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【WEB版】回帰した悪逆皇女は黒歴史を塗り替える【大賞&ComicWalker漫画賞 受賞作】  作者: 緋色の雨
第二章

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エピソード 2ー3

 回帰した悪逆皇女は黒歴史を塗り替える 一巻 好評発売中!

 

 アリアドネがカルラを庇った直後、襲撃者の放った短剣が二人に迫り来る。それがアリアドネに触れる瞬間、カルラやジークベルトの護衛が抜刀した剣で弾いた。

 軌道を変えた短剣がアリアドネの頬を掠める。

 もし一瞬でも護衛の反応が遅れていれば、毒の短剣はアリアドネを傷つけていただろう。だが、護衛の騎士達はその攻撃を防ぎきった。


(やはり優秀な護衛ね)


 回帰前のアリアドネは彼らに護られていた。彼らの能力を知っているからこそ出来た策略。アリアドネはその第一段階が達成されたことを確認するなり次の作戦に移る。


「襲撃よっ! 騎士は要人を護りなさい!」


 周囲に警告することで護衛騎士の行動を制限し、抱きよせた手を離さないことでカルラにも指示を出させない。アリアドネは続けて攻撃魔術を放った。その一撃が襲撃者の武器を弾き、武器を失った襲撃者は即座に撤退していく。


 それとほぼ同時、アリアドネの声に反応した騎士達がそれぞれの主を護るために動き始める。その刹那の時間が、アリアドネには永遠のように長く感じられた。


(さあ、決断なさい。機会は、いましか――ないでしょう?)


 魔術アカデミーは要人が多く通っているため、かなりの警備が敷かれている。平民の振りをしているとは言え、アカデミーで暮らすオスカーを暗殺するのは容易ではない。

 オスカーを暗殺するならこの発表会が絶好の機会だ。


 それに、彼のそばにいるのはアシュリーだけだ。

 そして彼女は学生服を身に纏っている。襲撃者にアシュリーが要人であると気付かせないために、アリアドネの元に来るときも、侍女のシビラに案内させた。

 騒ぎが大きくなれば、騎士は要人の護衛にかかりきりになる。ただの学生に扮するオスカーは孤立すると考えるのが自然だ。


 無論、考える時間があれば別の結果になったかもしれない。

 けれど、事態は刻一刻と動いている。

 そして――会場に爆発音が鳴り響いた。

 コロシアムの客席、そのあちこちで騒ぎが発生する。


(――掛かったっ)


 アリアドネはカルラを護衛の騎士に預け、自らの護衛騎士へと指示を飛ばす。


「あなた達は逃げた襲撃者を追いなさい!」

「アリアドネ皇女殿下の安全確保が先です!」

「私はアルノルト殿下の護衛もいるから大丈夫よ。それに、以前私を襲撃した連中との関連も気になる。だから、必ず襲撃者を捕らえなさい!」

「――はっ!」


 ハンスが騎士達を引き連れて、襲撃者達の対処に当たる。

 カルラやジークベルトの騎士達は自然と、他の襲撃者達を担当することになる。これでさきほどの襲撃者――キース達は無事に逃げおおせるだろう。

 代わりに捕まるのは、遺体となったウィルフィードの手下という手はず。


(ここまでは想定通り。あとは――)


