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【WEB版】回帰した悪逆皇女は黒歴史を塗り替える【大賞&ComicWalker漫画賞 受賞作】  作者: 緋色の雨
第二章

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セミエピローグ

 アリアドネから情報を得たカルラは即座に動き、ヴィクトリアに対して聖女鑑定の儀のやり直しを要求。彼女が偽の聖女であることを暴き出した。

 その噂を聞いたジークベルトがいの一番に駆けつけてくる。


「母上、聖女が偽物だったというのは本当なのですか?」

「……ええ、本当よ。念のためにもう一度聖女鑑定の儀を行ったけれど、二度目は聖女の証である聖属性の魔力の反応は得られなかったわ」

「なんという、ことだ……っ!」


 ようやく真の王族の証に匹敵しうる正統性を手に入れたと思ったのにと、ショックを受けたジークベルトはソファに座り込んだ。それを見たカルラはメイドにお茶菓子の用意をさせ、しばらく下がっているようにと言いつける。

 その間に、どんな風に伝えるのがジークベルトのためになるかを考える。そうして黙考した結果、カルラはすべてを打ち明けることにした。


「この一件、私はアリアドネの仕業だと思っているわ」

「アリアドネ!? ……証拠は、あるのですか?」


 その問いに対し、カルラはゆっくりと首を横に振る。


「証拠は何一つないわ。逆にウィルフィード侯爵が犯人だという物証は数え切れないほどある。まるで、誰かが用意したかのように、ね」


 たとえば疫病の件。

 疫病が発生したのはウィルフィードの親族が代官を務める領地で、魔物の死骸を片付けなかったことが原因である。

 そして一気に広がった疫病は、真っ先に動いたアリアドネですら押さえ込みに苦戦し、患者を隔離するという対処法を取ることしか出来なかった。


 にもかかわらず、ウィルフィードの部隊が到着するなり、ローズウッドに蔓延していた疫病は収束に向かい始めた。

 孤児院の者達が浄化のポーションを大量に使用したからだ。


 しかし、浄化のポーションは大量に備蓄できる類いのものではない。それこそ、疫病が発生すると知っていなければ事前に用意することは出来ない。

 ましてや孤児院が単独で用意できるものでもない。

 そこで調べたところ、正体を隠した貴族の遣いが孤児院に持ち込んだと分かった。このことから、浄化のポーションを用意したのはウィルフィードだと考えられている。


 しかも、それによって生み出された人造聖女を確保したのはウィルフィードだ。このことから考えても、すべての黒幕はウィルフィード以外に考えられない。

 それでもアリアドネが黒幕だとするのなら――


「魔物の襲撃を予測し、代官の怠慢で疫病が発生することを予知し、それを利用して偽の聖女を生み出し、ウィルフィード侯爵がその聖女を本物だと思って確保、俺の婚約者にすることまで推測した、と? そんなのは、まるで……」


 神ではないか――と、ジークベルトはかすれた声で呟いた。


「普通ならあり得ない。それは私も分かっているわ。だけど……」

「たしかに、俺がはめられたときと状況が似ていますね」


 自らの判断で動き、アリアドネを出し抜いた。そう思っていたのに、実は最初から最後までアリアドネの手のひらの上で転がされていたと知ったときの苦い記憶が蘇る。


「私の経験が、そして常識が、あり得ないと言っているわ。ウィルフィード侯爵が自分の管理下にある領地に特殊な魔物が発生しているのを聞きつけ、この悪巧みを思いつき、地力に物を言わせて浄化のポーションを量産したと考える方がまだ自然よ。だけど、それでも……」


 カルラの心はアリアドネの謀だと訴えている。

 それを聞いたジークベルトは天井を見上げた。


「母上の考えは分かります。俺もアリアドネは誰よりも警戒すべき相手だと思っています。あるいは、アルノルトよりもずっと……。しかし、どうするおつもりですか?」

「それは……そうね」


 アリアドネがすべての黒幕ならば、ウィルフィードは哀れな被害者だ。アリアドネに填められただけで、本当は今回の一連の悪事に関わっていないことになる。

 それを知った上でどうするか、考えたカルラはわずかに口の端を吊り上げた。


「アリアドネの思惑に乗るのは業腹だけど、この状況を最大限に利用しましょう。ジークベルト、貴方は断罪の英雄になりなさい」

「断罪の英雄、ですか? ……つまり、ウィルフィード侯爵を切り捨てると?」

「そうよ。今回の一連の事件で平民達の不満は溜まっているし、貴族の多くもウィルフィード侯爵が黒幕だと信じている。だから、すべてをウィルフィード侯爵に押しつけて、貴方はそれを断罪した英雄になるの」


