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エピソード 3ー7

 クラウスが目覚めたのは、何処かの部屋にあるベッドの上だった。

 上半身を起こせば、ベッドの縁に身を預けて眠る少女の横顔が目に入った。青みがかった銀髪がベッドの上に零れ落ち、窓から差し込む朝日を浴びてキラキラと煌めいている。

 美しい少女だ――と、クラウスは息を零した。


(たしか、今年で15歳だったか?)


 彼女が駆けつけなければ、悲惨な結末が待っていたことは想像に難くない。彼女は窮地を救ってくれた恩人だ。クラウスは、そんな彼女のためになにが出来るかを考える。


(忘れられた皇女と揶揄される弱い立場。俺が彼女を護れば……)


 寝息を立てるアリアドネの髪にそっと手を伸ばした。


「無防備なレディに触れるつもりか?」


 伸ばした指先がアリアドネに触れる直前、静かな声がクラウスを牽制した。視線を向ければ、ソファに身を預けるアルノルトの姿があった。


「殿下、お怪我はありませんか?」

「ああ。おまえ達のおかげで無事だ。この恩には必ず報いると約束しよう」

「もったいなきお言葉。それで、その……他の者は無事でしょうか?」


 アルノルトを逃がすためにずいぶんと無茶をした。何人かは犠牲になっていてもおかしくはない。そんな覚悟を抱いて尋ねた。


「心配するな。命に別状のある者はいない。一番の負傷者はおまえの父だったが、アリアドネ皇女殿下が治癒魔術を使ってくださったおかげで、後遺症が残ることもないそうだ」


 治癒魔術を使ったと聞き、驚いてアリアドネの寝顔に視線を向ける。

 治癒は魔術の中でも比較的習得が難しい部類に入る。それを実用レベルで使いこなし、敵を一撃で撃ち倒すほどの攻撃魔術まで扱う皇女など聞いたことがない。

 ましてや、彼女はまだ15歳だ。


「彼女は何者なのでしょう?」

「恩人だ。母上と私達の命を救ってくれた、な」


 アリアドネの異常性に気付かないはずはないが、アルノルトは迷わず恩人だと口にした。彼女の異常性を理解した上で、恩人として扱うという意思表示である。


(たしかにその通りだな。彼女は俺や父上を救ってくれた)


 騎士になった以上、主のためにその命を差し出す覚悟は出来ている。それは騎士団長であるヘンリックも同じことである。だが、それでも、死に対する恐怖はいつも感じている。

 父親と自分の生還を、クラウスは心から喜んでいる。

 だが、様々な緊張感から解放されたいま、代わりにある疑問が浮かび上がった。


「ところで、殿下はなぜここに?」

「……ああ。おまえが目覚めるまで付き添うというのでな」


 誰がとは言わなかったが、彼の視線は愛らしい寝息を立てる少女に向けられていた。


(あぁ、そうか。アルノルト殿下は、彼女のことを……)


 クラウスが最初に彼女を目にしたのは、先日の夜会の席だった。

 対立派閥が主催する夜会に現れた彼女は、周囲から好奇の視線に晒されていた。それでも臆すことなく悠然と微笑む、弱冠15歳の彼女は美しくもあり、同時に恐ろしくもあった。

 だが、狩猟大会にパンツルックで現れた彼女は爽やかで、窮地に現れた彼女の背中はとても頼もしく、振り返ったときの彼女の顔は慈愛に満ちていた。

 そして、ベッドの縁に身を預けて眠る姿は無垢な少女にしか見えない。


 いくつもの顔を持つ少女。だが、眠っているときが一番無防備であるのは歴然だ。であるならば、いま見せている愛らしい寝顔こそが素の姿なのだろう。


(……彼女は、無邪気なだけでは社交界を生き抜けないことを知っているんだな)


 その生き様を尊いと思う。

 だが、クラウスはそんな彼女を敵と見なして遠ざけようとした。これからどのような態度を取ったとしても、その事実が消えることはない。


(もう少しだけ早く気付いていれば――いや、それは言い訳か。過ちを犯したのなら、ここから取り戻せばいい。たとえそれがどんなに困難であろうとも)