 視線を向ければ、アシュリーがオスカーを連れて駆け寄ってくる。


「アリアドネ皇女殿下、ご無事ですか!?」

「ええ、無事よ。結界を張るから、あなたもこっちへ来なさい!」

「は、はい。あ、いえ、だけど……」


 アシュリーはふと気付いたかのように、隣にいたオスカーに視線を向ける。

 その場に放置するのは危険だけれど、彼はまだ部下でなければ貴族でもない。どうするのが正解なのか――と、迷うような仕草をした。

 もちろん、それらすべては事前に決めた通りの演技である。


「かまわないわ! そっちの彼を連れてこっちへ来なさい!」

「は、はい!」


 予定通りにオスカーを保護する。ほかの王族達と同じ場所に。

 それから結界を張れば、程なくして客席で騒ぎを起こした者達が攻め込んできた。

 狙いはカルラやアリアドネ――ではなく、オスカーだ。

 だが、最初の攻撃が味方の認識を歪ませる。

 護衛の騎士達は「主をお守りしろ!」と叫びながら防御陣形を組む。


 襲撃者は戸惑ったことだろう。

 オスカーは身分を偽って、平民としてアカデミーに通っている。だから騒ぎが発生すれば、警備は王侯貴族に割かれ、平民の彼は無防備に晒されると想定していたはずだ。

 なのに、騒ぎが大きくなった直後、オスカーは王族の護衛に保護された。

 誤算もいいところだろう。

 それでも、襲撃者達は攻撃を仕掛けてきた。けれど、武器を手に突っ込んできた者は騎士達が応戦し、飛び道具はアリアドネが展開した結界に弾き散らされる。

 鉄壁の防御をまえに、襲撃者達は手も足も出ない。

 そして、すぐに均衡は崩れる。

 不意打ちから立ち直った護衛の騎士達が反撃を開始して、襲撃者達を次々に捕らえていく。ほどなくして、襲撃者達は撤退を開始した。

 そうして状況が収束へと向かう中、カルラが疑惑の視線をアリアドネに向けてきた。


「……貴女、なぜ私を庇ったの?」

「なぜ? 私がカルラ王妃殿下を庇ったことがそんなに不思議ですか?」


 アリアドネは小首をかしげてみせた。


「とぼける必要はないわ。貴女と私は敵同士だもの。私を助けようとはせず、見殺しにした方がよかったのではなくて?」


 カルラが探るような視線を向けてくる。

 いまのアリアドネは、カルラを復讐対象だと思っていない。

 とはいえ、カルラは第二王子派の有力者で、非常にやっかいな存在であることに変わりはない。ジークベルトを破滅に追い込む過程で、必ず倒さなければいけない敵だ。

 カルラがさきほどの攻撃で毒を受けて死ぬ程度の人物ならば、アリアドネは彼女をここで始末していただろう。

 だけど――


「カルラ王妃殿下、貴女が死ねばいいなどと、私は思っておりませんわ」

「不思議ね。なぜか本心のように聞こえるわ」

「本心ですわ。貴女はたしかに派閥争いをする上での最大の敵ですが、視野を広げれば立場も変わる。貴女はこの国にとって必要な人材だと私は思っています」


 迂遠な言い回しでほかの敵がいることを示唆する。カルラは少し考えるそぶりを見せた後、続けなさいと促した。


「私が婚約パーティーの日に襲撃されたことはご存じでしょう?」

「ええ、襲撃者についての発表はなかったけれど……」


 犯人についての目星はついているのかという問い。

 アリアドネはここで伏せていたカードを明らかにする。


「捕らえた襲撃者は、貴女の領地で生産された武器を所有していました」

「あら? それはつまり、私が黒幕だといいたいの?」

「ご冗談を。貴女がその程度の人物なら、私が苦労することもなかったでしょう」


 それはアリアドネが零した本心だった。

 それが分かったのだろう。カルラも少し表情を和らげる。


「なら、黒幕に目星はついているの?」

「実は……襲撃者を統率していた男の言葉にわずかながら訛りがありました。巧妙に隠そうとしていましたが、あの訛りはおそらく……隣国のものです」


 明らかにした真実の中に一つだけ、そして大胆に嘘を忍ばせた。

 本来なら、そんな嘘が通用することはない。だが、回帰前の未来を知るアリアドネは、今回の襲撃犯が隣国の者達であることを知っている。

 カルラはその影を踏み、アリアドネが紛れ込ませた嘘を信じるだろう。

 二度にわたる襲撃には、隣国の連中が関わっているのだと。


(そして、カルラ王妃殿下。優秀な貴女なら気付いてくれますよね? 襲撃者の中に、ウィルフィード侯爵の子飼いの者が混じっていることに)


 人は、自分が見つけた事実を信じようとする生き物だ。自分たちの命を狙ったのが、ウィルフィードと隣国の者達。その証拠を得た彼女が導き出せる答えはそう多くない。


 真っ先に浮かぶのは、ウィルフィードと隣国が手を組んだという可能性だ。

 だが、なんのために?