 魔物の襲撃はウィルフィードのせい。疫病が蔓延したのもウィルフィードのせい。隣国が攻めてきたのもウィルフィードのせい。第二王子派が苦戦しているのもウィルフィードのせい。

 あなたが苦しんだのは、みんな、みぃんなウィルフィードのせい。

 そう周知した上で、ジークベルトがウィルフィードを断罪する。

 人々は、悪を討った正義として、ジークベルトを高く評価してくれるだろう。


 それに、ウィルフィードを排除することも、決して悪い話ばかりではない。なぜなら、ウィルフィードがジークベルトを傀儡の王にしようとしているのは紛れもない事実だからだ。


 それでも彼を味方に引き込んだのは、利用するだけの権力が彼にあったから。

 だが、ウィルフィードを断罪すれば、その権力を奪い取ることが出来る。

 ウィルフィード侯爵家を取り潰し、その領地を割譲して第二王子派に分け与える。そうすることで、味方の弱体化を防いだ上で結束力を高めることが出来る。

 最善の手ではないが、決して最悪の手でもない。


「理解いたしました。すぐにウィルフィード侯爵を糾弾する準備に掛かりましょう」

「そうなさい。都合の悪い証拠を握り潰すのを忘れてはダメよ」

「ええ。ぜひ、母上の知恵をお貸しください」


 ジークベルトは計画の詳細をカルラと煮詰めていく。そうして一区切りついたところで休憩を挟んだ。ジークベルトが小さく溜め息を吐く。


「しかし、聖女が偽物だというのは本当に残念でした。もしも彼女が本物なら、アルノルトを出し抜くことが出来たというのに……」


 その場合は、ジークベルトを傀儡にしようとするウィルフィードと戦うことになる。だがそれは、アルノルトとの戦いに勝利した後の話だ。

 どちらがマシかは考えるまでもない。

 そんなふうに嘆くジークベルトに対し、けれどカルラはふっと笑った。


「聖女が偽物なのは残念だけど、まだ嘆くことはないわ」

「……母上には、なにか策がおありなのですか?」

「考えてもみなさい。アヴェリア教国軍を一時的に追い払ったとはいえ、まだ戦争状態は続いているのよ。あの国が――いえ、あの王子がここで引き下がると思う?」


 アヴェリア教国軍は一時的に撤退したが、国境沿いから姿を消した訳ではない。グランヘイム国軍も駐屯地に兵を多く置いており、国境地帯には緊張が続いている。


「ギャレット第一王子、でしたか? たしかに、あの男が噂通りの男なら、ここで引き下がることはないでしょうね」


 次の王になるための功績を欲している。それは奇しくもジークベルトと同じ状況だ。負けたまま引き下がる訳にはいかないという心理は想像に難くない。

 つまり、今回の一件で賠償をする気はなく、和平交渉に応じることもない。そうなれば、グランヘイム国はアヴェリア教国に攻め入ることになるだろう。


「アヴェリア教国を蹂躙すれば、貴方の名前は大陸中に轟くことになるでしょう。そうすれば、真の王族の証を得る必要も、聖女を伴侶に迎える必要もないわ」

「おっしゃることは理解できますが……」


 ジークベルトはアヴェリア教国軍と戦ったときのことを思い出す。アリアドネとアルノルトの干渉がなければ、自分が命を失っていたかもしれない、と。

 しかも、ジークベルトを追い詰めた敵の魔術師部隊は健在だ。アルノルトの部隊が撃退はしたが、その魔術師の多くは生き残っているという報告が上がっている。

 戦争を続けるのなら、魔術師部隊と向き合う必要がある。


「……戦場を恐れているのね」

「そのようなことは……」

「隠す必要はないわ。いままでの貴方は私の保護下にあったもの。人の命を狙うことがあっても、自分が狙われていると自覚したことはなかったはずよ」

「それは……たしかに、母上のおっしゃるとおりです」


 いままでのジークベルトはカルラの庇護下にあった。

 それを自覚し、彼は無意識に身をよじった。


「身を守る上で恐怖心は必要よ。だから、その恐怖をコントロールなさい。そうして恐怖を抱いてなお、まえに進める者だけが王になれるのだから」


 そして「貴方にその覚悟があるかしら?」と、視線を向けられる。ジークベルトは恐怖を抱きながらも決して目をそらさず、まっすぐにカルラの視線を受け止めた。


「もちろんです。まずはウィルフィード侯爵の断罪。続けてアヴェリア教国を完膚なきまでに叩く。今度こそ、アリアドネを出し抜いてやります」


 ――こうしてウィルフィードの命運は決した。彼は国家の転覆を狙った大罪人として爵位を即刻剥奪、処刑を前提に獄中で暮らすことになる。


 偽の聖女を作り上げ、国家を混乱に導いた罪。偽の聖女をジークベルトと縁づかせることで、未来の王を自らの傀儡にしようとした罪。そして、偽の聖女を生み出すために、疫病を故意に発生させた罪。

 最後に、隣国に内通し、グランヘイムを滅ぼそうとした罪だ。


 ジークベルトの名の下に行われた告発により、にわかに王都は騒がしくなった。

 もちろん、ウィルフィードはそれを否定した。けれど、ジークベルトが提出した多くの証拠は、ウィルフィードが罪を犯したことを証明していて、彼は瞬く間に拘束された。


     ◆◆◆


 アリアドネがカルラに密告してから程なく、ウィルフィードが拘束された。その罪は、アリアドネが想像していたとおり、とても過激なものとなっていた。

 実際、アリアドネが関与していない罪もいくつか加わっている。


(私が処刑されたときと同じね)


