出る。
夕焼けの香りと、暑い空気が僕の体を包み込む。僕は少し顔をしかめた後、ドアを閉めて花山の家を後にする。
制服を着た人は僕以外誰もいない、そんな帰り道を歩いている中、僕はあの事を思い出す。
全部なかったことにしようとした時の花山の表情。
まるで迷子の子供みたいに、何かへの恐怖に満ち溢れた表情をしてた。
そんなことを思いながら、僕は家へと帰る。
そして家のドアの前に立った時、思い出した。
そうだ、プリントを届けに行くんだった。
すっかり忘れていた。
いかがでしたでしょうか。
次回は花山とのお出かけです、お楽しみに。
~裏設定紹介のコーナー~
花山の好きな食べ物はざるそば、石場の好きな食べ物は焼肉のロース。
正吉は何回も石場に掃除やらなんやらを押し付けている。