 そこまで考えたカルラは、アリアドネと同じ結論に至るだろう。

 ウィルフィードは宝石眼の秘密を知らない。それゆえに、アリアドネがカルラ達と密約を結び、自分を破滅に追い込もうとしていると誤解しているのだ、と。


 もちろん、優秀な彼女はその可能性を鵜呑みにはしないだろう。だけど優秀だからこそ、その可能性を排除することは出来ない。

 アリアドネはこの瞬間、カルラの意識に一つの疑惑を植え付けたのだ。



 魔術発表会の襲撃事件が収束してから数日が過ぎた。

 そんなある日の昼下がり。

 イザベルから招待状を受け取ったアリアドネは、彼女が暮らす離宮へと足を運んだ。そのまま案内された中庭の席へ向かうと、そこにはすでに先客がいた。


 招待状の送り主であるイザベル、それにアルノルトとオリヴィア。

 つまりは前王妃と、その子供達である。彼女らは世間話に花を咲かせていたが、アリアドネに気付くと席を立って出迎えてくれた。


「アリアドネ、今日はよく来てくれたわね」

「もったいないお言葉ですわ、イザベル前王妃」


 アリアドネが優雅にカーテシーをする。

 しかし、その完璧な立ち振る舞いにイザベルが眉を寄せた。


「ねぇ、アリアドネ。アルノルトの婚約者となった貴女は、もはやわたくしの娘もどうぜんでしょう? なのに、そのように堅苦しい挨拶をする必要があるかしら?」

「え、あ、光栄……いえ、ありがとう、ございます」


 アリアドネが珍しくうろたえる。

 その姿を初めて目にしたオリヴィアが軽く瞬いた。


「まあ、アリアドネお姉様もそのような顔をなさるんですね」

「お、お姉様、ですか? オリヴィア王女殿下とは同い年だと思っていたのですが……」

「生まれた日はお姉様の方が先です。なにか問題がございますか?」


 こてりと首をかしげる。

 その振る舞いは上品なお姫様――といった印象を与えているが、彼女の金色に輝く瞳の奥にはいたずらっ子が顔を覗かせている。

 それに気付いたアリアドネは、勘弁してくださいと息を吐いた。


「さすが、アルノルト殿下の血族ですね」


 意地悪なところが――とは声に出さず、アルノルトに視線をチラリ。けれど、彼は「素敵な家族でしょう?」と余裕の対応だ。

 この家族には勝てないかもしれないとアリアドネは苦笑する。


(なんだかくすぐったい……けど、悪い気はしないわね)


 アリアドネは人を信じることに臆病になっている。それでも、アリアドネが愛情に飢えているという事実は変わらない。

 少しだけ複雑な気持ちを抱きながらも、彼らの勧めに従って席に着いた。


「さて、貴方を招いたのは他でもないわ。先日の魔術発表会の場で起きた襲撃事件について、貴女の意見を聞きたかったからよ」


 表向き、先日の襲撃で狙われたのはカルラとアリアドネの二人となっている。あの場には、アルノルトとジークベルトが同席していたにもかかわらず、だ。

 カルラとジークベルトでもなければ、アルノルトとアリアドネでもない。なぜ、派閥を超えた二人が同時に命を狙われたのか――と、誰もが困惑している、というのが現状。


(ここで知らないと答えることも出来るけれど……)