「そう言えば、アリアドネ皇女殿下は俺を心配して、一晩付き添ってくれたんですね」


 唐突にマウントを取りに行く。

 その意図に気付いたアルノルトが眉をひそめた。


「……言っておくが、それはおまえが傷だらけだったからだ」

「ですが、俺よりも父上の方が傷だらけだったのでしょう? という訳で、アルノルト殿下は部屋にお戻りになったらいかがですか?」

「馬鹿を言うな。うら若き娘を、下心を抱く男と二人っきりに出来るか」

「失礼な。心配なら、侍女でも待機させればいいではありませんか」


 アルノルトと真正面から牽制しあう。歳が近いこともあり、この二人は比較的友人のような関係にある。それでも、このようにぶつかり合ったのは今回が初めてだった。


「……クラウス、おまえは主に譲るつもりはないのか?」

「そういうアルノルト殿下こそ、命の恩人に譲るつもりはないのですか? あぁ、そう言えば、恩に報いると言っていましたよね?」

「ふざけるな。これとそれとは話が別だ」


 ぐぬぬと睨み合っていると、アリアドネの眉がピクリと跳ねた。



 傷だらけのクラウスを目にしたとき、アリアドネは大きなショックを受けた。ヘンリックが死ぬ未来は知っていても、クラウスが傷付く可能性を想像していなかったからだ。


 回帰前のアリアドネが目にした記録には、襲撃事件で死亡したのはヘンリックの一名のみ。他に死亡者はおらず、脱落した騎士もいないとあったから。

 だがそれでも、無傷であるはずがなかったのだ。


 だから、傷だらけのクラウスを見て取り乱した。彼が目覚めるまで付き添うとわがままを口にして、隠していた治癒魔術を騎士達に使ったのもそのためだ。

 だが、彼の容態が安定し、寝顔が穏やかになるのを目にして緊張の糸が切れた。そうして眠りこけていたアリアドネは、話し声を耳にして目を覚ます。

 身を起こせば、上半身を起こしたクラウスの姿があった。


「クラウス、身体は平気ですか? どこか、痛いところはありませんか?」


 起き上がってクラウスに詰め寄ると、その身体をペタペタと触る。


「アリアドネ皇女殿下、俺は大丈夫です。だから、その……」


 目を逸らすクラウスを見て、怪我を隠しているんじゃないかと心配になる。だが、クラウスの身体をペタペタと触っていたアリアドネは、背後からその腕を摑まれた。


「アリアドネ皇女殿下、相手は怪我人ですよ」

「あら、アルノルト殿下、まだいらしたのですね」

「……いたら悪いのですか?」

「え? いえ、そんなことはありませんが……」


(どうして、そんな捨てられた子犬みたいな顔をするのよ?)


「……ええっと。アルノルト殿下は、クラウスと仲がよいのですか? さきほど、なんだか親しげに話していたような気がするのですが」


 そう尋ねた瞬間、アルノルトがピシリと固まった。


「もしかして、会話が聞こえていたのですか?」

「え? いえ、内容までは」

「そう、ですか……」


 アルノルトとクラウスが揃って息を吐く。


「アリアドネ皇女殿下。アルノルト殿下は、俺と貴女が部屋で二人っきりになることを心配なさったんだ。貴女はうら若い娘だからな」

「クラウス、余計なことは言わなくていい」


 ――と言うことは、事実なのだろう。それなら使用人の一人でも待機させればよかったのでは? とアリアドネは思った。


「それよりもアリアドネ皇女殿下、そろそろ戻られた方がいいのではありませんか?」

「……戻る、ですか?」


 こてりと首を傾けた。


「貴女は私の離宮で一晩明かしていますから」

「……あ、そうでしたね。急いで連絡をしなければ……」


 うら若き令嬢が、殿方の家で一夜を明かした。後ろめたいことなどなに一つないが、それを知るのは当事者だけだ。放っておけば好き勝手に噂されかねない。

 そう顔を青ざめさせるアリアドネに対し、アルノルトが溜め息を吐いた。


「ご心配なく。昨日のうちに連絡済みです」

「……なにからなにまで申し訳ありません」

「いいえ、貴女は私の窮地を二度も救ってくださいましたからお気にならさず。それと、馬車は手配済みですので、皇女宮までお送りいたしましょう」


 アルノルトが手を差し出してくる。


「……殿下がエスコートしてくださるのですか?」

「貴女が旗色を決めたくないという事情は理解しています。ですが、アリアドネ皇女殿下が母上を救ってくださったことは周知の事実ですし、今回の件もすぐに広がるでしょう」


(たしかに、誤魔化すのも限界でしょうね)


 どちらの件も偶然を装ってはいる。けれど、偶然だろうがなんだろうが、アリアの件を含めれば、三度も暗殺を阻止したという事実に変わりはない。

 ここまで来れば、誤魔化すことに労力を割くよりも、第一王子派という後ろ盾を利用して、身を護る作戦に切り替えた方がいいだろう。

 そう覚悟したアリアドネは、そっとアルノルトの手を取った。

 

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