 回帰前、アリアドネが処刑されたときも、身に覚えのない罪状がいくつも加えられていた。悪であることを強調するためと、他の者のスケープゴートにするためだ。


 こうしてウィルフィードは爵位を剥奪され、領地は割譲されることになった。

 そんな情報が飛び交う中、アリアドネの元に一通の手紙が届けられた。そこに同封された一枚の書類。それを目にしたアリアドネはキースとソニアを呼びつけた。

 応接間のローテーブルを挟み、彼らと向かい合ってソファに座る。


「ソニア、今回はよく作戦を成功させてくれたわね。貴女が命を賭けてくれなければ、ウィルフィード侯爵の首を取ることは出来なかったわ」


 回帰前の未来を知るアリアドネは、ヴィクトリアが聖女に成り代わろうとするという確信があった。だが、未来を知らない者達に取ってそれは、希望的観測でしかない。

 今回の任務、ソニアは命を投げ出す覚悟で挑んだはずだ。


 彼女が命がけで聖女を演じてくれたから、ウィルフィードを破滅に追いやることが出来た。もしもソニアがその一歩を躊躇えばたどり着けなかった結末だ。

 そう感謝するアリアドネに対し、ソニアはふわりと微笑んだ。


「私の方こそ、アリアドネ皇女殿下に深く感謝いたします。貴女のおかげで、両親の敵を、カント男爵家を滅ぼした敵を自らの手で討つことが出来ました」

「俺からも感謝をさせてくれ、嬢ちゃん。これで父や母の無念も晴れるだろう」


 ソニアの後にキースが続く。

 彼の表情が少しだけ寂しげなのは、亡き両親のことを思い出したからだろう。


「私は約束を果たしただけよ。最初に言ったでしょう? 力を貸せば、ウィルフィード侯爵に復讐させてあげるって」

「あぁ、そうだったな。その約束、たしかに果たしてもらった。だが――」


 キースはそう言って、ソニアへと視線を向けた。

 その視線を受けたソニアが頷き、キースもまた頷き返す。アイコンタクトを終えた彼らは姿勢を正し、アリアドネに向き直った。


「俺達はまだ、その報酬の対価を払い終えていない。どうかこれからも、嬢ちゃんのやることを手伝わせてくれ」

「私からもお願いします。どうか、これからもアリアドネ皇女殿下のメイドとして働かせてください。必ず、この恩に報いて見せます」

「……あら、困ったわね」


 二人の申し出に対し、アリアドネは苦笑した。

 とたん、二人はなにかを悟ったような顔をする。


「……そうか、そうだよな。これだけの秘密を抱えた人間を、嬢ちゃんが放置するはずがない、か。だが、嬢ちゃんが無念を晴らしてくれたことには変わりねぇ」

「そうですね。それがアリアドネ皇女殿下の望みなら、私はそれを受け入れます」


 口封じに二人を殺そうとしている。

 そう誤解されていると気付いたアリアドネは更に困った顔になる。


「シビラもそうだったけど……貴方たち、覚悟が決まりすぎじゃないかしら? というか、一点の迷いもなくそんな判断に至るなんて……私がそんなことをすると思う?」

「嬢ちゃんは目的のためには手段を選ばないだろ?」

「アリアドネ皇女殿下は必要なら女子供でも容赦なく殺すと思っています」


 断言されたアリアドネは少しだけ視線を彷徨わせた。脳裏によぎるのは、ルチアの胸を貫いた記憶。弁解の余地はない。


「まあ……否定はしないけど」


 ぽつりと呟く。


「――だけど、私だって信頼のおける味方をむやみに切り捨てたりしない。少なくとも、いまの貴方たちを切り捨てる理由はないわ」