 イザベルと敵対するつもりはない。

 事前に話さなかったのは、なにかあったときに巻き込まないためだ。事が終わったいまならば、ある程度は誠実に答えた方がいいだろうと判断する。


「あの襲撃は、私やカルラ王妃殿下を狙ったものではありません」

「違う? では、誰を狙った襲撃だったというの?」

「アヴェリア教国の王子です。あの会場にお忍びとして参加していた隣国の第二王子を、同じ隣国の第一王子が殺そうとした。それがあの襲撃事件の真相です」


 その言葉にイザベルが目を見張る。


「アヴェリア教国の第二王子? たしか、王位継承権争いで劣勢になり、どこかへ身を隠していると聞いていたけれど……」

「この国の魔術アカデミーなら安全だと考えたのでしょう」


 イザベルがその黄金の瞳に理解の色を灯した。その横で、オリヴィアが「なぜその王子を狙った襲撃犯が、カルラ王妃殿下やお姉様を襲ったのでしょう?」と首をかしげる。


「それは、私がそう見えるように偽装したからです」


 こともなげに告白する。

 そのとんでもない告白に、オリヴィアはもちろん、イザベルやアルノルトもぴしりと固まった。それから一息空け、オリヴィアが恐る恐るといった面持ちで口を開く。


「気のせい、ですか? それだとまるで、お姉様が黒幕のように聞こえるのですが?」


 その問いにアリアドネは答えない。困った顔で微笑んでいると、その意味を理解したオリヴィアが目を吊り上げた。


「お姉様、ご自分がどれだけ無茶をしたか分かっているのですか!? もしも――」


 オリヴィアがテーブルについて立ち上がるが、その先は口にしなかった。イザベルがばっと扇を広げ、オリヴィアの発言を遮ったからだ。


「落ち着きなさい、オリヴィア。アリアドネがなぜ独断で行動し、いまなお全容を言葉にしないのか、その理由をよく考えなさい」


 もしものときに、知らなかったというのは言い訳になる。むろん限度はあるが、それでもすべてを知っているよりも安全なのはたしかだ。


「あ、その……ごめんなさい。別にお姉様を責めるつもりでは。ただ、そんなことになっているとは思わなくて、驚いてしまって……」

「謝罪の必要はありませんわ」


 同じ派閥だからと言って、策を弄するたびに報告する義務はない。それでも、アリアドネはアルノルトの婚約者になったのだ。

 オリヴィアが憤るのも当然だ。少なくとも、アリアドネは本気でそう思っていた。

 だから――


「アリアドネ皇女殿下、謝罪の必要がないのは貴女も同じですよ」


 アルノルトの言葉に、アリアドネは目を見張った。


「本気で、おっしゃっているのですか?」

「忘れてしまったのですか? 私は貴女を見守ると言ったではありませんか。あのときの私が、この程度のことを想定していなかったと思われるのは心外です」


 まっすぐな眼差しで見つめられ、アリアドネの頬がほのかに赤くなる。けれどすぐに我に返り「そ、それならよかったですわ」と悪態を吐く。

 その甘ったるいやり取りを間近で見させられたイザベルが、まるで口直しとばかりにストレートの紅茶を口にする。

 ティーカップをソーサーへ戻した彼女はおもむろに口を開いた。


「アリアドネ、貴女の心遣いには感謝しているわ。でも、その上で聞かせてくれるかしら? 貴女が一体なにを考えて行動したのか」


 それは……と、アリアドネは言葉を濁す。回帰前に起きた未来を話すことは出来ない。けれど、独断が過ぎれば信頼を失うだろう。

 それを踏まえ、どこまで話せるか、アリアドネは素早く計算する。


(回帰したことは言えない。アルノルト殿下達を危険にさらすのもダメ。でも、それ以外なら? これから起こる被害を最小限に抑えることは出来るはずよ)


「実は――」


 そうして打ち明けるのは、隣国の情勢だ。

 国王が病床に伏せって、第一王子が実権を握りつつあること。その第一王子の性格からして、グランヘイムへちょっかいを掛けてくる可能性が高いことを打ち明けた。


「……つまり、今回の一件は、味方同士でやり合っている場合じゃないと、カルラ王妃殿下に警告するのが目的だった、という訳?」

「それもあります」

「それも……?」


 他になにがあるのかと、イザベルが探るような視線を向けてくる。


「隣国を相手にするとき、第二王子派とやり合うのは避けなければいけません。ですが、だからと言って、第二王子派を放置する訳にはいきません」


 隣国はたしかにやっかいな敵だ。だが、カルラやジークベルトはそれ以上の強敵だ。隣国と戦うために、彼らに背中を預けるのは自殺行為である。

 そう口にすれば、少し考える素振りを見せたイザベルが口を開く。


「……なにを、したの?」

「襲撃犯の中に、婚約式のときに私を狙った襲撃犯の遺体を混ぜました。身元が割れるかは賭けですが……おそらく」


 カルラならば割り出すだろう。

 身元が割れれば、ジークベルトとウィルフィードの溝が広がるのは確実だ。そう言って微笑むアリアドネに対して、イザベルは喉を鳴らした。


「……アリアドネ。貴女、カルラ王妃殿下には味方同士で争っている場合ではないと警告しておきながら、第二王子派に離間の計を仕掛けたの?」


 イザベルの問いに、アリアドネはふっと微笑む。


「末恐ろしい子ね。しかも、最初の襲撃があったのは一ヶ月前じゃない。まさか、その頃から、今回の襲撃を察知していたというの?」


 アリアドネは笑顔を浮かべて無言を貫く。

 どう答えても矛盾を口にすることになるから。そうして口を閉ざしていると、色々と察したのかイザベルが畏怖と称賛の混じった表情を浮かべる。

 その横でオリヴィアが口を開いた。


「アリアドネお姉様、少し無茶をしすぎではありませんか? たしかに成功すれば効果は期待できますが、カルラ王妃殿下が罠である可能性に気付かないとお思いですか?」

「いいえ、罠である可能性には気付くでしょうね。カルラ王妃殿下はそこまで甘くありませんもの。でも、それで問題ありません。私の目的は別にありますから」

「まだあるのですか……?」


 権謀術数にまみれた社交界において、二重三重の罠をしかけるのは珍しくない。

 だが、アリアドネのしかける罠は二重三重のどころではなく、幾重にも張り巡らされている。これ以上なにを企んでいるのかと呆れる彼女たちに、アリアドネは茶目っ気たっぷりの笑顔で答えた。


「私の目的はただの時間稼ぎ、ですよ」


     ◆◆◆


 事件から十日ほどが過ぎたある日。カルラは王宮にある自分の執務室にこもり、襲撃事件の報告書を真剣な顔で読み込んでいた。

 そこにジークベルトがやってくる。カルラはメイドにお茶菓子の用意をさせ、ローテーブルの向かいにあるソファにジークベルトを座らせる。


「母上、お呼びと聞きましたが……それは、例の襲撃事件の報告書ですか?」

「ええ、貴方も確認しておきなさい」


 テーブルの上を滑らせて、報告書をジークベルトに差し出した。彼がそれに目を向けるのと同時、カルラは神妙な顔で口を開く。


「これはあくまで憶測だけど、今回の襲撃は隣国が絡んでいる可能性があるわ」


 実のところ、襲撃者と隣国が繋がる直接的な物証は出ていない。

 けれど、アリアドネから聞かされた、隣国が関わっている可能性。それを踏まえて丁寧に調べると、彼らの使っていたアジトに、隣国から届いた荷物が運び込まれていたというような状況証拠がいくつか得られたのだ。