 アリアドネはそう言ってパチンと指を鳴らす。背後に控えていたアシュリーがそれに反応して、二人の前に書類を置いた。


「私が困った顔をしたのは、貴方達がまだ報酬に見合う働きをしていないと言ったからよ。そんなことを言われたら、今後の報酬の前払いを渡しにくくなるでしょう?」

「……前払い? これは――って、まさかっ!」

「兄さん、それは……えっ!?」


 書類に目を通したキースが目を見張り、続いて横から覗き込んだソニアも息を呑む。


「ウィルフィード侯爵の領地は割譲され、多くは第二王子派の手に渡ることになるでしょうね。だけどその一部を、カント男爵家の領地として認めさせたわ」

「認めさせたって……それは、つまり……っ!」


 目を見張るキースをまえに、アリアドネはいたずらっ子のように笑う。


「お家の復興、おめでとう。キース男爵。それとも……ソニア女男爵かしら? 私としてはどちらでもかまわないけれど……どっちがいい?」

「……俺は」


 キースがなにかを口にしようとする。

 だけどそれに被せるようにソニアが口を開いた。


「私はこれからもアリアドネ皇女殿下のメイドとして働きます。だから、カント男爵家の当主には、兄さんがなってください」

「……ソニア。分かった。ならば俺は、男爵として嬢ちゃんに仕えよう」


 二人が頷き会うのを見て、アリアドネも満足げに頷く。


「なら、ソニアにはいままで通り私に仕えてもらうわ。とはいえ、男爵令嬢がただのメイドというのもおかしな話よね」

「私はそれでもかまいませんが……?」

「ダメよ。……そうね。貴方にはメイド長の地位を与えるわ。だから、その地位を使って、他のメイドを纏め上げなさい。意図は……分かるわね?」


 メイドはいわゆる使用人だ。だが、貴族が雇うメイドの中には、ソニアのように間諜のような役目を負う者もいる。そういった人材を育てろと言っているのだ。


「その役目、たしかに承りました」


 ソニアはソファから立ち上がり、テーブルの側面へと回り込んだ。そうしてアリアドネに向かって片膝をついて臣下の礼をする。

 それを受けたアリアドネは、続けてキースへと視線を向ける。


「キース男爵に命じます。貴方はこれからもスラム街の復興に努め、黒い太陽の勢力を拡大なさい。黒い月とも戦うために、その牙を研ぎ澄ましなさい」

「……その役目、たしかに承りました」


 キースもまたソニアと同様に席を立ち、アリアドネに向かって臣下の礼をする。

 アリアドネはその忠誠を受け、静かにソファを立った。


「ウィルフィード侯爵は討ち滅ぼしたわ。けど、ジークベルト殿下は健在で、第二王子派の結束も強まるでしょう。それにアヴェリア教国との戦争も終わっていない」


 ジークベルトはウィルフィードを失った損失を、戦争で活躍することで埋めようとするだろう。だが、それはアリアドネの想定のうちだ。

 だから――


「次は、この戦争を終わらせるわよ」

 

 

 お読みいただきありがとうございます。


 短編「悪役令嬢の姉が身勝手な理由でショタを幸せにする」も投稿しました。

 初のおねショタ作品です。


 続きが気になる、面白かったなど思っていただけましたら、ブックマークや評価をポチッとしていただけると嬉しいです。なお、一章と同じ構成ですので、セミプロローグからエピローグまであります。

 次回は明日投稿予定です。

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