 この時点で、隣国が関わっている可能性は十分にある――と、カルラは考えている。


「隣国ですか? しかし、なぜ隣国が母上を?」

「前回、アリアドネを襲撃したのも、同じく隣国の手の者である可能性があるそうよ」

「……異なる派閥の人間を、隣国が……? まさか、この国を狙っている、と?」

「可能性はあるでしょうね。そして私は、もう少し複雑だと思っているわ。次のページにある報告をご覧なさい」


 言われて、ジークベルトは報告書のページをめくった。そこに書かれているのは、遺体となった襲撃者のうち、一人の身元が割れた、というものだ。


「ウィルフィード侯爵が抱える秘密部隊の隊員ですか? まさか、彼が今回の襲撃事件に関わっている、と?」

「私の部下と彼の秘密部隊の隊員が、何度か共同で任務をこなしたことがあるのは知っているでしょう? 襲撃者の遺体を見た部下の一人が、間違いないと断定したわ」


 つまり、ウィルフィードも一枚噛んでいる、という証拠である。


「まさか……隣国とウィルフィード侯爵が手を組んだというのですか? あり得ません。彼は俺を傀儡の王として、実権を握ろうとしているではありませんか」


 それこそがウィルフィードの真の目的だ。だが、実権を握れずとも、勝ち馬に乗ればおいしい思いをすることが出来る。あえて隣国と手を組む必要はないはずだ。

 ジークベルトはそう訴えた。


「貴方の言う通りよ。普通に考えればあり得ない。でも、ウィルフィード侯爵の視点で物事を考えると、決してあり得ない話じゃないのよ。彼から見れば、私たちはアリアドネと手を組んで、彼の手駒を潰しているように見えるでしょう?」

「……は?」


 ジークベルトは訳が分からないという顔をする。


「視野を広く持ちなさい。ウィルフィード侯爵は、宝石眼の秘密を知らないの。ならば、我ら第二王子派が劣勢に立たされていることにも気付いていないはずよ」

「だから、俺達がアリアドネと手を組んでいる可能性がある、と?」

「貴方は第一王子派に潜むウィルフィード侯爵のスパイを潰し、私はアリアドネと手を組んで、ウィルフィード侯爵の子飼いにトドメを刺した。誤解するのも無理はないわ」

「……彼から見れば、即位を確信した俺がアリアドネと裏取引をして、ウィルフィード侯爵を潰そうとしているように見える、という訳ですか……」


 アルノルト達の安全と引き換えに、ウィルフィードを破滅に追いやる。そういう取引があってもおかしくはない、という話である。


 そもそも、ジークベルトがマリアンヌを毒殺しようとしたのはアリアドネを取り込むためだった。結果的に失敗しているが、アリアドネを取り込む予定はたしかにあった。

 ウィルフィードが警戒するのも無理はないと、ジークベルトは苦々しい顔で頷いた。


「しかし、彼がアヴェリア教国と手を組んで、この国を滅ぼそうとしているというのはさすがに不自然ではありませんか?」

「ええ。彼もそこまで愚かではないはずよ。私たちとアリアドネの仲を警戒して、牽制するために隣国を利用しようとしている、といったところでしょうね」


 ウィルフィードはそこまで短絡的な思考の持ち主ではない。なにより――と、カルラは最大の懸念を口にした。


「隣国が絡んでいるとほのめかしたのはアリアドネなのよ」

「それは……怪しいですね。隣国の件はもちろん、ウィルフィード侯爵の件も彼女の仕込み。なんなら、襲撃自体がアリアドネの自作自演だと言われても俺は驚きませんよ」


 最初から最後まで、彼女の手のひらの上で踊らされた苦い思い出は記憶に新しい。二人は同じ思いから、アリアドネに対して最大の警戒をする。

 だからこそ真相に近づき、そして――


「この件で安易な判断を下すのは危険ね。ここは少し様子を見ることにしましょう」


 彼女らはアリアドネの思惑通りの判断を下した。

 

 

 Xにも書きましたが、今日で作家デビュー7周年を迎えました。

 今年は小説が4冊、マンガが5冊、海外翻訳版が紙を含む数作の刊行となりました。


 来年は悪逆皇女のコミカライズや、破滅配信の書籍化&コミカライズ、新作の発表、カクヨムコンの賞金でVTuberデビューなどを予定しています。

 これからも変わらず邁進してまいりますので、みなさんよろしくお願いします。


 それではみなさん、よいお年をお迎えください。

 来年もよろしくお願いします。


 V化は準備中ですが、チャンネル自体は製作済みで↓にあるリットリンクにURLがあります。

 創作関連の雑談とかする予定です。

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